悪役令嬢になる呪いがかかっているので、神官に縋ります!

餡子

悪役令嬢になる呪いがかかっているので、神官に縋ります!



 はやくはやく、彼に会わなければ。

 まだ上がったばかりの朝日が降り注ぐ中、馬車を最速で走らせて神殿にやってきた。辿り着くなり、飛び降りんばかりの勢いで地面に降り立つ。

 カツカツと淑女らしからぬ大股歩きで道を歩く。巻き毛が特徴的な長い黒髪を翻して、目指す先へ一直線。

 目当ては神頼み……ならぬ、幼馴染の神官頼り一択!

 焦りに背を押されるまま目当ての人物を探す。この時間、いつも幼馴染は朝の礼拝前の清掃をしていると聞いていた。


(いた! ジーン!)


 礼拝堂の裏まで捜して、ようやく目当ての人物を見つけた。

 一歳年上の幼馴染は、侯爵家の三男だが生まれながらに神聖力が高かった。その力を認められて去年、最年少の16歳にして神官になった人である。

 そんな幼馴染の襟足まで伸びた銀髪は、今日も朝日を弾いて眩しく輝く。まさに神に愛されし美貌の幼馴染だ。そんな彼が箒で地道に清掃活動をしていることを信者は知らないのか、幸い周りに人気もない。ちょうどよかった。

 突撃せんばかりにジーンの前に立ちはだかる。


「ビー? こんな朝から、どうした」


 いきなりの私の登場に驚いて、訝しげな顔をされた。それに構うことなく、ジーンに向かって勢いよく頭を下げた。


「ジーン、お願い! 私を力いっぱい叩いてちょうだい!」

「いきなり現れて、何言ってるんだ」


 頼み込んだ私の頭上に、幼馴染のドン引きした声が降ってきた。

 待って、お願い。これには訳があるのよ。


「私、きっと呪われているのよ!」


 このままだと、私は姉の婚約者である王太子を狙う悪役令嬢になってしまう!

 だからとりあえず、まずは話を聞いてほしい。




 ***



 伯爵家の二人娘の内、次女として生まれた私、ビアトリス。

 母を物心つく頃に流行病で亡くしているが、側から見れば周りにとても愛されて育った。王家の覚えもめでたい家で、環境にも恵まれていた。

 しかし、私には昔から自分の気持ちが急に抑えられなくなる時があった。

 それは早くに母を亡くして、周りに甘やかされたせいもあると思う。特に二歳年上の姉オーレリアには、母の代わりに甘えて我儘を言ってしまうことはよくあった。




 はじめて気持ちを抑えられなくなり、とんでもない我儘を口にしたのは8歳の時。

 父に連れられて、姉と共に王城を訪れた時である。

 10歳になった姉オーレリアが、王太子アーネストと婚約する前の顔合わせに行った日。初めて会った二歳上の王太子を見た瞬間から、私は目が離せなくなった。「この人が私の王子様!」という確信と、独占欲とも言える激しい衝動だけが胸を埋め尽くした。

 そして気づいた時には、


「私が王子様のお嫁さんになる!」


 などと叫んでいた。

 周りは当然、ただ父と姉に付いてきただけの私の発言にびっくりである。

 しかし実は、叫んだ私も驚きであった。

 なぜなら、口が勝手に叫んでいたから。8歳とはいえ、王族相手に言って良いことと悪いことくらい弁えていたはずなのに。自分でも意味がわからない。ただ、譲れない、と熱く込み上げるものが抑えきれない。

 そんな時だった。


 いきなり背中を、パンッ!と小さな手で叩かれた。


 このとき私の目には王太子しか見えていなかったけど、その場には似た年頃の王太子の側近候補も集められていた。その中の一人、王太子より一歳年下の侯爵家の三男、ジーンが私を叩いたのだ。

 はっ? 女の子をいきなり叩くなんて、なんなの!?

 おかげで私の頭は違う意味で熱くなった。しかも叩いておきながら、ジーンは「大丈夫か!?」などと切羽詰まった顔で聞いてきたのだ。

 いや、叩いたあなたが言うセリフじゃないでしょ!? こっちは人生をかけたプロポーズをしているところだったのにっ。

 けれどそんな気持ちは、ジーンの顔を見た瞬間、弾け飛んだ。


 ジーンは、絶世の美少年だったのである。


 キラキラと銀の髪は光を弾き、アーモンド型の青い瞳は夜空に星が瞬くよう。引き結ばれた唇は凛々しく、目鼻立ちの配置は完璧。あまりの格好よさに文句を言うのも忘れた。

 同時に、王太子への情熱も綺麗さっぱり消えていった。一気に頭から足の爪先まで温度が下がっていくかのように、スー……ッと。我ながら現金である。

 しばしぽかんと呆けてジーンを見つめた後、冷えた頭は自分のしでかした事のとんでもなさに思い至った。周りの唖然とした視線が痛い。今度は羞恥で顔が熱くなる。


「ごめんなさい! アーネスト殿下があまりにもすてきで……っ」


 慌てて頭を下げた。

 周りは幼い子どもの淡い一目惚れだったのだろう、と笑って流してくれた。王太子にも「気持ちは嬉しかったよ」などと気遣われたほど。

 この後、改めて王太子が姉と並んでも、今度は何も思わなかった。先程の独占欲は欠片も湧いてこない。羨ましさすらない。

 この時は、いきなり叩かれてムカついたけど、ジーン(の顔)のおかげでなんとかなったわ……と思っていた。




 しかしながら、王太子への執着はそれからも度々訪れた。

 姉と一緒に王城に呼ばれてお茶をすれば、姉ばかりずるい、という感情が湧いてくる。口が勝手に動いて、姉を責めそうになったこともある。

 しかしその度に、一緒にいたジーンが軽く私の背や肩を叩くのだ。


「なんて顔してんだ。殿下より俺の方がいい男だろ。目を覚ませよ」


 呆れた顔でジーンによく言われた。すごい自信家である。

 しかし、事実でもあった。王太子に熱くなりかけた胸が、ジーンの顔を見るとスッと静まるのだから。とはいえ素直に認めるのは悔しくて、唇を尖らせた。


「ジーンのその自信はどこからくるのよ」

「ビーの顔を見ればわかる」


 そう言われたら、返す言葉がない。憎まれ口を叩きながらも、ジーンの顔を見ると気分がよくなってしまう。私はジーンの顔がたぶんすごく好きなのね……。

 それにジーンに軽く叩かれるだけで、モヤモヤした気分が切り替わる。たんに叩かれてムッとするからだけど、その後でジーンと口喧嘩をしている内に、私の中に燻る鬱憤は晴れていた。

 それに、私が王太子に見惚れる度にジーンが叩くのは、嫉妬しているからかも。と思えば、まんざらでもなかった。

 好きな子を弄りたくなるなんて、ジーンもまだ子どもね。なんてことを考えて、気を良くするくらい私は単純だ。顔の良い男の子に弱いのかもしれない。顔が良ければダメな男にもひっかかるタイプなのかも。気をつけよう。




 それでもそれからも度々、姉と王太子が仲睦まじくしている話を聞くと胸が苦しくなった。普段は王太子のことなど思い出しもしないのに。姉を取られると思うからだろうか。

 ある時、


「今度、アーネスト様と慰問に出かけるの」


 そう嬉しそうに言う姉に、勢い余って言ったことがある。


「お姉様が未来の王太子妃だなんて、ずるい!」


 なぜかこの時は、無性に苛々したのだ。

 だけど、姉の方が上手である。母代わりも勤めていた姉は私の扱いを心得ている。小首を傾げ、私と違って癖のない艶やかな黒髪をさらりと揺らし、嬉しそうに笑ってみせた。


「まあ! なら、ビーが王太子妃を代わってくれるのね? よかったわ。王太子妃のお勉強って、とってもすっごく大変なの」

「えっ」

「来週までに子爵位までの方々を家族単位で覚えなければならないし、今日中に王族の歴史年表もおさらいしておかなければならないの。あと神書も書き写して、明後日は解釈の発表があるわ。その前に明日はダンスを半日練習ね」

「ええっ」

「でも、これからはビーが全部してくれるのね」


 逃すまい、と言うように手を握られる。背筋にじわりと嫌な汗が滲んだ。


「や、それは……」

「私にも王太子妃なんて荷が重いと思っていたの。ビーが王太子妃になってくれるなら、私はお父様に素敵な男性を選んでいただけるようにお願いできるわ。楽しみね」

「まっ、ちが、お姉さまっ」

「頑張って、ビー。可愛いあなたなら大丈夫。姉様は応援しているわね」

「ごめんなさい! やっぱり王太子妃はお姉様がなるべきよ! お姉様こそ、殿下と夫婦の中の夫婦になられるわ! 応援していますっ」

「そう……? ビーがそこまで言ってくれるなら、頑張らなければね」


 姉は聡明な黒い瞳を微笑ませ、見事に私を丸め込んだ。私の性格を熟知した手腕である。

 ちなみに身を引くようなことを言ってはいるが、姉は王太子が大好きだ。そうでなければ、厳しい王妃教育を嬉々として受けられるわけがない。

 そんな頑張り屋な姉が、密かに自慢でもあった。これは本当。王太子も姉を大事に思っているのはよくわかっていたから、本心では応援していたのだ。

 それなのに。

 なぜだろう。王太子を見る度に、手のつけられない感情が湧き上がるのは。




 そして、つい昨日。

 私は王太子と姉が在学している王立学術院へ入学した。

 王太子と姉は最終学年で、私は新入生なので被るのは一年間だけ。初日ということで、王太子が親切にも学院の入り口まで迎えにきてくれた。

 一応、未来の義妹として可愛がってはくださっているのだ。そんな王太子を見たら、またも私の口は勝手に動いた。


「アーネスト殿下、お姉様より私の方が可愛いでしょう?」


 なぜそんなトチ狂った言葉を口走ったのかわからない。ただ、言わなければいけない、と謎の強迫観念に駆られたせいである。

 この時、事前にジーンから入学祝いにと贈られたブレスレットがじわりと熱くなった気がした。

 王太子は驚いて目を見張った後、「ビアトリスはもちろん可愛いよ」と微笑んだ。

 だが王太子はすぐに姉の手を取る。細く白い指先に愛しげに口づけを落とした。


「オーレリアは可愛いより、美しいと言うべきだからね。聡明で頑張り屋なところがなにより素晴らしいんだけどね」

「まあ、アーネスト様ったら。おだてるのがお上手ですこと」

「君にはいつだって本当のことしか言わないよ」


 姉は頬を染めて、愛らしく笑った。恋する娘らしい、見ていて微笑ましくなる笑顔。それを見つめる王太子も蕩けんばかりの眼差し。

 なぜこの二人の間に入ろうなどと一瞬でも思ったのか。自分でもわからない。見せつけられて砂糖を吐くかと思った。

 そう、いつもならば。

 だけど常ならばすぐに消えるはずの嫉妬が、この日に限って消えてくれなかった。普段は二人の甘ったるさにあてられて、嫉妬はすぐさま消えるのに。


(違う、そうじゃないわ……今日はジーンがいないから)


 ジーンは去年から神官になっていたので、学院には通っていない。今までは二人を前にするとジーンが軽く背や肩を叩いて、私の頭を切り替えさせてくれていた。

 けど、それがないから?

 じわじわと焦りが湧いてくる。頼りになる幼馴染はここにはいない。

 その時、なぜか熱を帯びていたブレスレットがプツリッと切れた。神官であるジーンから、お守り代わりだと言われていたブレスレットが、である。

 なんだかとても不吉。本能的にマズイと背筋が震えた。


「もう、二人とも勝手になさって!」


 言い捨ててその場から逃げ出した私は、よくやった方だと思う。なぜなら、その後も苛立ちは悪化して胸に居座り続けたから。

 なぜ、こんな態度を取ってしまうの? 本当に、心の底から王太子妃になんてなりたくないのに。だいたい姉を大好きな王太子に、私はもう興味もないはずなのに。

 それに、私の胸にはいつしか別の人が浮かぶようになっていた。

 自信家で生意気で、それでいて時々私を気遣うように見つめる幼馴染。

 私が好きなのは、彼のはずなのに。

 せっかく贈られたのに切れてしまったブレスレットが、焦りを助長させる。この日は家に帰ってからも苛立ちがおさまらなかった。

 姉がよく使う辞書を拝借して、嫌がらせにページの端に壮大なパラパラ漫画を必死に書き綴る。授業中に思わず笑ってしまうといいわ。そんな意地悪なことを思いながら。

 いったい私は何をしているのかしら。こんな嫌がらせまでするなんて……


(悪役令嬢だから、仕方ないわよね)


 ふと、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 ……。悪役令嬢?

 いやいや待ってちょうだい。なんなの、『悪役令嬢』って。

 いえ、なんとなく記憶にあるわ。なぜかしら。確か悪役令嬢って、あれよね。乙女ゲームとか恋愛物語に出てくる、やられ役の当て馬……


 って、ナニソレ。


 急にガンガンと激しい頭痛に襲われた。ぐるぐる回る頭の中で、見たことも聞いたこともないはずの『乙女ゲーム』とやらの画像が浮かんでは消えていく。

 その中で、意地悪そうな緑の吊り目の、黒髪が縦ロールになっている令嬢の姿があった。それがどう見ても、私にそっくり。

 というか、私そのものじゃない!


(私が悪役令嬢なの!?)


 ようやく目眩と頭痛が治った時には、自分にピンク色のモヤがまとわりついているのが見えた。


「なんなの、これっ!?」


 がむしゃらに手で払っても、モヤは消えてくれない。

 まさか私が、乙女ゲームの悪役令嬢であると思い出してしまったから!? 悪役令嬢になる呪いが目に見えるようになったの!?

 そこでようやく、気づいた。

 姉と王太子に接触したことで、不吉に切れてしまったブレスレット。なぜあの時、熱を帯びたように感じたんだろう。そして切れてしまってから、おさまる気配のない苛立ち。

 もしかして、ブレスレットにはジーンが何かしらの力を込めてくれていたんじゃないのかしら。

 神聖力の強いジーンには、最初からコレが見えていたのかもしれない。


(だからいつもコレを払うために私を叩いて、守ってくれていた……?)


 思い至ると同時に、一気に顔から血の気が引いた。

 つまり神官の加護がない今、私は悪役令嬢まっしぐらってこと!? 冗談じゃないわ。まっぴらごめんよ。だいたい、なんで本当に好きでもない相手に横恋慕して、断罪までされなきゃならないの。

 その日は眠れなくて、朝になっても不気味なモヤは消えてくれなかった。こうなったらもう、頼れる相手は一人しか思い浮かばない。

 いても立っても居られずに、朝日が登ると同時にジーンに泣きつくべく馬車を走らせた。

 そうして、ジーンに突撃したというわけである。




 ***



「私、きっと呪われているのよ!」


 不安が抑え切れずに訴えれば、ジーンは驚いて目を瞠った。


「とうとう気づいたのか」


 そうよね、いくら神聖力が高くてもいきなりこんなこと言われても困るわよね……と思いかけていた私に掛けられた声は、予想より遥かにあっさりしていた。

 だがジーンの表情は苦虫を噛み潰したかのよう。まるで不味いことを知られた、と言わんばかりに。


「えっ。本当に呪われてるの!?」

「正確には、それは呪いじゃなくて愛の神ルースモデンナの祝福だ」

「祝福!? これのどこが!」

「神にとっては祝福でも、人から見れば幸福じゃないことは稀にある。あくまで神の理想というか、願望が授けられるんだ。運命とも言う」

「こんな運命、お断りなんだけど!」


 ジーンは嘆息を吐き出すと、礼拝堂の壁に持っていた箒を立てかける。

 向き直って、いつものように私の背中や肩を手でパタパタと叩いてくれた。さすが神聖力が強いだけある。しぶとくまとわりついていたモヤが、残念そうにか細い悲鳴を上げながら光に溶けて消えていく。

 いつも、こうやって助けてくれていたのね……。

 助けていたのに私に理不尽に文句を言われても、何度でも。きっと怖がらせないように、真実を隠して。

 ジーンは眉根を寄せながら私を上から下まで見つめる。そしてモヤがないことを確認できたのか、安堵の息を漏らした。


「ブレスを渡しておいただろ。効かなかったのか?」

「それが、ごめんなさい。切れちゃったの」


 ポケットに入れていたブレスレットを差し出す。

 細い鎖の一部は熱で溶けたみたいに変形して、プツリと切れてしまっていた。改めて見ると、明らかに人外の仕業だ。なんて迷惑な神なの。


「負荷に耐え切れなかったんだな。もっと修練しないと駄目だったか……。おまえ、愛の神に愛されすぎだ」

「全然嬉しくないわ! だいたいなんで私が殿下を好きみたいになってるの!? 私が好きなのはジーンなのよ!」

「……は?」


 動揺していたせいで、ポロリ、と本音が口から飛び出していた。

 慌てて息を止めたけど、口から出た言葉は戻らない。どうしよう。

 ジーンは切長の瞳をまん丸く瞠って、呆けた顔をしている。

 そういえば、これまでジーンは私が好きだから弄ってくるのだと思っていた。だけど、それは単に呪いを払ってくれていただけ。あの行為を曲解して、ジーンは私のことを好きなのかも。実は私も……

 なんて思っていたことが、今更ながらに恥ずかしいッ。


「あのね、ジーンを好きっていうのは……っ」


 誤魔化したい。

 ……だけどここで、愛の神に屈したくない。自分の気持ちを、否定したくない。


「そ、そういう意味で、すき、ってことなんだけど」


 辿々しくだけど、なんとか声を絞り出した。顔に触れたら火傷しそうに熱くなっているに違いない。

 すると私を見つめ返すジーンの顔も、じわじわと熱を帯びて赤く染まっていった。


「……うん。それは知ってはいたけど。でも改めて言われると、ちょっとこう……照れるな」


 躊躇いがちに照れた顔でごにょごにょ言われたそれを、聞き逃せなかった。


「知ってたの!?」

「ビーの顔を見てればわかる。全然隠せてなかったろ」


 何を今更、と言わんばかりの表情をされて絶句する。

 まさかそんな、丸わかりだっただなんて……っ。

 確かに、私はよくジーンに見惚れていた。主に顔に見惚れていたけれど、無茶を言っても止めてくれるという安心感も感じていた。

 私を弄りつつも気遣う眼差しを向けてくれるジーンだからこそ、いつしか好きになった。

 それを知られていたと知って、手遅れだけど恥ずかしさで破裂しそう。


「そういう俺も、わかりやすかったと思うけどな」


 焦りまくって固まっていた私を見つめて、ジーンは仕切り直すみたいにひとつ咳払いをした。

 そして私に向き直ると、不意に真剣な顔をした。


「初めて会った時から危なっかしくて、目が離せなくて。そんな好きな女の子を助けたくて、神官になったぐらいだからな」

「え……っ」


 驚いて息を呑むと、ちょっとバツが悪そうな顔をしたジーンの手が伸びてきた。いつの間にか大きくなっていた手が、そっと恭しく私の手を取る。


「神官になってから、なんとかその祝福が解けないか探してたんだ。つい先日やっとひとつだけ、解決策を見つけられた」


 言いながら腰を屈めて、ジーンの唇が私の指先に触れた。

 まるで愛しい物に触れるように、そっと。


「愛の神の前で本来の想い人と愛を誓うと、解けるそうだ。女神ルースモデンナは恋愛に目がない神だというからな」


 はあ!? 人を散々振り回しておいて、なんて移り気な神なの!

 でも今は目の前のジーンの行動に心臓が壊れんばかりに脈打っていて、突っ込む余裕がない。


「ただし、その愛の誓いは一生に一度しか出来ない」

「一度だけ……」


 触れた指先が熱い。微かに唇が離れて、上目遣いに挑むように見上げられた。思わず息が止まる。


「俺も、ビーがずっと好きだった。これからも守ってやるから、俺で満足しておけよ」


 こんなときまでジーンは相変わらず生意気で、自信家。

 それなのに、そんな彼の表情が今日はちょっとだけ不安そうにも見えてしまって。


「私の方こそ、末永くお願いしたいわっ」


 取られた手を力いっぱい握り返すと、間髪入れずに応えていた。

 キラキラと周りに祝福じみた光が舞ったように見えたのは、愛の神のご利益なのか。今まで振り回してごめんねのつもりなのか、わからないけど。

 散々振り回されたけど、おかげで私は最高の恋に辿り着けた……ことだけは、愛の神に感謝してあげるわ。



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