その消しゴムで何を消すのか。

佐々木野原暁

第1話 都合の良い記憶喪失。

「おはよう」

聞き慣れない声で目が覚める。


重たい瞼を開けると見慣れた天井があった。

いつも通りの風景。毎日朝起きれば一番初めに目撃する当たり前の風景。

その声の主を除いては。


声の主の方を向くとギャル風の女性がベッドに寄りかかっていた。

茶髪で、耳には多くのピアス。ギャルっぽいが化粧は薄め。

見知らぬ女性だ。

女性の顔を恐る恐る覗き込み、気まずそうに質問をしてみた。

「あの~すみません。あなた誰ですか。。。?」

女性はふざけているのかという表情を覗かせたが、その後数秒の静寂からか何かを察したのだろう。


女性は顔を赤らめながら口を開いた。

「誰ってアナタの彼女でしょ。。?」

成る程。

俺が惚気けたのかと思ったのかこの女は。

しかしそう言われてもやはり思いだせない。

俺の彼女はなんというかもっとこう気怠げでこんな素直に表情をコロコロ変えるような女性ではなかったような気がする。


俺はもう一度質問を投げかけてみた。

「いや、う~ん。言いにくのですが、思いだせないんですよ。あなたの事。というか昨日の事、一昨日のこと、いや断片的といえば良いんでしょうか。この家が俺の家で、俺が俺であるってこととかは憶えてるんですが」

俺は口にしてワケがわからなくなった。何を憶えいていて何を忘れているのかすらまだ分からない。ただ一つ確定的なのは俺が記憶喪失であるという点のみだ。


女性は驚きのまま固まっていた。

当然の反応だろう。記憶喪失なんてのは漫画や映画の中だけの話。

当事者である俺ですら「へぇ~現実でも起こるんだ。やべえな」って具合に驚いてるのだ。

「マジ?」

「マジ」

間髪容れず答える。


女性は数秒右往左往した後、考えが纏まったのか俺に向き直った。

「改めて私は霜月サラ。あなたの恋人。よろしくね。」

「とりあえず出かけよっか。着替えて。」


俺はサラの言われるがままに支度をした。

サラが服の場所や洗面台の場所を教えてくれようとしたが、

不思議なことに何処に何があるのかをぼんやりとだが憶えていた。


「やっぱりその服なんだ。好きだったよね。」

玄関から声が聞こえる。


どういった経緯で買ったかは憶えていないが、

黒いシャツ、白いTシャツ、黒いイージーパンツ。それらが自然と手に吸い寄せられた。着てみて、やはりこれは自分の選択で買ったのだと実感した。

記憶はなくとも性格、趣味嗜好は変わっていないのだろう。


サラが待つ玄関へ向かう。

「じゃあ行こうか」

「はぁ」

気の抜けた返事をする。


サラは堂々と歩く。

その様を2歩後ろから見て俺はこの子が俺の恋人であるという事実に驚きを隠せないでいた。


直接言えるはずもないが、俺はサラのような女性が苦手だ。

あんなにも堂々とした様で歩けるのが不思議で仕方がない。

お世辞でもなんでも無く顔は可愛く、表現としてやや気持ちが悪いが所謂アレは陽キャの一軍。カースト最上位。女王様って奴だ。


まだ俺はサラが他人と話してる所を目撃したことがないが、恐らく彼女は自然と場の中心に躍り出るようなそんな女性に他ならない。記憶がなくとも分かるのだ。俺とは正反対。


疑問だ。

「何故俺が付き合えたのか」じゃねえや「何故俺があんな女と付き合ったのか」不思議で仕方がない。


そんな事を考えていると駅についた。

俺はそそくさとスマホを取り出し改札に当てて通る。

「そういう事は憶えてるんだ」サラは如何にも興味深いって顔でこちらを見つめる。


俺達はホームのベンチに腰掛けた。

電車を待ってる間俺はサラに質問を投げかける。

「あの~今から何処に・・?」

「えーっとね。二人の思い出の場所」

「あぁ~成る程。思い出の場所を巡ってみて記憶を再生させよう的なやつですか?」

「うん。てかさ、敬語やめてくれない?私達付き合ってるんだよ?」

「いやぁ~そうなんですよね~でも俺としてはその~今さっき出会ったばかりと言うか。。」


俺はこの勢いのまま、先程浮かんだ疑問を投げかけそうになってしまった。しかしどうにも気まずく、どう聞けば良いかも分からずにいた。


「フフッ」

サラが笑う。

「何がおかしいんです?」

なんだコイツ。何がおかしいんだ?いや、マジで。


「嘘じゃないんだね。やっぱり。記憶喪失ってやつ。浮気でもして、その責任から逃れようとしてんのかとも思ったけど、口調から何から何まで私と出会った時と全く一緒。リセットされてるみたい」

「はぁ」

俺は気の抜けた返事をする。

いや、当たり前だろ。初対面でグイグイ喋れる方が異常だろ。


「アンタさ、私の事苦手でしょ?」

「!?」

やべっ思わず表情に出てしまった。


「フフっやっぱりね。初対面の時もそうだった。てか、苦手っていうか見下してるっていうか。」

サラは続ける。

「アンタはね透明人間なの。よく言えばイイ奴なんだけど、悪く言うと印象薄いやつって感じ。カラオケに行ったらエアコンの一番近くに座って操作する。中々歌えてない子がいたら声を掛ける。でもそんなに全員に良い顔するくせに他人と自分との距離を絶対に一定に保つ。まぁ、そもそもアンタは遊びに誘っても大抵右に左に受け流す奴だけど。」


だろうな。と思った。嫌われるのが面倒だったんだろう。ただ、好かれるのも同じくらい面倒。端的に言うと人間関係を複雑にしたくなかった。人との繋がりが面倒くさく、けれど日常に支障をきたすのも面倒。例えば、体育の授業でペアを作れる程度には人間関係を構築しておきたかった。そんな感じだろう。


俺には記憶がないから分からないが、恐らくそういった人間関係を蔑ろにしすぎてとんでもない失敗をしたのだろう。俺は俺という人間の性格自体は知っている。俺はそういう人間だ。だから、そういった失敗からウソを付くようになったのだと思う。


「でもね。私にだけは何故か冷たかった。いや、冷たいっていうか表情に出てたり、思ったことを口にしてたりしてたの。」

「具体的には?」

「私がネイルの話してる時ずっと興味なさそうな、それこそ心底私の事を馬鹿にしたような表情、トーンでへ~凄いねって具合に言ったり」

いや、やべえ奴じゃねえか俺。分かるぞ~興味ないのは分かるが、そこはこう大人としてだな。。


「それはそのすいません」

思ってもないことを口にする

「思ってないくせに」

「!?」

なんだか不快?だが、やはり隣に座っているサラと俺は付き合ってるらしい。

俺よりも俺のことを理解してるんじゃないのか?今の問答でどれだけ関係性であったか流石の俺でも察せれた。不快そうな表情を出さないようにしてると電車が到着した。


サラの隣に座る。

気まずさも勿論あるが、何よりも気になって仕方がなかった。

俺は中断された雑談を再開させる。

「俺にその、嫌われてるって自覚があったんですよね?何故俺と付き合ったんですか?」

「私って可愛いじゃん?」

何度でも言おう。何だこいつ。

「まぁ、一般的に言えば可愛いんじゃないですかね?」

「そんな悔しそうに言われても説得力ないから」

サラは笑顔を魅せる。


「だから私に対して好意を抱く人が多かったの。私もそれが気持ちよくて猫被ってた。勿論そんな姿を見て、敵対心を向けてくる人も多かったけど、私は気にしなかった。イケメンとかスポーツ万能のやつとかと付き合ってきたんだけどさ。長続きしなくて。私と付き合ってるのにそいつらと来たら私を優先しないんだもん」


「はぁ」


「ある日、私達がまだ高校生だった頃。アンタと同じ席になったの」


「私のことを心底どうでもよさそうにしてて。その癖他の人には色目を平等に使うんだもん。でもそれ以上行動しないし、相手にさせない。それが悔しかったし、ムカついた」


クソ女ってこういう奴を言うのではないだろうか。しかし今の話を聞く限り俺が好きってより、自分のプライドを守るために俺を口説いた感じじゃないのだろうか。


そんな疑問を口にする間も無く彼女は続ける。


「最初は私に媚びないのはともかく、私にだけ冷たいってどういう事!って感じで、プライド半分、興味半分でアンタにアタックしたの」

頭に浮かんだ疑問を即座に解決してくれる。


「そしたらその、意外と男らしかったり、面倒くさがり屋なのに寂しがりやでそういうところが可愛かったり、なんていうか。。その。。」サラは顔を赤くする。


「あ~分かりました。伝わりましたから。サラさんの、その~気持ちとかその経緯とか十分理解したんで大丈夫です。」

お世辞にも可愛いと思ってしまった。意外と俺は彼女のこういう姿を見て好きになってしまったのかもしれない。


次は~県庁前~県庁前~

「付いたよ。」

彼女の顔はまだ赤い。

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