Chapter 1-3

 立田との遭遇というプチトラブルもあったが、コタローとアズサは目的の喫茶店に辿り着いた。


 レンガ調の、クラシカルな雰囲気が漂う店構え。住宅街の中にひっそりと佇むその姿には、隠れ家的な雰囲気があった。

 『カフェ・トレンディ』。看板に記されたそれが、この店の名を示していた。


 『トレンディ』のドアを開け、アズサから先に中に入る。


「マスター、こんにちはー!」

「やあ、アズサちゃん。いらっしゃい。後ろの彼は彼氏かい?」


 カウンター内にいたのは、立派な口ひげを生やしたスキンヘッドの男性だった。彼がこの店の店長――マスターなのだろう。


 マスターの言葉を、アズサは顔を赤くして否定する。


「ち、違うし! もー! マスターまでそんなこと言うのー!?」

「ははは、ごめんごめん。いつものでいいかい?」

「うん! コタローくんには今日のおすすめで!」

「了解。コーヒーだけど、いいかい?」


 マスターはコタローを見た。


「あ、はい……。大丈夫です」


 注文すると、アズサはテーブル席に向かう。コタローはそろりそろりとそのあとに付いていった。


 そう広くはない店舗だ。カウンター席が六つ、テーブル席が三つ。内装も、外観のイメージを損なわないレンガ調でまとめられており、落ち着いた雰囲気を演出している。

 コタローとアズサの他には、客の姿はない。確かに、ここならゆっくりと話ができそうだ。


 二人が席に着いてからしばらくして、マスターが飲み物を持ってくる。

 アズサの前にはカフェオレが、コタローの前にはカプチーノが置かれた。


「それじゃあ、ごゆっくり」

「ありがと、マスター! ちょっとうるさくしちゃうかもだけど、大丈夫?」

「ま、他にお客さんが来るまではね」

「はーい!」


 マスターがカウンターに戻っていき、アズサは鞄からスマホを出す。その間にコタローはコーヒーに口を付けた。すると、コタローの口内に衝撃が走る。

 う、美味い……!! 泡立った牛乳の奥から、濃厚で深みのある苦みがやってくる。コタローはマスターを振り返った。彼は微笑みながら親指を立てる。コタローも親指を立てて返した。


「どしたの?」

「あっ……。ううん、なんでもないよ」


 コタローはカップを置いた。


「ところで……。あのみっちょんって人は……」

「えっ? あー、みっちょんはねー、中学校から一緒だったんだー。っていっても、そんなに関わりなかったと思うんだけど、最近告られてさー」

「えっ……。そうなの?」

「うん。けど断ったよ? 別に付き合っても面白そうじゃなかったし。それからなんだよねー、なんか、お前を絶対俺のものにしてみせる! って言い出して毎日会いに来んの」

「へ、へー……」


 そう言えば先程の捨て台詞でもそんなことを言っていたような。


「あたしのこと好きなのは嬉しいけどさー、もの扱いされるのはちょっと違うっていうかー……。って、こんな話コタローくんにしても困っちゃうよね! ごめんね!」

「う、ううん。聞いたのはこっちだし……」


 それからは『はくがく』やほかのアニメの話をして過ごした。


 その内に日も暮れてきたので、今日はここでお開きということになった。


「それじゃ、また明日ね、コタローくん!」

「う、うん。また明日……」


 喫茶店を出て、アズサと別れる。


 彼女の後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、コタローも踵を返した。



 ――次の日、アズサは登校してこなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る