Chapter 1-2
さて、県下随一のお坊ちゃま・お嬢様学校である私立
入学式が終わり、私はクラスメイトたちと共に、今日から一緒に学ぶ教室へと戻る最中だった。本当になんの前触れもなく前世を思い出し、この世界が乙女ゲームの世界である事を悟ったのだ。
何もこんな逃げ道の塞がった状況で思い出さなくてもいいでしょうに、とは思う。せめて中学受験の前とかなら、受験する学校を変えるなり公立の学校に行くなりして、普通の人生を謳歌できたかもしれない。
けれどまあ、没落回避がダルいと言い切った私である。仮にもっと幼い時分から思い出していたとしても、親の意向でここへ来る事になっただろうし、それを回避しようなんてしなかっただろうけど。
それに、ゲームの本編が始まるのは高等部へ進学してからの事だ。何をするにも時間は充分にあると思う。
「どうかしたの?」
「いえ。なんでもありませんわ」
と、内心でぶつくさ嘆いていた私に、見覚えのある女の子が訊ねてきた。見覚えとは『恋君』の話だ。今生では初対面である。
それはそうと、私は今の今まで培ってきた幸宮祈里としての人格を以って、実にいいとこのお嬢様らしく返事をする。
前世の私と幸宮祈里の人格はかなり都合のいい感じに融和してくれたようで、思考回路はまるきり前世の私らしくなりはしたものの、これまでの幸宮祈里として振る舞う事は造作もなかった。造作もないが、心情としては早く素が出したくて堪らない。
そんな私の心の内など知らぬ彼女は、体調が悪いのかもしれないと思ったのだろう。こう続ける。
「具合が悪かったらちゃんと言った方がいいわよ?」
「ありがとうございます。えっと……」
「私は
「幸宮祈里です。よろしくお願い申し上げますわ、立瀬様」
やはりか。私は思っていた通りの人物だった事に内心で頷く。立瀬純花は『恋君』に登場するキャラクターの一人で、主人公の親友となる人物だ。中性的な美少女で、ショートヘアがよく似合っている。
『恋君』は主人公が高等部へ特待生として編入する所から始まり、一般人である彼女は、選民意識の高いお嬢様方――それも私、幸宮祈里を筆頭とした――からやっかまれながらも理想の王子様たちとの恋物語を繰り広げる、というこれまたテンプレなゲームなのだが、そんなお嬢様たちの中でも立瀬純花は特殊な立ち位置の人物だ。
彼女は結構サバサバした性格で面倒見がいい。その上、自分がお嬢様と言う気質ではないと思っており、自分の立場や周囲の意識の高さに居心地の悪さを感じている。それ故か主人公を含めた一般人に対しても好意的であり、特に主人公とは親友と呼べる間柄になる。
ところが、攻略対象となるキャラクターの中に、彼女が好きな相手がいる。彼のシナリオでは、他のシナリオでお助けキャラの位置にいる立瀬純花が、なんとライバルキャラとして君臨してしまうのだ。
普段の彼女らしからぬ陰湿さで主人公の邪魔をする姿には、最早恐怖しか覚えなかった。ゲームながら女って怖いわって思ったもん。いや、私も女なんだけどさ。
シナリオを思い返して、あれだけは二度と見たくないなぁと思うのだけれど、回避できるかと言われると、私が没落を回避する以上に難しいんじゃないかな。だって、ゲームじゃ幸宮祈里と立瀬純花って主人公を挟んで対立してたじゃん。
それがこんな所で邂逅を果たすなんて。この二人、中一の時は同じクラスだったんだ。へー、ふーん。
……おっと、いけない。自分の事なのに他人事みたいに野次馬根性を発揮しかけてしまった。
まあ、なるようにしかならないだろうけど、気を付けておいた方がいいかな。
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