雨男(3)

 僕とミズホは手分けして校内で雨男について聞き込み調査をすることにした。高学年を中心に片っ端から聞いていったけど、僕の方は「FTDの人でしょ。何か胡散臭いしキモい」と突っぱねられ全く話ができなかった。僕は肩を落として自分の席でしょんぼりしているとミズホが僕のもとへやってきて「同学年のハットリ君が雨男と会ったらしい」という情報を持ってきた。僕は調査に進展があって心が躍ったけど、改めてミズホと僕とでは人望の差が大きくあるのだと思って少し悲しくなった。


 ミズホに連れられて僕はハットリ君がいる教室へと入っていった。


 ハットリ君は顔が色白で細身の大人しそうな子だった。彼は腕に包帯をしていた。


「ミズホから雨男と会ったって聞いたんだけど、本当?」


「うん。僕、雨男に襲われたんだ」


「「襲われた⁉」」僕とミズホは声を揃えて驚いた。


 ハットリ君は思い詰めたような顔で俯き、身体を震わせた。


「すごく怖かった…。その日は通り雨に降られて傘を持っていなかったからどこかの軒先で雨宿りをしていた。しばらく待っても雨が止まなさそうだったから、外に出ようか迷っていたんだけど、そんなときにあいつはやってきた。背丈から見るに大人の男性みたいでレインコートを着ていた。僕は人づきあいが苦手だから二人だけの空間が嫌で外に出ようと思ったんだ。そしたら男が僕の肩をギュッと掴んで、懐から包丁を抜き出して不気味に笑ったんだ。僕は必死に抵抗して腕を切られたけど、何とか振り切って逃げることができた。そのときについた傷がこれさ」


 ハットリ君は包帯を取ろうとしたが僕は見ちゃいけないと思って、彼を止めた。


「とても怖い体験をしたんだね…親とか警察には言ったの」


「ああ言ったさ。でも誰も全く取り合ってくれなかった。腕の傷だってどこかで擦りむいたんだろうってことで話を聞いてくれなかった。僕はこんな怖い目にあったのに…」


 ハットリ君はぶるぶる震えていた。僕はこれ以上触れると嫌な記憶を思い出させてしまうと考えて、僕たちはお礼を言ってその場を去った。



「さっきの話、どう思った?」ミズホが僕に聞いてきた。


「どうって…すごく怖かったよ」僕は率直な感想を言った。


「確かに怖かったけど…そういうことじゃなくて。ハットリ君、あんな非力そうなのによく逃げられたよね、って話」


「それはハットリ君が身軽だったからなんじゃないの?」


「大人の力は私たち子どもよりずっと強いのよ。あり得ないわ」


「えっと…ミズホは何を言いたいの?」僕はよくわからなかったので質問した。


「ハットリ君は何か嘘をついていると思うの」


「嘘?」


「そう。もしかしたら雨男に関わる決定的なことを、ね」


「勿体ぶらないで言ってよ」僕は何だか怖くなってきた。


「いや、まだ確証はないし、もしかしたらって言う話だから今はまだ言わない。むやみやたらに決めつけるのはお母さんにダメって言われてるし」


「僕と君の関係なのに?」


 そう言うとミズホの顔は真っ赤になった。


「ああもう! 本当にサトウって無神経なことを言うわね! そういう関係でも言わないったら言わない!」


 ミズホはそう突っぱねて「あ、『そういう関係』っていうのは特別な関係って意味じゃないから!」と言って自分の教室へと戻った。


 僕は彼女が赤面した理由が分からず窓越しに空を眺めた。


 外は曇天で僕の心はモヤモヤした。

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