第16話「揺れ動く感情の狭間で part1」

ジャンヌの名前を聞き、なぜか懐かしい思いがしたヤマトだったが、それでも鬼に対する復讐心が消えることはなかった。しかし、偶然にも予想外の出来事が起き、一時的にだったが鬼への復讐心が弱まったヤマトは、翌朝、冷静にこれからのことを考えるのであった。

(これからどうすっかな… この体じゃ何もできねーよな…)

「なあ、俺の傷ってどのぐらいで完治するんだ…?」

傍にいるジャンヌに尋ねるヤマト。

「個人差はあるけど、最低でも全治3週間はかかると思う…」

「そっか…」

予想よりも長い時間拘束されることに少し動揺したが、ヤマトは冷静にこれからのことを考えた。

(3週間… とりあえず、コイツにこの世界のことを教えてもらうか… 復讐はそれからだ…)

そんなことを考えているヤマトに、ジャンヌが少し恥ずかしそうにこう尋ねる。

「あ、あのね…! 私… あなたの世界のことが知りたいの…!」

ヤマトはその要求にどこまで答えるかの判断で迷っていたが、虚勢を張ることで威嚇するという選択をした。

(どうする…?守護警察の情報をこいつに教えるわけにはいかねーし… そうだ!ハッタリかましてビビらせればいいんだ! どうせこいつは戦場には行かねーんだし丁度いいや…! 人間の怖さを教えてやるよ…!)

「…ああ、別にいいけど」

「本当!?ありがとう!」

一期にジャンヌの表情が明るくなる。無邪気な子供のように喜ぶその姿に、ヤマトは調子を崩されていた。

(いや、いくらなんでも喜びすぎだろ…!  知ってどうするんだよ…! どうせお前は人間の世界で戦ったりしないんだろ…!? てゆうかお前もテメェらが俺たちの世界を侵略してんの知ってんだろ…! なのになんで人間と話しててこんなに喜べるんだよ…!)

「ねぇ!人間の世界はどんな感じなの…!? あと、どんな人がいるの…!? あ、それと…ヤマトはどんな生活をしてたの…!?」

「落ち着けよ…」

「ご、ごめん… 私ってばつい興奮しちゃって…」

無邪気な子供のように、興奮気味でヤマトに詰め寄るジャンヌに対して、ヤマトが冷静になるよう促す。

「気にしなくていいよ… 人間の世界は…」

そう言ってヤマトは人間の世界のことを思い出すが、目に浮かんできたのは壊れた建物、緊張の走る戦場、死んでいった仲間たちの姿だった。

鬼に対する怒りが込み上げてきたが、ヤマトは何とかこらえてジャンヌに嘘をつく。

「人間の世界は… まあ、大変なこともあるけど、結構いい場所だよ…!」

ヤマトのぎこちない笑顔を見たジャンヌの表情が曇る。

「そうなんだ…!教えてくれてありがとう…! お礼と言っては何だけど… 私たちの世界のことを教えてあげるね…!」

そして、話題を変えるためか、自分の話をするジャンヌ。

(まずい… さすがに怪しすぎたか…? 俺が軍人で、鬼を殺してったってことがバレたらここにいられなくなる…!)

「な、なあジャンヌ… 俺の世界のことはもういいのか…?」

恐る恐る聞くヤマト。

「うん… 本当はもっと知りたかったけど、今はやめておくことにしたの。まだ知り合って短いし、話したくないこともあるだろうから… そのかわり… 仲良くなったら教えてね…?」

ヤマトは自分のせいで怪しまれたかと思い焦るが、ジャンヌの様子から、人間のことは何も知らない箱入り娘だと思うことにする。

「ごめん… ありがとうジャンヌ」

(あ、危なかった… これから3週間、一瞬たりとも気は抜けないな…)


それから、ヤマトとジャンヌは3週間の間、お互いのことを教えあい、少しずつ馴染んでいったかのように思えた。


「なあ、なんでジャンヌ達には角が生えてるんだ…?」

「わからない… 生まれた時から生えてたの。逆に何で人間には角が生えてないの?」

「さあ… あったら帽子被れないからとか?」

「帽子って何?」


「なあ、なんでいつも同じ服着てるんだ…?」

「これしかないの… わたし、両親が小さいころに亡くなって、近所の神主さんに養子にしてもらったから、いつもこの服を着て過ごしているの」

「ふーん」

(欲とかあんまりないのかな… まあ、俺が言うのも何だけど…)

「俺と同じだな」

「ヤマトのご両親も小さいころに…?」

「ああ、俺は孤児院で育った」

「そうなんだ… でももう一人じゃないよ」

「な、なんだよ急に…」

「私ちょっと嬉しかったの… ヤマトが自分のこと話してくれて…」

「別に普通だろ…」

「うん、そうだね」

「なんでちょっとニヤニヤしてんだよ」


「仮面をかぶった鬼たちは何の集団なんだ?」

「あの人たちは『守り人』 この町の治安を守っている集団なの。普段は猛獣がこの町に近づかないように見回ったりしてるだけなんだけど、最近、ヤマトたちと交戦してから、人間に門がバレたかもって言って見回りを強化しているの。だから、絶対に1人で町に降りちゃだめだよ?」

「え?」

(こいつ今なんて言った…?俺が軍人で、鬼と戦闘したこと知ってたのか…?知ってて看病してたのか…?)

「どうしても行きたいなら、フードを被って私と一緒に行ってね?」

「あ、ああ… ありがとう… そうするよ…」

(だめだ… コイツのことがわからねぇ…! マジでコイツ… 何なんだ…!?)


ヤマトの傷がほぼ完治した日の夜、ジャンヌが快気祝いに町に出ようと言い出す。

「ねぇヤマト?傷の調子はどう?」

「だいぶ良くなったよ。ほとんど違和感ないし。」

「そっか、よかった! それなら、明日の朝、快気祝いとして町に行ってみない?」

ジャンヌの提案に動揺するヤマト。しかし、自らが望んでいたことでもあったので、快く受け入れる。

「いいな…! それ!」


ジャンヌが家に帰った後ヤマトは一人、これからのことに思いふける。

(これからどうしようかな… 正直… ジャンヌとの生活で鬼に対する憎しみが弱まりつつある… 俺はそれがすごく怖い… 俺は人間で、ここは鬼の世界。俺の居場所じゃないのに、体が慣れていってるような気がして本当に怖い… 何より、ジャンヌと話しているとその事実にすら気が付かないのが恐ろしい… 思い出せ俺…!俺の親も仲間も居場所も全部鬼に奪われただろ…! ようやくここまで来たんだ…! つまらない感情で目的を見失うな…! 鬼を、『殺せ』!)


消えかけていた復讐の炎に、ヤマトは再び火を灯す。

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