悪役令嬢だと気づいたので、攻略対象の幼馴染を倒すしかない!?

餡子

悪役令嬢だと気づいたので、攻略対象の幼馴染を倒すしかない!?


 16歳を迎え、王立魔法学院への入学を翌日に控えた夜。

 明日からは毎日着ることになる制服だけど、待ちきれずに試着してしまった。チェック柄のロングフレアスカートと、襟元のワインレッドのリボンが可愛らしくてお気に入りだ。浮かれて鏡の前でくるりと回って見せる。

 その時だった。


(あら? 私、この姿をどこかで見たことがある?)


 妙な既視感を覚えた。

 だけど見たことがあるに決まっている。毎日、鏡で見ている自分の姿である。

 毛先まで綺麗に巻かれた金髪。けぶる睫毛に彩られた菫色の瞳。ちょっと釣り上がり気味で、周りにはきつい印象を与えてしまうのが目下の悩み。

 そんな見慣れているはずの鏡に映る自分の姿に、なぜ既視感を?

 首を傾げて、まじまじと鏡に映る自分に見入る。やっぱりこの制服を着ている姿を、どこかでよく見たことがあるような。


(そうだわ! 確かコミックスの2巻表紙よ!)


 うん? 『コミックス』って何だったかしら?

 脳内に浮かび上がった不思議な単語と映像。一度思いついてしまったら、雪崩を起こしたみたいに頭の中へ画像が押し寄せてくる。


「!」


 脳裏にいくつも絵が浮かんでは消えずに重なっていく。まるで高速でパズルを完成させていくように。

 頭の中に浮かび上がるのは、可愛らしい絵柄で描かれた話。平民の母を亡くし、貴族の父に引き取られたヒロインの少女。そんな彼女を支える、学園で出会うヒーロー達。

 ヒーロー達と関わる中で、ヒーローの幼馴染だという傲慢な少女の姿も度々現れる。ヒロインに嫉妬して、ことあるごとに虐めてくる悪役令嬢。その名もロゼリア。

 ロゼリアだなんて、私と同じ名前じゃない……


(というか、私じゃないの!?)


 思い至ると同時に、脳内でパズルが完成した。

 あー! コレ、見たことあるわ! だってこの漫画、前世で大好きだったもの!

 ヒロインが健気な頑張り屋で、イケメンなヒーロー達を巻き込んで溺愛される少女漫画だった。ヒロインには推しのヒーローと付き合ってほしくて、毎回拳を握りながらハラハラ見守ったものよ。

 そんな私の最推しにくっついている幼馴染の侯爵令嬢が、いつも邪魔で……


(って、今の私だわ!)


 愕然として、思わずその場に崩れ落ちた。

 よりによって好きだった漫画の悪役令嬢、ロゼリアになっている!?


(ひどい。そんなことってある?)


 いつの間にか生まれ変わっていたこともショックだけど、せっかく好きな漫画の世界に生まれたのに、ヒロインの恋路を見守るどころか邪魔する立場にされている。

 こんなのあんまりだわ。

 しかもここで生まれ育った私としては、素直にヒロインを応援できそうになかった。

 なぜなら。


(ヒロインを取り巻くヒーローの一人が、私の幼馴染だなんて……っ)


 1歳年上の、隣に住む伯爵家の嫡男エーリヒ・フェルカー。


 それは、私の好きな人。


 今ならば、ことあるごとにヒロインの邪魔をしていた悪役令嬢の気持ちがわかってしまう。

 いじめるのはダメだけど、ずっと好きだった人がいきなり現れた少女に想いを寄せたら、面白くないと思える気持ちは理解できてしまった。


(どうしよう)


 心臓がギュッと握られたみたい。息が苦しくなる。

 このまま学院生活が始まれば、エーリヒはヒロインに心を寄せていってしまう。しかも、エーリヒは入学式初日から出会うキャラだ。学院内で迷って遅刻しそうなヒロインを、入学式の会場まで案内する頼れる先輩役なのである。

 艶めく銀髪に、すこし色気のある切れ長の青い瞳が印象的な伯爵家の嫡男エーリヒ。あまり愛想はないけど、面倒見の良いところがあるのよね。漫画の中でもエーリヒはエーリヒだわ。やっぱり好き。

 なんて、呑気に思い出してる場合じゃないのよ!


(このままじゃ明日から物語が始まってしまう)


 床に崩れ落ちたまま、ギュッと奥歯を噛み締める。

 なんとかして二人の出会いを回避しなければ。どうしたらいい?

 私が覚えている話は漫画だった。ゲームではないから、基本的にルートは1本道。ヒーローは数人いたけれど、エーリヒは有力候補だったように思う。私の贔屓目を抜きにしても。

 そんな彼を舞台に上げさせない為には、どうすればいい?


(出会いの邪魔をする?)


 しかしエーリヒにずっと張り付いていようにも、私自身も入学生。侯爵令嬢たる私が式を遅刻するなどありえない。エーリヒの代わりに私がヒロインを回収する手は使えない。

 それでも好きな人がヒロインと運命の出会いをするとわかっていて、指を咥えて見ているなんて出来ない。

 それならば。


(エーリヒを、学院に行かせなければいいのよ)


 これだ!

 とはいえ、既に入学式は明日に迫っている。

 屋敷が隣同士なので、明日は2歳年上の兄に加えて、エーリヒも一緒に学院へ行く約束をしている。

 ならば、今のうちに馬車を壊してしまえば良いのでは!?


(だめだわ。うちの馬車を全部壊したとしても、エーリヒの家の馬車を貸してくれるわ)


 良い案だと思ったけれど、そもそも学院は徒歩でも行ける距離だった。却下だ。

 ならば、行く途中で気分が悪くなったフリをする?

 しかし兄も一緒だから、エーリヒは私を兄に任せて馬車で屋敷に帰るように言うだろう。そしてエーリヒは一人だけ馬車を降りて、先に歩いて学院へと向かいそう。

 それでは意味がないのよっ。

 せめてもっとはやく思い出せていれば、と唇を噛み締める。それならば前日に手が滑ったふりをしてバケツの水をぶっかけて、エーリヒに風邪を引かせて休ませるという真似が出来たのに。

 焦るあまり、最低な案しか浮かんでこない。さすがは悪役令嬢に抜擢されてしまうだけあるわ。つらい。

 しかし最低と言うなら、世の中にはもっとひどい話もあったはずよ。


(そういえば昔、好きな人を引き留めたくて、わざと怪我をさせるサイコホラー映画を見た記憶があるわ)


 うろ覚えだけど、ヒロインがわざとヒーローを怪我させて、家に閉じ込める話だった。甲斐甲斐しく看病することで、そこに愛が芽生えて……

 いや、恐怖しか芽生えていなかった気がする。

 しかし思い至ってしまったそれに、コクリと喉を鳴らす。


(今からエーリヒを闇討ちすれば、まだ間に合うわ)


 心臓がドクドクと脈打ち出す。

 もうこれしかない気がしてきた。闇討ちした分、ちゃんと看病はするわ!

 ……でもそんなことしたら、嫌われてしまうんじゃない?

 私だったら、いきなり愛しているからと言って殴りかかってくる女は好きになれない。むしろ怖い。百年の恋をしていたとしても冷める。一気に氷点下だ。

 ただでさえ単なる幼馴染としてしか見ていない相手ならば、尚更よ。


(……そうだわ。私、好きだと告白したことすらなかった)


 好きなことは態度に出ていたと思う。けれど、はっきり口にしたことはなかった。これまでずっと態度でわかってもらえるはずだと、そう思い込んでいた。

 でも、それがまったく伝わっていなかったとしたら?

 物語が始まることにやきもきする前に、私にやれることはまだあったのだ。


(それなら明日の朝、一番に告白すれば間に合うかも)


 と思ったけど、だめだわ。兄も一緒に登校するから、兄の前で告白することになる。からかわれそうで絶対に嫌。

 それに明日になったら、冷静さを取り戻して逃げ腰になってしまうかも。漫画の世界に転生したなんてありえない、運命の出会いなんてそうそう起こるわけがないんだから、って。

 これまでの自分を考えたら、ありえそうな行動が頭を過ぎる。


(それで、後悔するかもしれないのに?)


 やっぱり告白しておけばよかったって、後で泣くかもしれなくても?

 ギュッときつく掌を拳に変える。そんなのは嫌。今ならまだ、間に合うかもしれないのだから。


 覚悟を決めると、顔を上げた。

 窓の外には大きな満月が輝いていて明るい。まだ眠りにつくほどの時間でもなく、得意の風魔法を使えば隣の屋敷のエーリヒの部屋まで飛んでいける。小さい頃は、よくそうしていたように。

 気持ちを奮い立たせるべく、勢いをつけて立ち上がった。その足で部屋のクローゼットに隠してあった箒を探し出して手に取る。なぜか飛ぶ時だけは箒じゃないとうまく飛べないせいで、侯爵令嬢らしくないとずっと封印していた魔法を使う為に。

 窓を開いてテラスに出ると、箒にまたがった。令嬢らしからぬ姿が恥ずかしい。だけど手段を選んではいられない。

 なんとしても彼が運命の少女に出会う、その前に!


(いざ、エーリヒの元へ!)


 強く念じれば、風が巻き起こって体が浮き上がる。一瞬ぐらりと体が傾いだものの、強く柄を握りしめて体勢を整え直す。ホッと息を吐く間も無く、勢いよく箒が飛び上がった。春の風を切って、驚くほどの速さで空を飛んでいく。

 まるで、逸る私の気持ちに応えるみたいに。

 隣の屋敷まではあっという間だった。勢いがありすぎて、上空で一回転してからエーリヒの部屋のテラスを目指す。しかしながら久しぶりすぎて見事に着地に失敗した。バランスを崩したせいで、テラスにお尻から落ちる。


「! いたた……っ」

「誰だ!?」


 さすがに着地音が大きすぎたらしい。慌てた様子で険しい顔をしたエーリヒがテラスに飛び出してきた。

 エーリヒはまだ寝る支度をする前だったらしく、少しラフに着崩した私服姿だった。


「ロゼリア? 何してるんだ」


 広くないテラスで尻をついている私を見つけて、エーリヒが盛大に絶句した。

 癖のない銀髪に彩られた秀麗な顔が台無しよ。珍しい表情が見られて嬉しいと思ってしまったけれど。


「なんで制服で……迎えに来るには10時間ほど早いんじゃないか?」


 エーリヒは突然現れた私に顔を顰めながらも、立ち上がるのを助けるべく歩み寄って手を差し出してくれた。細身に見えるのに、思ったよりもしっかりとした手に手を取られて引っ張り上げられる。

 青い瞳は呆れきっているくせに、こんな状況でも迷わず助けてくれる。

 そんな人だから、またも好きな気持ちが募っていく。


「その、どうしてもエーリヒに伝えたいことがあって」

「こんな時間に? 明日の朝じゃ駄目だったのか」


 私が立ち上がるのを確認してから、エーリヒが眉根を寄せる。


(やっぱり迷惑だったわよね)


 今更ながらに自分の行動に焦る。全身が心臓になったみたいにバクバクと心音が鳴り響いて落ち着けない。

 こんな時間に討ち入りに来てしまったなんて。これも闇討ちに来たって言うのかしら!?

 だけどここまで来た以上、何も言わずに帰る方があやしい。覚悟を決めて、エーリヒの青い瞳をまっすぐに見据えた。

 緊張しすぎて、何から話したら良いのかわからなくなる。だから気づいた時には、思っていたことがそのまま口から出ていた。


「実は私、予言の力に目覚めたみたいなの」

「……。それで?」


 突拍子もない切り出しにエーリヒは数秒息を呑んだ。眉を顰めつつ、続きを促してくる。

 私はよく思いつきで行動してしまうことがあったけど、それでもいつもエーリヒはまずは話を聞いてくれようとする。

 ちゃんと向き合おうとしてくれてると感じられて、それが昔から大好きだった。


「きっと明日、エーリヒは運命の女の子に出会って、恋に落ちるわ。だけど、彼女には他にも素敵な男性達が想いを寄せていくの」


 真顔で話す私を前に、エーリヒが残念なものを見る目に変わっていく。

 待って! 本題はここからよ!


「まずは聞いて」

「ちゃんと聞いてるじゃないか」

「顔がちゃんと聞いてないのよ」

「顔にまでケチをつけられても困る。元々こういう顔だ」


 エーリヒが口を引き結んで、呆れを隠しもしない眼差しになっている。それでも話を切り上げる気はないらしい。「それで?」と続きを促してきた。


「彼女はとっても健気で頑張り屋で応援したくなる子なんだけど、でもね、すごく鈍いの。なかなか気持ちが伝わらないし、他にもライバルがたくさんいて、恋人になるのはとても大変なのよ」

「うん」


 エーリヒはなぜか深く頷いた。何か思い当たることでもあったみたいに。

 しかし今は深く気にする余裕もなかった。無意識に拳を握りしめて、緊張で空回りそうな口を叱咤して声を絞り出す。


「だけど、私なら! 私だったら、ずっとあなただけに一途でいると誓えるわ。他の人を見たりもしない」


 エーリヒの表情が呆れを滲ませたものから困惑へと変わっていく。

 そうよね。いきなりこんなこと言われても困るわよね。


(だけど言わずに後悔したくないの)


 なんせ前世から推しだったのよ。今世でも、思い出す前から好きになっていたのだから。

 この気持ちはヒロインにだって負けないわ!

 だから、運命なんかの力を借りなくたって。


「私があなたを幸せにしてみせる。私、あなたが好きなの!」


 顔を上げて、はっきりと言い切った。

 突拍子もない話からいきなり告白された形になったエーリヒは、驚いたのか目を丸く瞠った。

 数秒の沈黙の間に、月明かりに照らされた顔が徐々に赤くなっていく。私も勢いのままに言い切ってしまうと急に恥ずかしさが込み上げてきた。顔が熱くなっていくのがわかる。


「だ、だからその、私の方がオススメよって言いたくて。それだけ、言いにきたの」


 本当は「だから私を好きになって」と言いたいところだったけど。さすがにもう羞恥心が限界だった。


「考えてくれたら嬉しいわ。じゃ!」

「ちょっと待て!」


 言い逃げして箒にまたがって飛び上がろうとした。そこに手が伸びてきて、腕を取られて引き止められた。

 ぎゅっと痛いくらいに掴まれて、触れた指から伝わる熱に胸がバクバクと脈打つ。

 エーリヒは口を開いて、閉じて、迷いを振り切るように顔を上げた。改めて口を開く。


「言いたいだけ言って、さっさと帰ろうとするなよ。俺の立場がない上に、このままじゃ眠れなくなるだろ」


 苦い表情で言った後、ひとつ大きく深呼吸をする。

 それってつまり、眠れそうにないくらいには、あなたの心を揺さぶれたって思ってしまっていいのかしら。

 ……期待してしまっても、いいのかしら。


「返事くらい聞いていってくれ」


 告げられた言葉に、全身に緊張が走った。心臓がバックンバックンと壊れそうなほど鳴り響いている。指先まで心臓になったみたい。

 息を呑んで固まったままの私を前にして、エーリヒは覚悟を決めたみたいに瞳に強い光を宿した。


「俺も、やたら一途なくせに鈍くて、突拍子もないことを言ったりやったりするロゼリアばかりが気になって仕方なかった。とてもじゃないが他の奴には任せたくないくらいに」


 不意に腰をかがめ、取られた手にそっと唇が落とされる。


「ずっと好きだった」


 青い瞳に上目遣いに見上げられて、心臓が止まるかと思った。

 そんな嬉しいことってある!?

 運命を阻止すべく、あなたの心を撃ち抜きに来たのは私のはずだったのに。

 結果として心を射抜かれたのは、私の方だったみたいです。



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