Chapter 1-9

「それでお兄様、ベルマークは私たち部員だけで集めるのでしょうか」

「お、そこ気になっちゃう感じー?」

「……ええ、まあ。この人数では頑張って集めてもあまり大した量にはならないでしょうし」


 なにせたった五人だ。去年も五人だったと言うが、部活として成り立っている以上はそれなりに実績もあるだろう。どうやって集めていたのだろうか。


「そいじゃ、ベルマーク部の真の活動内容を説明しようかね」


 「真の」て。私が胸中でツッコむ間に、お兄様は黒板で図解を始めた。

 内容としてはこうだ。悩み事がある生徒が部室へやってくる。私たち部員はその悩みを解決するなり相談に乗ってあげるなりして、その報酬として依頼者が集めてきたベルマークを寄付してもらう、と。依頼料であるベルマークの量は、相談に乗るだけで十枚。解決ができれば更にプラス十枚。


 要はベルマークを報酬に依頼を受ける、なんでも相談室みたいなものだ。

 依頼は直接持ち込んでもらうか、依頼を書いた手紙を部室の外にある箱に投函してもらう。相談を受ける際のベルマークは先払いで、依頼内容を聞いて引き受けるのが難しそうならベルマークも返却する。解決できた時は後日、追加のベルマークを持ってきてもらう。


「依頼者は悩みを解決できたり、打ち明けられたりして満足なのはもちろん、ベルマークと言うものを知って社会福祉にも貢献でき、ボランティア精神を育む事ができる、と。そういう素晴らしい活動なんですわ、これがな」


 そしてもちろん、一人一枚からの普通の寄付も承っているそうな。

 成程、確かに素晴らしい活動のように思える。

 が、


「なにかね、祈里いのり君」

「……いえ。あの晴一はるいちお兄様がこのような活動をしていたとは、今更ながら信じられなくなってきた所です」


 私はジトーッとお兄様を見つめた。

 桃園ももぞの晴一という男を信用してはならないと幼い頃からインプットされてきている私にとって、お兄様の語る言葉はどうにも綺麗なほど胡散くさくなってくる。


「酷ぇ事言うなお前。……でもまあ、お前の言いたい事も正直分かるし、いきなり信用してくれなんて虫のいい事は言わねぇよ。けど、部員になったからにはちゃんと部活には出てもらうぜ?」

「分かりました。実際の活動を通じて、今のお兄様が昔のお兄様とは違うという所を拝見すればよいのですわね?」

「話が早ぇじゃんか。よし、んじゃあこれでベルマーク部も安泰だし、親睦を深める為に昼メシでも食いに行きますかね!」


 パン、と手を叩くお兄様の提案に、私は黒板の上の時計を仰ぎ見る。既に十三時を過ぎていた。見学に行く時には終わったら帰ってお昼にしようと思っていたが、こんな時間になってしまうとは。

 気付くと面白いもので、急激にお腹が空いてくる。他のみんなも同様だったようで、私たちは先導するお兄様と共に、学食へ向かった。


 学食は流石白凰はくおうと言うべきか、校舎二階に設置された広くて雄大な施設だった。中等部と高等部の校舎を繋ぐような位置にあるそこは、一面がガラス張りになっていて、外の景色を眺めながら食事を摂ったりカフェテリアとして利用する事もできる。

 テーブルや床は木目調で、古風で落ち着きのある空間を演出している。そして窓際には一台のグランドピアノが設置されており、自由に弾く事ができるそうだ。


 いやあ、デジャヴるなぁ。高等部に編入する特待生は、学食の料金免除の待遇を受けられる。なので、『恋君』での昼食時イベントはもっぱらここで行われる。背景でやたら存在感を醸し出していたあのグランドピアノが、今目の前にある。ちょっと感動する。


 さて、それはさておき。注文を終えた私たちは、出てきたメニューの乗ったトレイを手に空いているテーブルへ向かう。

 グランドピアノ近く、窓際の席が空いていたので、ここに五人で座る事にした。それにしても、どこに出しても恥ずかしくないような高級料理がトレイに乗って並んでいる図は、なかなかにシュールだ。


 手を合わせようとした所で、結城ゆうき君がチラチラとピアノを見ているのに気付く。


「弾いてみたいんですの?」

「え? う、うん。ちょっとね」

「いいじゃないか。食事の前に一曲頼む、聖護しょうご

「分かった。いつものでいい?」

「ああ」


 拓篤たくま君の言葉に背中を押され、結城君は立ち上がってピアノへ歩み寄る。

 いつもの、かぁ。結城君のピアノを聴きながら拓篤君がソファに座って紅茶を飲んでいる図、とか思い浮かべて、絵になるなぁなんて妄想する。


 結城君は鍵盤を一つずつ叩く。調律はしっかりできているらしく、素人の耳でもいい音の出るピアノだなと思う。


 調律の確認が終わると、結城君は両手を鍵盤の上に乗せた。顔付きが全然違う。かわいらしい童顔が、一転してかっこよく見える。

 そんな天才ピアニストが満を持して弾いてくれたのは、なんと見事な、








 『ねこふんじゃった』だった。

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