【後日談】 ※ 姉オーレリア視点
寝る前に予習をしようと、辞書を手に取った時だった。
ぱらりと開いたページ下部の余白に、いたずら書きをされているのを発見してしまった。
(まぁ……また、ビーのイタズラね)
二歳年下の妹ビアトリスは、あまり母との記憶を残さないうちに母を亡くした。それが不憫で、甘やかしてしまった自覚はある。今ではすっかり姉っ子に育ってしまい、よく私の気を引きたくて憎まれ口を叩いたり、イタズラをするのだ。
つい先日も、着ていくドレスに合わせた装飾品が一夜にしてすり替えられていた。それがまた、そちらの方がセンスが良かったりするのだが。
毎回どれも些細で、嫌がらせというには微妙に親切なイタズラばかり。根が素直な子なので、悪事が働けないらしい。愛されたがりで単純だから、ちょっと将来が心配になる。
(あの子には、ジーンがいてくれるから心配ないでしょうけど)
神官になった幼馴染の顔を思い出して、ちょっと苦笑いが込み上げる。
ジーンは、妹の好きな相手だ。
婚約者の王太子アーネストの友人でもあり、幼い頃からよく一緒に過ごしてきた。
妹は昔からあきらかにジーンを好いているのに、素直じゃないのでアーネスト様を好きなフリをする。そしてジーンにやきもちを焼かせているのだ。
ジーンもジーンで、妹から好きだと告げるまで認めない気か、見ていてやきもきさせられる。当て馬にされているアーネスト様はいつも苦笑いだ。
「ジーンに、ビアトリスは私に興味なんてないから間に受けるな、って毎回釘を刺されるんだ。困ってしまうよ」
そう言いつつも妹が迷惑をかける度に、笑って付き合ってくださるからアーネスト様もお人が良い。
妹から私を奪ってしまうと思っているからか、ビアトリスに甘いところがあられる。
(ビーは叱っても懲りないから、違う方法で気を逸らしてはいるのだけど)
今度は、きっちり叱るべきかもしれない。
特に今回は、私が重宝している辞書にイタズラ描きだなんて。ページの端だから邪魔にはならないとはいえ、物を大事にしないのはいけない。
嘆息を吐きながら次のページを捲る。すると、そこにもまた落書きがされている。丸と棒で描かれた人間だ。あの子はいったい、何を描いていたの。
呆れて次のページを捲れば、またも棒人間が出てくる。
まさか。
ギョッとして次の次の次のページまで見たら、延々と棒人間が活躍している。あの子は何をしているの。最初のページに戻れば、果たしてそこにも棒人間はいた。
最初から最後までパラパラ捲っていけば、なんと全ページに棒人間が!
(あら? これ……動いている!?)
紙にペンで描かれた絵が動くわけがない。
しかし、パラララッと高速でページを捲れば、なんと棒人間が動いて見える!
(なにこれ、すごいわ!)
最初はページの端に立っていた棒人間。勢いよく走り出して川を越え、山を登り、崖から飛び上がったと思ったら、空中で何回転も回る。
そして地面に降り立ち、両手を上げたポーズを決めた。
『満点!』
『よく頑張りました!』
最後のページでそう叫んだところでフィニッシュだ。
思わず、「んっ、ふふ…っ」などと笑いが溢れてしまった。
慌てて口元を引き締める。いけないいけない。こんな風にイタズラ描きをするなんて、いけないことよ。
……でも最後のページの棒人間の言葉を見ていたら、怒りなんて消えてしまう。
もしかして、日々頑張る私を労うために描いてくれたのかしら……。そう思えば、妹のイタズラが可愛く思えてきてしまう。
こんな妹だから、憎めずについつい許してしまうのだ。
「でも明日になったら、お説教しなければね」
人の物に勝手にいたずら書きするのは、許されません。
だけど作品は楽しませてもらったことは、ちょっと褒めてあげよう。
せっかくだから、日々頑張っていらっしゃるアーネスト様にも見せて差し上げなくてはね。きっと楽しんでくださるわ。
はやく見せたくて、いそいそと辞書を鞄にしまう。
アーネスト様にも見せられたと知って焦る可愛い妹を想像したら、微笑ましくて笑みが溢れた。
悪役令嬢になる呪いがかかっているので、神官に縋ります! 餡子 @anfeito
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