Chapter 1-8

「ベル、マーク……?」

「そ。ベルマークを集めて寄付する部活な」


 お兄様からの説明に、拓篤たくま君と結城ゆうき君がざわざわしている。え、なに、どうしたん。


聖護しょうご、ベルマークとはなんだ」

「ごめん、僕も分かんない」


 なんと。ベルマークを知らないときたかこのお坊ちゃま君たちは。

 でもまあ、庶民とは住んでる世界が違うんだもん。馴染みないよね。って、それなら私も知らない体でいないと不自然か!?


「ま、そりゃそうだよな。ここに入学してくる奴は大抵知らねぇし。いや、でも最近は結構校内での認知度上がってきてたから油断したわ」

「私は知ってます。小学校の時、学校行事として集めましたから」


 純花すみかの発言に、私はこれだ! とばかりに乗っかる。私もです。私もですよ。本当だよ?


祈里いのり、どうしたん? なんでそんな挙動不審なの、お前」

「い、いえ。ただ、お兄様がこのような部活に所属していらしたとは知りませんでしたし、驚いているのですわ」


 ふーん、と興味なさげに相槌を打つお兄様に、私はふと気になった事を訊ねる。


「ところでお兄様、今日は部活動は行われていないのでしょうか。部員の方がいらっしゃらないご様子ですが」

「ああ、それなんだよな問題は」


 と、お兄様はソファから立ち上がり、黒板の前に向かう。チョークを手に取り、書き込む。『議題・ベルマーク部の危機について』


「今、我がベルマーク部には深刻な問題が発生しています。それはなんと、部員不足による廃部の危機です」


 なんと。という事はもしかして……。


「では、今この部活に在籍している部員の方は」

「そ。俺一人だけって事。部として成立するには五人以上の部員と顧問が必要なんだけど、去年の部員が俺以外三年生でさ。だから先輩たちの卒業と同時に、ベルマーク部は廃部の危機に見舞われた訳」


 お兄様はサラサラと現状を図解してくれる。去年まで五人いたベルマーク部の部員は、卒業によってお兄様一人になってしまった。

 そしてこの四月いっぱいで新たな部員を集め、五人以上の部員数を確保できなければ廃部となってしまうのだそうだ。


 ん、待てよ。五人って……。


「でだ。丁度ここにいるメンツで五人な訳なんだけど、これも何かの縁だ! ぜひウチに入部してもらえると助かるんだけどなーああいやタダでとは言わねぇよ! そうだな、一人当たりベルマーク十枚でどうだ!」

「あの、お兄様。まだ部員でもないのにそれを頂いても全く意味がないのですけれど」

「と言うか桃園先輩、俺と聖護はベルマークの事自体まだよく分かっていないので、入れと言われても困るのですが」

「ああ、そっか。悪い悪い。んじゃあベルマークがなんぞやって所から説明しねぇとな」


 お兄様は黒板にベルマークとは何か、という説明を書き始めた。どうやらこの部活、集めたベルマークを学院のPTAに渡して買ってもらった備品を、養護施設に寄贈するのが主な活動内容らしい。

 それを聞く内に、拓篤君と結城君の表情に熱っぽさが生まれる。


「凄いんだね、ベルマークって」

「ああ、こんな活動があったとは。素晴らしい部活ですね、ベルマーク部」


 なんかこう、いたいけな中学一年生の心が弄ばれてる気がするのは気のせいだろうか。ってここに来てからそんなんばっかだな、私。

 ともかく、どうやらお兄様の説明で二人のボランティア精神に火が付いてしまったようだ。入部は確定とみていいだろう。


「純花はどうなさいます?」

「私? 私はそうね、他にやりたい事がある訳でもないし……。入部しようかしら」

「んじゃあこれで四人だな。祈里はどうすんだ?」


 拓篤君と結城君も入部という事で話が纏まったらしく、純花を入れてあと一人。

 正直、お兄様と同じ部活だなんて、どんな目に遭うか想像も付かない。そういう意味ではごめん被りたいのだけれど、かと言って友達が被害に遭うのを黙って見ている訳にもいくまい。

 仕方ない。まあ、活動内容は健全そうなのだし、私の目的である普通の生活を妨げる事にはならないだろう。……お兄様が何かやらかさなければ、だけど。


 ただそれとは別に、一つだけ気になる事がある。


「高等部と中等部では書類上は違う部活の筈ですけれど、合わせて五人で大丈夫なのですか?」

「ま、ごもっともだけどな。俺たちからすりゃ、高等部に進学してから同じ部活への入部届を書き直すくらいしか特にそれを感じる事もない訳よ。学校側も似たような認識なのか、高等部と中等部合わせて部員数五人がいればオッケーって事にしてくれてんのさ」


 ま、そうだよね。でないと、去年高等部の生徒しか部員のいなかった中等部のベルマーク部なんて、既に存在していない事になってしまう。


「成程、分かりました。では、私も入部させて頂きます」

「おっし、サンキュー祈里。愛してるぜ」


 不覚にも私の心がドキンと跳ね上がってしまう。なんでそういう事を軽々しく口にするかなこの人は! 冗談だと分かっていても心臓に悪い!


「んじゃ、入部届に名前を書いてもらったら、ご褒美のベルマーク十枚進呈だ」


 そんな私の心の内など気にした風もなく、お兄様はポケットから、四人分の入部届と透明のビニールに入ったベルマークを取り出した。準備済みかい!


 心の中でツッコみつつ、もらった用紙に名前を書いてお兄様に渡すと、報酬であるベルマーク十枚を手渡される。

 一応、記念すべき瞬間である。私たちは顔を見合わせて、入部して初めての活動を共にした。

 いっせーの、でベルマークを箱に入れる。


「入部おめでとう。歓迎するぜ、かわいい後輩たち」


 ほんのささやかながら生まれた達成感。これが味わえるなら、ベルマーク部も悪くないかもと思うのであった。

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