Chapter 1-19

 にゃんだって。

 私は、前の方の席で手を挙げた女生徒を見やる。

 くるくると巻かれた縦ロールが印象的なその後姿が、こちらを振り返った。


「手を下ろしなさい、幸宮祈里ゆきみや いのり


 なぬ。

 鋭く射抜くような眼光でこちらを見やる彼女は、楯嶋舞夜たてしま まいやさん。昨日の自己紹介の時から幸宮祈里とキャラモロ被りだなぁと思っていた子である。アンティークドールを思わせる日本人離れした美少女で、切れ長の瞳に絵の具でも塗りたくってんのかってくらい白い肌。背は小さいけれど、足が長くてモデルみたいな体形。そして態度は尊大、と。

 きっと自分以外の人間は、自分の前にひれ伏すもんだと思ってるね、あれは。


「それは、私に辞退しろと仰っているのですか?」

「話が早くて助かります。学級委員に、いえ、楓翔院ふうしょういん様の隣に並び立つのに相応しいのは、このワタクシですもの」

「なっ……!」


 狙いはそれかー!

 この子、学級委員になりたいんじゃなくて、拓篤たくま君の隣にいたいんだ。そして偶然か、それともこれも狙ってやったのか、挙手が重なったのをいい事に、私に勝負を吹っ掛けてきたのだ。


 教室中がざわめく。って、これじゃあ私と楯嶋さんで拓篤君を取り合うみたいな雰囲気になってるじゃないか。違う、そういうんじゃないんだよ。私は自分自身の更生の為に学級委員がやりたいんだよー!


「みんな、静かに。一度落ち着こう。祈里と楯嶋さんは手を下ろしてくれ」


 拓篤君が手を叩きながら言うと、室内があっという間に静まり返る。

 昨日の私を彷彿とさせる光景である。一声上げるだけで場が静まった時は、この身体パねぇなって思ったけれど、拓篤君はこれを素でやってのけたのだ。すごいわ。

 少しの間をおいて、拓篤君は私と楯嶋さんに声を掛ける。


「二人とも、譲る気はないんだな?」

「勿論」

「……私は」


 返事をするのに躊躇った。正直、諦めてしまってもいい気がする。だって、これは明らかに『楓翔院拓篤の婚約者(未確定)である幸宮祈里』への挑戦だ。

 私はあくまで一個人として、拓篤君の事が気になっている。それは認めよう。でも、だからといってほぼ確定している婚約者の立場に拘るつもりは毛頭ないし、その末路を既に知っている。


 ――最初から諦めた方がよかった。


 ぞわっとした。

 ふと、自分の中に生まれた――いや、これはむしろ蘇ったと言った方が正しいような――黒々としたヘドロのような感情に身体が震え、私は衝動的に声を発していた。


「譲りたくは、ありませんわ」

「分かった。なら、どうやって決めるかだが……」

「みなさんに決めて頂きましょう。ワタクシか幸宮祈里、どちらが相応しいか」


 楯嶋さんはそう提案してきた。多数決か。自分から言い出すって事はよほど自信があるのか、それとも勝てる見込みがあるのか。


「成程。祈里はそれでいいか?」

「はい。大丈夫です」


 譲らないと言った以上、背に腹は代えられない。代案もないし、ここは乗るしかない。


「では、みんなに協力をお願いしたい。学級委員をやって欲しいと思う方に手を挙げて欲しい」


 沈黙。ただ、異存はなさそうという意味では悪い沈黙ではない。拓篤君もそう感じてか、匿名性を高める為全員に顔を伏せるように言う。

 私たちはそれに従って、机に顔を突っ伏した。


「どうやら俺も当事者のようなので、集計は先生にお願いします」

「分かりました。では楓翔院君も目を閉じていてください。楯嶋さん、幸宮さん、楓翔院君は手を挙げないようにしてください。ではまず、楯嶋さんがいいと思う人」


 自ら目を伏せると宣言した拓篤君に代わり、先生が進行を務めてくれる。

 先生の声に、周りで手が挙がる気配を感じる。すごくドキドキするな、これ。


「はい、ありがとうございます。では続いて、幸宮さんがいいと思う人」


 続いて、再び手の挙がる気配。当たり前だけど、気配だけじゃどっちが優勢なのか、全く見当が付かない。


「ありがとうございます、みなさん。それでは顔を上げてもらって」


 先生の声に、私はバッと顔を上げた。

 黒板には正の字で私と楯嶋さんの得票数が書かれていた。このクラスは三十人丁度のクラスなので、私と楯嶋さん、そして拓篤君が挙げないとなると二十七人分。挙げていない人がいない限りはこれで決着が付く。


 内訳は十五対十二。票数が多かったのは、


「では女子の学級委員は、幸宮さんにお願いするという事でいいですね?」

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