Chapter 1-7
「さー、どうぞ入って入ってー!」
私を呼んだ、高等部のブレザーを着た男子生徒がドアを開け、私たちは彼が待っていた部室へと足を踏み入れた。
中央に置かれた長テーブルと窓際のソファ以外は、他の教室にもある黒板であったり時計であったりという備え付けの設備だけという質素な内装である。質素だけれど設備の高級感はやはりここが白凰だからか。
ただ、長テーブルの中央に置かれた、てっぺんに丸い穴の開いた四角い箱だけがやたら存在感を放っている。
男子生徒は私たちを迎え入れると、窓際まで戻ってソファに腰掛けた。
長テーブルを挟んで向かい合う形になった彼に、私はスカートの裾を摘まみながら頭を下げる。
「お邪魔致しますわ。それにしてもお久し振りですわね、お兄様」
「そんな事言って、ホントは忘れてたんだろー? じゃなきゃ、入学したらまず俺んとこ挨拶に来るもんな」
「いえ、そんな事は……」
ないのだけれど、挨拶したくないのは確かなので言葉を
正直、会いたくなかった相手である。でもまあ、学び舎が違うとは言え同じ学校に通うのだから、これから二年間会わずに終われる可能性は低かったのだし、仕方がないと割り切るしかない。
……それが入学初日に出くわす事になるとは思っていなかったけど!
「ご紹介致しますわ。こちら、私の不肖の従兄になります。
「いやいや、どうもどうも。ってどっちが不肖だどっちが! そっちこそ不肖の従妹だろ!」
「あら、
「んー、どこの誰の事だろうなぁ、変な奴もいるもんだなぁ」
「私の! 目の前に! いらっしゃるでは! ありませんか!!」
私はお兄様へズンズン歩み寄りながら声を荒げる。あの時はそりゃあもう大変だったんだから。父の妹夫婦がカンカンで、宥めるのに苦労した事。まあ、今の私はそれを覚えているだけに過ぎないんだけど。
それから丸四年間会っていなかったけれど、顔を見た瞬間にお兄様だと分かった。
改めてご紹介しよう。私の従兄・桃園晴一。白凰学院高等部に通う、二年生だ。従兄だけれど幼い頃から兄妹同然に育てられて来たので、私はお兄様と呼んでいる。ちなみに『恋君』には名前すら登場しない人物である。
さてこの不届きも――ああいや、私の最愛のお兄様、見た目は身長高め、ちょっと釣り目がちだけど整った顔立ちの爽やかイケメン――なんだけれど、中身がとんでもないドラ息子なのだ。
小さい頃からそれはもうやんちゃで、毎日泥まみれで帰ってくるわ、ケンカはするわ、社交場には出ないわ、というかそもそも礼儀作法をまるで覚えようともしないわ、そのくせ頭だけはいいわ、挙句の果てに白凰に入学した瞬間に荷物を
私は正直この人が苦手だ。
ま、ベクトルは違うけれど同じくやんちゃだった幸宮祈里が言えた事じゃないかもしれないけど。血は争えないってやつ?
「まあまあまあまあ、悪かったって。ずっと離れ離れになってて悪かったよ。ほら、前みたいにお兄ちゃんに甘えてごらーん」
「私がいつお兄様に甘えましたか、もう! ほら、お友達を紹介致しますから、黙っていてくださいまし!」
「友達、だと……!?」
と、お兄様は目を見開いて驚愕し、純花たちを順々に見渡していった。
「君ら、よく祈里の友達になってくれたね……。脅された? 相談ならのるぜ?」
「何を言っとるんだあんたは!」
私がツッコむと、場がシーンと静まり返ってしまった。いや、さっきから私とお兄様しか喋ってなかったけどさ。
しまった。
つい考えてた通りの言葉が口から出てしまった。いや、早く素の私でいられるようになりたいとは思ってたけど、こんな形じゃなくてですね。
ヤバい。これはあれか、口許に手を当てて「おほほほ……」とかやってごまかす場面か。
などと考えていると、お兄様が声を上げて笑い出した。
「何を言っとるんだって、あはははは! いいツッコミできるようになったじゃん祈里! はははっ!」
「お、お兄様っ!」
「はいはい、悪い悪い。四年も会わない内に面白い子になったな祈里は。お兄ちゃんは嬉しいぞ、うん。それで、お友達の紹介はしてくれねぇの?」
「し、しますわよっ! えっと、こちらから
「よろしくお願いします」
「うーい、よろしく」
私が紹介すると、三人はお兄様に向けて頭を下げた。対してお兄様は軽く手を上げて笑みを返す。
……なんとなく、この人と拓篤君を近付けると没落ルートまっしぐらな気がしてくるのは気のせいだろうか。
「それで、桃園先輩。ここは一体どういう部活なんでしょうか」
「あれ、分かんない?」
拓篤君の質問に、お兄様は目を瞬かせる。
そう言えば、ドアのプレートになんとか部って書いてあったっけ。えっと……。
おそらく、答えはテーブルの上の箱。失礼します、と私は箱を手に取り、中に何が入っているのか確かめてみる。
「これは……」
中から出てきたのは、ベルが描かれた小さい紙切れである。
それを見て悟った私に、お兄様が答え合わせをしてくれる。
「ここはね、ベルマーク部でっす」
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