Chapter 1-11

 昼食を終えた所で、今日の部活は終了となった。

 お兄様と別れ、私と拓篤たくま君、そして結城ゆうき君の三人はベルマーク集めに奔走する事になった。


 ……の、だけれど。


祈里いのり。あれはなんだ」

「コンビニですわ」

「祈里。あれはなんだ」

「ドラッグストアですわ」

「祈里。ここはなんだ」

「スーパーですわ」


 私は今、拓篤君と結城君を連れてスーパーマーケットの前にやってきた。そっかー、スーパー知らないんだー、なんて遠い目をしながら。

 と言うかこのお坊ちゃま君たち、本当に世間知らずだな!


 ここに来るまで、私は拓篤君の質問責めに遭っていた。きっかけは偶然見かけた駄菓子屋だった。

 前世での記憶とダブらせながら、そう言えばこういう知識はちゃんと前世の記憶としてあるんだ、ってよく考えたらベルマークだってそうじゃんなんて考えている最中、拓篤君と結城君が何の店なのかと話している所につい答えを教えてあげてしまったのだ。


 それから、拓篤君は私がなんでも知ってる物知り博士か何かと勘違いしたのか、とにかく気になった店やら建物がなんなのか訊きまくってきた。もういいやと開き直って、私は拓篤君の質問に答える機械と化しました。まる。

 結城君は、拓篤君が片っ端から訊いてくれるお陰で何も訊く必要がなくなってしまったようだった。私の答えを聞いて、拓篤君と一緒に「へぇー……」とか言ってた。そういう時に押すボタンがあるんだよ。知ってる?


 思いがけず失態を演じてしまった事で、幸宮ゆきみや祈里が庶民派である事が白日の下に晒されてしまった。

 でもまあ、私が知っている方が都合がいいでしょう。このままじゃあベルマーク集めもままならないし。と、自分をなんとか納得させる。


 さて、それではこの筋金入りのお坊ちゃま×2と、中身はバリバリの庶民派お嬢様という奇妙なパーティで、スーパーと言う名のダンジョンに潜り込んでやりましょうかね。

 ちなみに、帰りは迎えを呼ぶ事になっているのだけれど、ベルマーク集めの為に呼んでいない。終わったら呼び出すつもりだけど。思い返せば、今日は登校の時、ベンツに乗って来たんだよなぁ……。そういうセレブ感たっぷりのイベントは、この身体なら大概経験済みなのがちょっぴり勿体なく感じたのはまた別の話。


「これか、ベルマーク」


 と、拓篤君がインスタントラーメンの袋を手にする。

 あの楓翔院ふうしょういん拓篤が、スーパーの買い物カゴを持ちながら袋麺を物色してる図はヤバい。とてもじゃないけど楓翔院の御曹司に憧れを抱く人たちには見せられない。クラスのみんなには内緒だよ!


「ねえねえ、これ面白くない?」


 な・に・が・だ。

 やたらウキウキしている結城君が持って来たのは、日曜朝の特撮ヒーロー系の食玩だった。分かった、分かったからそんなに目ぇキラキラさせんな。かわいいから。もう中学生でしょうが!

 『ねこふんじゃった』といい、もしかしてこの子、面白いかどうかが行動原理か?


 『恋君』でこんなキャラだったけな、なんて考えつつ、私もベルマークを探す。明日までに十枚だもんね。


 そうしてなんとかベルマーク三十個分の商品を買い、三等分ではあるけれど結構な大きさのレジ袋を抱えて、私たちは近くの公園で迎えを待つ事にした。

 桜の花びらが、地面を覆い尽くしそうなくらい散っている。それなりに広い公園だけれど、遊具の類は滑り台とかブランコ、鉄棒くらいのものだ。ジャングルジムとかは危険だからって撤去されたりしちゃったんだろうなぁ、と世の中の流れを感じてしみじみする。


「祈里。今日はありがとう」

「いえ。お役に立てて光栄ですわ」


 ベンチに座る私の隣に拓篤君が腰掛け、そう言ってくれた。私は一度立ち上がって優雅に頭を下げる。と言ってもこの大きなレジ袋が脇にあるとどうもサマにならない気がするけど。


「それだ」

「え?」

「いや、なんと言うかだな……。君と立瀬たつせの会話、聞いてしまった事は謝る。ただ、あの時思ったんだ。あれが本当の君だと。あんな君が素敵だと。だから、俺の前でもああいう風にしていてくれたら嬉しい」


 そっか、そうだよね。聞かれちゃってましたよね。私は思い出して顔が真っ赤になるのを感じた。思わず俯いてしまう。

 直球勝負過ぎるだろ、楓翔院拓篤! まあ、私が言えた義理じゃないんですけどね!


「あ、僕も僕も。祈里ちゃん、僕の事名前で呼んでくれてないもんね」


 そこに結城君が乗っかってくる。はいはい、分かったよ分かりましたよ。


「……人前じゃあちゃんとするんだからね。でないと、幸宮祈里っていうイメージが台無しになっちゃうもん。いい? 拓篤君、聖護しょうご君」


 私の言葉に、拓篤君が吹き出す。


「イメージ……。君がそんな事を気にしていたとはな」

「い、いいじゃない。私にも色々あるんだから」

「だってさ、拓篤。僕らだって色々あるんだから」


 ね、と聖護君が拓篤君に笑い掛ける。


「別にそれが悪いと言っている訳ではない。昔の君は枠に囚われていなかっただけ、とも言えるが、今の君はそういう一面が増えた事で、より本来の君が輝くようになったように思う」


 何故この子はそういう事を真っ正面から言えるんだ。誰かこの顔の火照りを冷ましておくれ!


 そうこうしている内に、それぞれの家の迎えが到着する。私たちは手を振り合って別れたのだけれど、そそくさと車に乗り込んだ私は自分がどんな顔をしているのか分からなかった。車の窓に映るかもしれないけれど、恥ずかしいので見ない。


 楓翔院拓篤、恐ろしい子……!

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