コのままでいよう

千世

呼応

孤独な人が居た。

自分より孤独な人は初めてみた。

深海に、きっとずっと一人でいる。

その手はふれたら貝殻よりも冷たいと思う。


「――」


名前を呼んでみた。

すると、

もっと呼んで、うん、なぁに、と強請って、

そして、ありがとう。とその人は笑った。

笑ってくれた。

否笑わせてしまったに近かった。

誰のことも傷つけないやさしい言葉づかい。

僕はそんなものが欲しいわけではないのに。

けれど、それを打ち明けてしまえばきっと、

総てが駄目になってしまうんだ。

僕たちが触れずにずっと守ってきたものが。

だから僕は、「なにが?」と言って笑う。

「感謝なんてしてどうしたの?」と悪戯に揶揄う。

そうすれば、きっとその人は表情を硬くしない。

そうすれば、きっとなんにも変わらない。

生意気な野良猫とでも思われていたい。

双方にとって都合がよいから。

その人のほんとうの顔を知らない僕には、

ぜんぶがほんとうで、ぜんぶが嘘に見える。

だから信じているし、許しているのだ。

その人のなにが嘘でなにがほんとうかなんて、僕には取るに足らないこと、どうでもよいことだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コのままでいよう 千世 @atmarkaoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る