第2話 俺の歴史。
俺とサラは似ている。
俺は自分と他人との距離を一定に保ちたい。
他人との繋がりが深すぎるのは面倒だ。他人にどう思われても良いが、嫌われるのはさらに面倒。
だから、日常生活に支障をきたさない程度にイイ奴を演じていたのだろう。
サラは自分と他人との距離を縮めたいようだった。
他人に好かれたい。他人に可愛いと思われたい。他人の事なんて心底どうでもいいけれど自分が可愛いと証明したい。
だから、サラは他人に好かれるために八方美人を演じていたのだろう。
そんな似てる部分を見ていると、
確かに俺だったらこの女に惚れたかも。記憶を失っても尚そう思えた。
そんな事を考えているとどうやら目的地に付いたようだ。
「ここ。」
サラは先程の問答からかまだ顔が少々赤く、また何処かそっけない態度だった。
付いた場所は公園。
川や景色を見ながら散歩をするように設計されていて、地面にはロードマップや終点までの距離がプリントされていた。
サラは黙って歩き出す。
俺も慌ててサラの後ろを追う。
おおよそ公園の散歩ルートを半分程歩いたところでサラは立ち止まった。
「歩いてみても何も思い出せないの?」
サラのク口調はどこか震えていた。
震えた声を耳にし初めて俺はサラがその場所その場所の思い出を語らず、黙って歩き出した理由を察する。
「悪い。ちょっと待っててくれ」
俺はぼったちのサラに構わず脇においてあるベンチに座り、自分の記憶を探ることに集中した。この先の返答次第で彼女が傷ついてしまうかもしれない。
ぼんやりとだが、記憶が想起する。
あの樹の下で雨宿りしたこと、向こうの橋で女性と言い争いをしたこと、今俺が座っているベンチで読書をしたこと。一つ一つ誰との思い出なのかは定かではないが、自分にとってこの公園は思い出のある場所で有ることは確かなようだ。
しかし、肝心の「誰との」思い出なのかやはり思いだせない。
顔に靄がかかっている。会話の内容もまるで後から編集されたかのように雑音で思いだせない。
分かったこともあった。
やはり俺は完全な記憶喪失ではないようだ。理由はどうあれ記憶の輪郭は俺の脳に存在している。しかしその全容。もっと言えば人に関しての記憶だけ徹底して思いだせない。「こんな事があった」という大枠は憶えていても具体的に「何故」「誰と」といった事までは思いだせないようだ。
例えばだが、俺は今まで自分が触れてきた漫画やゲームの内容を憶えている。
キャラクターの名前から展開まで説明できる。
しかし何故その作品に触れたのか、誰かに紹介されたのか、はたまた似たようなアニメからの派生なのかそういった事は中々思いだせないし、思え出せそうとしても公園の記憶同様靄がかかって見えないのだ。
俺は記憶の有無を正直に伝えた。
「殆ど憶えてない。ただ、ここに思い出があるのも分かる。」
「本当に?」
「ああ。誰なのかは定かではないけれどあそこに見える橋で喧嘩したような気がする。」
その答えを聞きサラは笑い出す。
「それは私よ。アンタ私の誕生日にシャー芯送ってきたのよ。」
「は!?」
俺はそこまでゴミクズだった覚えはないぞ。
「続きがあってね。実はアンタなりのドッキリだったらしいの。本物のプレゼントはちゃんと用意されてた。でも私が早とちりしちゃって」
しばらく腹を抱えてその場に座り込み笑っていた彼女だったか、落ち着いたのか再び前に向き直り歩き出した。
彼女の笑ってる姿、歩いてる姿を見て、記憶はないがなんだか懐かしい気分になった。きっと記憶が消えてしまう前の俺もまた、ふざけた行動をして彼女にツボられていたのだろう。こうやって彼女の背中を眺めるように歩いていたのだろう。
何処か懐かしかった。
「サラ」
俺はサラを名前で初めて呼んだ。
「何?」
彼女は振り返らない。
「記憶取り戻すの手伝ってくれないか?」
「当たり前じゃん。」
俺と彼女には、いいや。俺が触れてきた物全てには確かに歴史があったのだ。さっきまで記憶の有無はどうでも良くさえ思えていた俺だが彼女との会話、そしてこの公園でかけがえのない物を失ってしまったことを認識した。俺は記憶を取り戻すことに全力を尽くすと誓った。
公園の最終地点に着いたところで彼女は口を開く。
「そうだ。帰りにアンタとよく行ってたカフェにいかない?」
「俺がカフェだ、と。。?」
「アンタ、そこのパンケーキとコーヒーの大ファンだったのよ。」
「なるほどね。さすが俺だな。」
覚えていないけれど楽しみになってきた。
「付いたわよ。」
ほんの2,3分歩いたところだ。どうみてもお店に見えない。
人が一人入れるかくらいの細長いドア。
ドアの先は階段になっていて、階段を登った先にカフェがあるようだ。
カランコロン。カフェ定番のあのヘンテコなベルの音が流れる。
内装はいかにもって感じのカフェ。
誰しもが「おしゃれなカフェ」というワードを言われると絶対に思い浮かべるようなアレだ。よくわからん観葉植物。高そうなインテリア。眠たくなるbgm。落ち着いた客層。最早「おしゃれなカフェ」という共通認識が生み出した概念的なナニカなのではとすら思えるほど。
カウンターには白髪でメガネをかけた初老の男性が立っていた。
マジでシブい。かっけえわ。
「いらっしゃいませ。リョースケさんにサラさん。お待ちしておりました。」
リョースケ?俺のことか。つうか今更だが俺は自分の名前すら知らないのだな。
「あっマスター!こんにちは!」
サラが元気よく挨拶する。しばらく二人は雑談をしていた。
「最近来てくださらないので何かあったのかと心配しておりました。さあ、入ってください。お二人の席空いてますよ。」
どうやら二人でよく座っていた席があるようだ。
腰を掛けメニュー表を見る。
こんなに雰囲気があるだから、高いのかと思いきや以外にも値段は良心的だった。
程なくするとマスターがおしぼりと水を持ってきてくれた。
「すいませんね。この時間は私一人なんですよ。それでご注文はお決まりでしょうか?」
「いつもので!」
「かしこまりました。」
マスターは愚問だったなといった具合で笑顔を見せた。
俺としてはサンドウィッチやメロンソーダも気になっていたのだが仕方がない。
俺が好きだったとされる珈琲とパンケーキが楽しみだ。
ふと、店内を観察してると気になったことがあった。なんのきなしに俺はその疑問をマスターにぶつけてみた。
「あのすみません。ここって禁煙ですか?」
俺はシブいマスター、シブマスに質問をする。
シブマスは不思議そうな顔で問いに答える。
「えぇ、以前と変わらず全席喫煙です。喫煙所でしたら変わりないですよ。」
そうか。俺は初めてだが、俺という人間。リョースケ自体はこの店に通い詰めていたんだったな。
「すいません。変な事聞いてしまって。もしかしたら喫煙OKになってるかなって~」俺はヘラヘラ笑いながら冗談めかして言った。
マスターは笑顔を見せ厨房の方へ行ってしまった。
「どうしてそんな事を聞いたの?」
「なんつうか妙に気になってな。ひょっとして俺喫煙者だったんじゃないか?」
「ここの席につくと同時に箱の中でタバコを吸った記憶を思い出したんだ。」
「そうよ」
サラは嫌そうな顔をした。
「コレを機にタバコやめてくれればなぁ~って」
成る程ね。
慌てて話題を変える。
「そいやあ、俺ってリョースケって名前なんだな。サラ、もしよければ俺についてのアレコレを教えてくれないか?大雑把でいい。」
「いいよ。アンタは21歳。大学2階生。一浪した後志望校を受けずに今通ってる大学に入った。趣味は漫画、小説、ゲーム。引きこもりがち。友達は少ない。バイトはしてない。」
「大学生って普通はバイトをするもんなんじゃないか?」
「なんか配信がどうのこうの言って貯金がいっぱいあるらしいの。高校の頃はバイトしてたって聞いてるけど。」
成る程。
「どこの大学通ってたの?」
「冷延大学って言う偏差値50中盤くらいの普通大学。」
「サラは?」
「私は迷亭国際外語大学」
「偏差値は。。?」
「60後半。」
コイツこの感じで頭いいのかよ。
こんな具合に雑談をした。
しかし、やはりというべきか。先程店主に問いかけた疑問と同じ種。
俺はサラとの雑談中も喫煙所のことが気になって仕方がなかった。
思い切ってサラに話を切り出した。
「喫煙所行ってみてもいいか?その場に行けば更になにか思い出せるかも。」
「どうぞ。好きにすれば?」
サラは不機嫌そうにする。
「喫煙所ってどこなんだ?」
「看板見ればわかると思いますけどー」
「なんじゃおめえ」
サラは舌を出す。
仕方がないので店内の看板を観察する。
なんのことはなくすぐに見つかった。トイレの看板のすぐとなりにスモークの看板があった。
看板のある角を曲がるとすぐにガラス張りの喫煙所があった。
人が4,5人入れるくらいの大きさの喫煙所。
足元より上はガラスがモザイク状になっていて見えない。しかし足元を見るに中に人はいないようだった。
俺は喫煙所の扉を豪快に開けた。
中に入ると一人だけ女性があぐらをかいて椅子に座っていた。
黒髪ショートで顎マスク。ブカブカのパーカーにスカート。今どき珍しく有線イヤホン。所謂メンヘラ風の女性が電子タバコを蒸していた。
まさかの利用者。外からはどうにも人がいるようには見えなかったのだが。
タバコもないし、人がいるのなら出直したほうがいい。
そう判断し俺が喫煙所を後にしようとした。
その時背後から声が発せられた。
「あっリョースケさん!久しぶりっすね~最近連絡取れないから心配したんっすよ~」
振り返るまでもない。先程電子タバコを蒸していたメンヘラ風の女性だろう。
「あっどうも。。あの~変な事聞くんですが、僕とはその~どういった関係で?」
「ふざけてんすかぁ?私はアナタの、リョースケさんの彼女っすよ」
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