第14話 釘バット

 *** 鈴木邸 ***


 俺たちは急いで鈴木の家に向かった。

 鈴木の家は公園の前にある大きく立派な青いものである。


 その家の前にはおそらく羽岡竜一らしい人物とその仲間たち二人が一人一本野球バットに釘をうったものを片手に持ってたむろしていた。


「ピンポンピンポーン。羽岡でぇ~す。すっずきく~ん、あっそびましょ↑↑↑」

 羽岡は鈴木家のチャイムを連打し、玄関モニターのカメラを覗き込んでいた。


 鈴木敦子がインターホンに出た。

「うちの息子は怪我をしてるので出られません。それに貴方達みたいな不良品とは遊びません。帰らないと警察を呼びますよ。」

「え~、いいですよ。別に。そしたらボク、鈴木君が飲酒喫煙している画像もってるんですよぉ、ネットにバラまきますよ実名住所付きで」


「!!??」

 鈴木母はインターホン越しにも顔が引きつっているのが容易に推測できた。


「そ、そんなの歩にタバコと酒を買い与えた人が悪いのよ。うちの息子は悪くない!!」

「万引き動画もあるんですよ。お宅のお子さんが仲間とチャレンジしてるやつ」

「ま、万引き何て子供の遊びでしょ。たしか現行犯じゃなきゃ捕まらなかったはずよ!!! 歩を悪者に仕立て上げようとしないで!!」


「じゃぁネットに流すんで、見た人にそういえばいいんじゃないかな?? 息子ちゃんはわるくありませぇ~ん、て。それで通ると思ってるんでしょぉ? だったら、やってみよう!」


「……一体何が目的なんですか?? お金ですか?? あさましい」


「鈴木君のお母さんがぁー! 歩君がしたいじめ加害の謝罪を申し込んだ僕の事を非難しますー!!」

 羽岡は大声で公園中に聞こえるように叫んだ。

 公園には家族連れや学校帰りの学生たちが立ち寄っていた。

 それはインターフォンを通さなくても鈴木母に聞こえるほどの大きさだった。


「やめてちょうだい!! 歩は出せませんが私が相手します。」

 プツッっとインターフォンが切れる音がした。



「りゅういちぃ~!! やっほ~」杏奈が手を振り羽岡に走り寄った。


「おう、杏奈! やっほ~」

 羽岡は杏奈に振り向き子供を相手にするように小さく手を振って見せた。


 羽岡は杏奈に話しかけた。

「今日は団体さんだな」

「うん。皆、部活の仲間でダチンコだよぉ」

「そうか! ダチンコが出来てよかったな」

「うん!!」


「お前が啓太郎?」

「いいえ、俺は葛間創太といいます。杏奈と同じ部員です。啓太郎は自宅謹慎中です。」


「あぁ! お前が創太か。鈴木相手に掴みかかって鼻血ブーで済んでよかったな!!」

「――ッ」(杏奈め、余計なことまで話したな)

 恥ずかしさから杏奈を恨めしく思った。


 ガチャっと玄関の扉が開いた。

 不機嫌そうな顔をした鈴木母が現れた。


「あら、貴方。さっきの駐車場の子じゃない。貴方がこの件の首謀者なの??」

「単刀直入に言いまーす!! 啓太郎にあやまってくださ~い」

 俺が答える前に羽岡が勢いよく言った。


「謝ってほしいのはこっちの方なのによくもぬけぬけと。さぁ、金ならあげるからその動画を削除して頂戴。」

 鈴木母はお札の入った封筒を無造作に地面に叩きつけた。



「心の腐ったババァだな」先ほどまでとは一転、羽岡が凄みだした。


「なによ。お金が目的でなのでしょう。さぁ速く動画を消しなさい」


 とっさに俺は割って入った。

「待ってください。取引をしましょう。御金は要らない。

 二度と俺たちに関わらない、啓太郎の親との取引も続けるのを条件に動画を消しましょう」


「あ、お前何勝手なこと言ってんの? 俺の所有物だぞ」

「りゅういちぃ~。お願いだよぉ。今回は創太に任せて」


「そんな脅しには屈しません。さっさとスマホを差し出しなさい。今なら土下座をすれば見逃してあげるわ」


「保護者が出しゃばるなよ、息子を出せ。自分のしたことの尻拭いを親に丸投げなんて卑怯だぞ」

 羽岡がなおも噛みつく。


「卑怯なんてとんでもない。息子はナイフで切り付けられたんです。未成年がされた事は保護者が出てくるのが常識でしょ。」


「鈴木のお母さん、交渉に乗って頂けないのであれば、この動画をもって警察に行きます。万引きは証拠が有れば現行犯でなくても逮捕されるんですよ」

 俺は説得しようと話を持ち掛けた。


「何ですって!!?」


「逮捕なんかじゃなまぬるいだろ! 社会的に殺すんだよ!!いや、肉体的に殺す!!」

 羽岡が犬歯をむきだしにした。


「まってくれ俺らの目的は鈴木の社会的抹殺じゃない!!」

 俺は羽岡を制止した。



 話が押し問答で進まない事にいら立ったのか鈴木母が実力行使に出た。


「ええい、ちんたらしてないで、スマホを渡しなさい!!」

 鈴木母は門から出て来て羽岡に掴みかかった。


「ほれ」

 羽岡は仲間にスマホを投げて渡した。

 鈴木母は仲間の方に目標を変え掴みかかろうとした。

 然し、すんでのところでまた別の仲間にスマホは投げ渡されてしまう。

「いい加減に渡しなさい!!」


 またしても目標を変えて鈴木母は掴みかかろうとするが今度は杏奈にスマホが投げ渡される。

「あわわゎわ~」

「渡しなさい!!」ものすごい形相で杏奈に掴みかかるが

「ほい、湊ちゃんうけとってなのぉ~」と言って湊にスマホが渡る。


「え、え。どうしたら?」そうこうしているうちに鈴木母が迫ってくる。

「創太、パス!!!」


「え、俺???」

「わたせぇえええ!!!!」

 鈴木母の形相にびっくりしてしまい俺は流れで一禾にスマホを投げた。


「キャッ」一禾は突然の事に目をつぶってしまったがスマホを無事キャッチした。

 しかし、そんな一瞬できた隙をついて鈴木母は殴りかかるようにしてスマホを一禾から奪い取った。

 その衝撃で一禾は付き飛ばされてしまう。


 鈴木母は門の角にスマホの画面を叩きつけて破壊し、地面に叩きつけた。

「ふぅっ」

「あぁ、俺のスマホが……。何するんだこのアマ!!」


 鈴木母は門の中へ入った。

「ここから先、侵入したら不法侵入罪だから。――フフン」


「そんなの関係ねぇ!! ぶっ殺してヤル!!」

「やめろ羽岡!! 鈴木さん、スマホを壊した事を警察に突き出しますよ。」


「あぁ、怖い怖い。そんなことしたら吉井さんのお父さまとの契約を終了させますよ。」

「そんな!!」

 痛い所を衝かれたと思った。


「大人を舐めたらいけません。人には身分と言うものがるのですよ。身分不相応な要求は破滅を生むだけです。ただのガキに私たちを屈服させられるわけがないのよ」


 すると後ろから声がした。


「一禾大丈夫!!?」

「血が出てるよぉ~」

 一禾は顔を鈴木母の爪で引っ掻かれ、膝はアスファルトですりむいていた。

 湊と杏奈が手を貸すとゆっくりと一禾は立ち上がった。


 一禾が手の甲で頬をぬぐうと血が頬全体に広がった。

 自身の手の甲の血を見た一禾がおもむろに口を開いた。

「あぁ、思い出した。従業員200人以上って言うからどんな立派な中小企業なのかと思えば、登録者数200人越えの従業員10名程度の小さな派遣会社じゃない」


「な、なんですって!!?」

「お久しぶりです、鈴木敦子さん。今日は悪趣味なドレスじゃないからわからなかったわ。以前祖父の主催するパーティーでお会いいたしましたね。」


「祖父? 誰?」

「ご挨拶した事忘れてしまいましたか? 桐生グループ会長の桐生桃寿丸きりゅうとうじゅまるの孫娘、仁井野一禾でございます。」


「桐生グループってあの大企業の?」俺でも知ってる名前だった。


「桐生桃寿丸ですって!!???――あぁ!! あの時の……お嬢さま???」


「はい、我がグループの経営する多数の工場や事務所にスタッフを派遣していただいていますよね。パーティーでは鈴木歩君がお越しになられていなかったので、鈴木と聞いても同じ学校の生徒のご両親だとは気が付きませんでした。失礼しました」


 鈴木母はわなわなと震えだした。


「未成年がされた事は保護者が出てくるのが常識とのことでしたので、事の顛末を私の保護者である祖父に全てお話させていただきます。今後、お宅との付き合いがどうなるかは祖父次第です。」


「そ、そんなの卑怯よ! 権力のある者にチクるなんてどうかしているわ」

「卑怯は今まで権力を振りかざしていた貴方にこそ相応しい言葉だわ」

 一禾はそっけなくしかし力強く言った。


「うちの弁護士団体は強いわよ。並の弁護じゃ相手にならないわ。どうする?」

 鈴木母は膝から崩れ落ちてしまった。


 ウーウーとそこに警察の車がやってきた。

 釘バットをもって騒いでいる者達が居ると誰かが通報したようだった。

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