Chapter 3-2

「元に戻れないって……………………なんで?」


 アズサの気の抜けた声に、コタローとみっちょんはソファから滑り落ちそうになった。


「ふふっ、あなたかわいくて面白いわね。お嬢さん、お名前は?」

「あっ、そいえば言ってなかったっけ。柏崎梓でーす」

「そっちのMr.マッチョは?」

「マッ……んんっ! 自分は立田光義と言います」

「……あ、影ノ内――」

「コタローね」


 知ってるわ、とマリーはくすくす笑う。コタローはなんとなく顔を背けた。


「それで、元に戻れないってどういうことなんですかー?」

「そうね。それじゃあ、少しだけ説明してあげようかしら」


 マリーは立ち上がる。指を鳴らし、机の前に出る。そして縁に腰を預けると、それと同時に彼女の手元にカップが飛んでくる。


「あなたたちにはこれが手品に見えるかしら? この世界にはね、魔法のような力が確かに存在するの。私たちはこれを『スキル』と呼んでいるわ。この『スキル』を使えるようになる素質を持つのは、ごく一部の人間だけ。私や彼のような、ね」


 マリーはコタローを見据えてそう言った。コタローはなにがなんだかわからない、という顔をしてみせる。


「そんな、あなたたちには想像もつかない力が飛び交う、裏の世界が存在する。その世界のことを知るだけで、あなたたちの日常は一変するでしょう。二度と元通り、何も知らないフリをして生活することなんてできなくなる。なぜなら――」


 マリーはそれまで浮かべていた笑みを消した。


「――知っただけで、命を狙われることになるから」


 そうだ。この世界には知らなくてもいいこと――いや、知ってはいけないことが確かに存在する。それを知ったが最後、知る前の状態には二度と戻れない。

 なるほど、確かにその通りだ。知っているというのはアドバンテージであり、呪いのようなもの。実感とともに受け入れざるを得ない。


「教えてあげられるのはここまで。ここから先はあなたたちの選択次第。どちらにせよ、ここで話したことは内緒にしておいたほうがいいわね。さあ、どうする?」


 この人は裏の世界の人間なんだと、はっきり理解できた。選択肢は与えているが、そこには優しさなど微塵もなかったからだ。彼らのためを思うなら、なにがなんでも突き放すべきであり、選択肢などハナから存在しない。


「……それって、コタローくんはそういう世界を知ってるってことですよね」

「Great。よく気付いたわね。答えは本人の口から聞かせてほしいわね、Mr.?」

「……まあ、そうですね」


 そして気付く。自分もそういう優しさは持ち合わせていないことに。


「なら、あたしは残ります。だって、コタローくんだけ別世界のヒトにはできないよ」

「俺も残ろう。一度罪を犯したこの身が、少しでも役に立つなら、同じ道を歩みたい」


 だからコタローは、二人の選択を否定することはなかった。


「OK。いい目をした友達を持ったわね、Mr.コタロー。それじゃあお話を始めましょうか。単刀直入にお願いしたいのだけれど、私の仕事を手伝う気はない?」

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