Chapter 1-13

 純花すみかと共に向かったのは中庭だった。四角形を描くように併設された中等部と高等部の校舎の間に、立派な芝生と優美な噴水が彩る空間はあった。

 朝のこの時間、中庭まで出てくる人は殆どいないらしく、人気の少ない場所を探した結果、私たちはここに辿り着いていた。


「それで、何の話?」

「部活よ。ベルマークは集まった?」

「うん。あれから拓篤たくま君と聖護しょうご君と一緒に探しに行ったの」


 世間知らずのお坊ちゃま×2の相手は大変だった。説明すると、純花は声を上げて笑う。


「ベルマークも知らなかったものね。どんな小学校にいたのかしら」

「さあ……。私立なのは間違いなさそうだけどね」


 そうね、と頷き、純花は続ける。


「私もあれから、十枚集めに行ったわ。それで、ちゃんと相談したい悩みも書いてきたんだけど……。みんなに言う前に、祈里いのりに聞いてほしいのよ」


 きっとあの事だろう。私は直感でそう確信した。

 だから、真っ直ぐにこちらの目を見る純花の双眸を見返して、頷く。


「うん。いいよ」

「ありがとう。……私ね、もう絵を描きたくない。ううん、描けないの」


 純花は俯き加減でそう告白した。

 私は無言で頷き、続きを促す。

 けれど、そんな二人だけの空間に、一人の闖入者が現れた。


「その話、僕も聞いたらダメかな?」

「聖護君!?」

「ごめんね。登校してきたら、二人がこっちの方に行くのが見えたから、追いかけてきちゃった」


 バツが悪そうにそう言うと、聖護君の表情がピアノを弾く時のような真剣なものに変わった。


「純花ちゃんが何か悩んでるなら、僕だって力になりたいよ。僕ら、同じ部活の仲間だし、それに友達でしょ?」


 昨日の純花の様子に、彼は彼なりに思う所があったのだろう。正直、つかみどころのない子だなと思っていたけれど、こういう所ちゃんと考えてるんだなぁ。

 でも、そういう言葉が出るという事は、今の話を最初からは聞いていなかったようだ。


「……純花。どうするの?」


 私は一応、純花に訊ねる。今は私だけに、と彼女が言うのなら仕方ない。聖護君には部活の時間まで我慢してもらうしかない。


「ううん、いいわよ。少し話すのが早くなっただけだものね」


 純花は一旦言葉を切る。口許を押さえて、頬を赤く染める。


「でも……。ちょっと、恥ずかしい……」


 KAWAII。私が女の子じゃなかったら彼女にしたい。

 っていや、違う。これはそういう同性愛的な描写じゃないんだからね! と、昨日振りのこれがどこかの誰かが書いてる物語説を持ち出しつつノリツッコミしてみる。


 いかん、萌えてる場合じゃない。ちゃんと話を聞かねば。

 意を決して口を開いた純花に、私も真剣に耳を傾ける。


「私、祖父の影響で絵を描いてたの。祖父は私が絵を描くのが嬉しかったみたいで、どんな絵でも喜んでくれたわ。私はそれが楽しくて、いつしか賞も取れるくらいになって……。でも、この間そんな祖父が亡くなったわ。その後、絵筆を持った時に気付いたの。何も描こうと思えない、って。私が絵を描くのは、祖父の喜ぶ姿が見たかっただけだったんだって」


 本当は描きたくない訳じゃない。きっと描こうとすると辛くて、だから描きたくないなんて言ってしまうんだろう。

 絵は、純花とお祖父様との絆だ。でも、お祖父様という絵を描く理由を喪って、純花の中で絵は今までとは違う何かに変わってしまった。純花はその変化を受け入れられないから、描けなくなってしまったんだ。

 何を描いてももう、お祖父様の笑顔は見れないから。


 純花の話を聞いた後、聖護君はこう言った。


「それならさ、今は描かなくてもいいんじゃないかな」

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