第2話
朝、いつものように社内に入ると、やたらと明るい声が耳に飛び込んできた。
「可憐な美少女可憐ちゃんでーす!」
その声の主は、蓬莱可憐さんだった。
彼女はいつも自分の名前と「可憐な美少女」というフレーズを絡めて自己紹介をしている。
その姿は一見、無邪気で愛らしいが、彼女を知る者は皆、彼女の厄介さを理解している。
蓬莱さんは、いつもその独特なテンションで周囲を巻き込んでいくタイプだ。
そして、その明るさに隠れているのが、彼女の巧妙な策略や交渉術だ。
彼女は決して悪い人(完全悪ではない)ではないが、その天然を装った行動力と鋭い洞察力で、仕事でも個人の領域でも、意図せず相手を追い込むことがある。
例えば、会議での彼女の発言は、しばしば場を和ませるものの、気が付けば彼女の提案が通っていることが多い。
しかも、それが皆にとって悪いことではないため、誰も文句を言えないのだ。
そんな彼女に振り回されることもしばしばあり、今日もその覚悟が必要そうだ。
蓬莱さんが僕に気付いて駆け寄ってきた。
「秋名瀬さん、おはようございます!今日は何をされる予定ですか?」
彼女の質問に、僕は微笑みながら答えた。
「おはようございます、蓬莱さん。今日は取引先との打ち合わせがありますので、そちらに集中しようと思っています。」
「さすがですね!でも、その前に、私が新しい企画を考えたんです。秋名瀬さんにも意見をいただけたら嬉しいです!」
彼女が何か企んでいると直感した僕は、一瞬躊躇したが、断るわけにもいかず、彼女の話を聞くことにした。
彼女の企画は、社内の雰囲気を明るくするためのイベントだったが、蓬莱さんらしく、かなり斬新で突飛なアイデアが詰め込まれていた。
まさに「可憐ちゃん」らしい提案で、実現には相当の努力と調整が必要そうだった。
「これは面白そうですね。でも、いくつか改善点があるかもしれません。少し一緒に考えてみませんか?」
僕はできるだけ冷静に対応しようと心がけた。
彼女の企画が成功すれば、社内の士気が上がる可能性も高いが、その実現までのプロセスが簡単ではないことは明白だった。
「もちろん!秋名瀬さんのアドバイスはいつも助かりますから!」
蓬莱さんは嬉しそうに笑った。
その笑顔に隠された本音を見抜くのは難しいが、僕は彼女の提案にどう向き合うか、慎重に考える必要があるだろう。
こうして、蓬莱可憐さんとの一日が始まった。
この先、何が起こるかは予測できないが、少なくとも退屈する暇はなさそうだ。
その日の午後、蓬莱可憐さんと園丈真が何かを企んでいるという噂が社内に広がり始めた。
僕は朝の蓬莱さんとの会話を思い出し、嫌な予感が胸をよぎったが、その時はまだ深刻に考えていなかった。
しかし、事態は急速に悪化していった。
蓬莱さんが提案した社内イベントの準備が進む中、彼女と園丈が密かに組んで何かを仕掛けていることが明らかになったのだ。
蓬莱さんは、自分の提案したイベントが大成功すると信じていたが、実は園丈真がその裏で暗躍し、僕を貶めるための罠を仕掛けていた。
彼女の純粋な意図は利用され、結果的に二人は社内を混乱に陥れることになった。
イベント当日、蓬莱さんが仕切る企画が進行する中で、突然、予期せぬトラブルが発生した。
園丈真が仕込んだシステムエラーが発動し、社内全体に影響を与える重大な問題が生じたのだ。
システムがダウンし、業務が停止する事態にまで発展した。
社員たちはパニックに陥り、責任の所在を探り始めた。
僕はすぐに原因を調査し、園丈真がこの混乱を引き起こしたことを突き止めた。
彼はこの事態を僕の責任に見せかけるつもりだったのだ。
蓬莱さんもすぐに事態の深刻さに気付いた。
彼女は一時的に反省しているように見えたが、その反省は表面的なものに過ぎなかった。
彼女は自分のアイデアが悪用されたことに気づいていたが、園丈の甘言に惑わされ、彼の計画に協力してしまったのだ。
その後、社長たちが緊急で召集され、今回の事態についての責任を追及する会議が開かれた。
僕は蓬莱さんの前に立ち、彼女がどれだけこの計画に関与していたのかを問いただした。
「可憐さん、本当にこれがあなたの望んだ結果ですか?このままでは社内が大混乱に陥るんですよ。」
彼女は一瞬、目を伏せたが、すぐに顔を上げ、いつもの笑顔を浮かべた。
「秋名瀬さん、私も驚いたんです。でも、ちょっとしたハプニングがあった方が楽しいじゃないですか?」
その言葉に、僕は彼女が本当に反省していないことを悟った。
彼女は園丈真に操られ、事態の深刻さを理解せずに行動していたのだ。
しかし、僕はここで諦めるわけにはいかなかった。
社内を元の状態に戻し、園丈真の陰謀を暴露し、蓬莱可憐さんにも自分の行動の責任を取らせる必要があった。
これからの対応が、僕にとっても社内にとっても、重要な試練となるだろう。
社長に状況を説明し、僕は強く二人に対する厳しい処分を求めた。
彼らの行動がどれほど会社に損害を与えたかを伝え、また、彼らが反省の色すら見せずにいることを強調した。
「蓬莱さんの最初の反省が見せかけに過ぎず、園丈真は最初から僕を貶めることを狙っていたんです。彼らの行動は、会社の信用を傷つけ、社員たちの信頼関係をも壊しました。どうか、厳正な処分をお願いします。」
社長は黙って僕の言葉に耳を傾け、しばらくの間、考え込んでいた。
その表情には明らかに失望と怒りが浮かんでいた。
やがて、社長は重い口調で言葉を発した。
「秋名瀬君の言う通りだ。会社としても、これ以上彼らを許すわけにはいかない。園丈真と蓬莱可憐には解雇処分を言い渡し、さらに会社に与えた損害に対して慰謝料を請求することにする。」
この決定が下されると、園丈真と蓬莱可憐は顔色を失い、動揺を隠せなかった。
二人とも、自分たちが引き起こしたことの重大さを、ようやく理解したようだった。
しかし、もう遅かった。
その後、二人は会社から解雇され、法的な手続きを経て、会社に対する慰謝料の支払いを命じられた。
彼らは大きな代償を払うことになり、今ではその支払いのために必死に働いていると聞いた。
社内は彼らの解雇によって一時的に混乱したものの、時間が経つにつれ、徐々に元の落ち着きを取り戻していった。
社員たちも、今回の事件を教訓に、より慎重に、そして協力的に仕事に取り組むようになった。
僕自身も、この出来事を通じて、改めて仕事に対する責任感と、信頼の重要性を再認識した。
社内の空気は少しピリピリしていたが、それはみんなが真剣に取り組んでいる証でもあった。
そして、僕は次の仕事に向けて、新たな気持ちで取り組むことを決意した。
困難な状況を乗り越えた今、社内の結束は以前にも増して強くなっていた。
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