第13話 ライン

 *** 駐車場 ***


「まったく、被害者はうちの子だっていうのにここの教員どもったら、歩にも責任があるなんて言って、非常識極まりないわ」

 車の運転席に母親が座った。

「――フフン♪」

 助手席には鈴木歩が鼻で笑って足を組んでいた。

 手には包帯を巻いている。

 弁護士は後部座席で静かに鎮座している。


 丁度鈴木たちの乗る車が発進した直後だった。

 俺は鈴木と鈴木母の乗るベンツの前に飛び出した。


 鈴木母は急ブレーキを踏んだ。


「ちょっと、貴方!! 危ないじゃないの!」

 鈴木母が窓から顔を出した。


「鈴木のお母さん! 同好会をするなら警察に行くなんて言わないで、会の設立を認めてください。吉井君と一緒に部活動がしたいんです!」

 俺は深々と鈴木の母親に頭を下げた。


「あなたも文芸部の人間なの? ほんと文字書きは非常識で自己中で根暗で陰気で参っちゃうわ。あのね、吉井君がやったことは犯罪なの。それを交渉ですませてあげようっていう大人の気回しが子供には解らないのかしらね。」


 俺は言ってやった。

「犯罪ならお互い様でしょう。鈴木が啓太郎にしてきたことは器物破損と傷害にあたります。こちらも出るとこ出ますよ。」

 葉っぱをかけてやった。

 少しは効果があるだろう、そう睨んでいた。


「それなら、その吉井君の両親とはとっくに話が付いているのよ。燃やした制服は弁償したし、破いた教科書やノートだって新品にしてあげたわ。体育マットに簀巻きにしてサンドバックにした事だって男子はよくやる遊びじゃない。それでいいって吉井君のご両親も納得しているのよ。気弱な息子を鍛えてくれてありがとうとございますとまで言われてるのよ。」

 俺はぎょっとした。


「吉井君のお父さんはね保険会社勤務で主人の会社が取引先なのよ。窓際社員なのにうちと取引しているから首の皮がつながっているの。親子そろって感謝してほしいくらいだわ」


 鈴木が吉井にやたらと強気な理由がわかった。

 親同士の上下関係を見て、大ごとにならないと悟ったからだろう。

 そして先生たちが鈴木に強気に出られなかった理由もわかった。

 吉井家の収入源を考えての事だろう。


 俺は大人の社会の世知辛さに苦虫を噛み潰したような感覚だった。


「さ、どきなさい。どかないとひいちゃうわよ」


 俺はすごすごと引き下がる事になった――。




 *** 玄関口 ***



「どうだった?」

 啓太郎に付き添われるようにして湊が杖を突きながらできるかぎりの早足で寄ってきた。

「無駄だったよ」


「そっか……」湊は意気消沈した様子だった。


「あの息子にあの母親って感じだった」

 俺は自分が情けなかった。

 何かできると思っていたが、何もできなかった。


「何か手はないかしら――啓太郎が警察に被害届を出されずに同好会を設立する方法」


 啓太郎は思い詰めたように発言した。

「ボク、部の活動を辞退するヨ」

「なんだって??」


「鈴木の母さんもボクが居なければ無理に同好会の活動を制限するようなことはしないと思うんだヨ」

「そういうなよ。もう俺たち一蓮托生だよ。それに、俺はこの5人でやりたい」

「そうだよ。せっかく仲良くなったのだからこのメンバーで部活やろうよ」


「皆――」啓太郎の目から大粒の涙が零れそうになり、啓太郎はそれをジャージの袖で拭った。


「抵抗しましょう。校長先生を説得させて部を立ち上げて貰えて、なおかつ鈴木君の母親も黙らせられる方法を考えましょう」

 湊が言った。


「そうだな。じゃあ、まずは情報を集めよう。正攻法とはいいがたいかもしれないが鈴木たちの弱みを握ればどうにかなるかもしれない」

「そうね、それじゃあ私は鈴木君の幼馴染の子たちから鈴木君の家庭の内情を探ってみるわ」

「じゃぁ俺は鈴木の校外の素行について調べてみるよ」


「ありがとう皆。でも、ボクは明日から自宅謹慎で反省文を作成しないといけないんダ」


「あぁ、下調べは俺たちに任せてくれ」

「杏奈と一禾にも協力してもらうから、大船に乗ったつもりでいてね」


「皆、本当にありがとう」



 *** 放課後 図書室 ***


「そんなわけで今日はコンピューター室は使えないのよ。」そう小声で切り出したのは湊。


「ラインで現状は大体把握したわ。」と一禾。

「みんなでぇ、すずきのやろうをぎったんぎったんにするのらぁ~」杏奈も乗り気である。


「私が調べた限りだと鈴木の父親は会社を経営していて従業員も200人以上いるって鈴木本人が言ってたって、結構なお金持ちということよ。

 五丁目公園前の大きな青い家に住んでいる。

 母親は名前を鈴木敦子すずきあつこ。昔からのトラブルメーカーでご近所では爪はじき者にされている。

 鈴木父は授業参観にも運動会にも現れたことないから皆見たことないって。

 どうやら鈴木父は家の事は妻の鈴木敦子にまかせっきりみたい。」


「鈴木父をどうにか味方につけたいな」

「難しいわね。鈴木くんの母親の夫だもの期待できないわよ」

 一禾が言う。


 湊が続いた。

「下手を打ってご機嫌を損ねて啓太郎の親と取引を終了されたら啓太郎が困るもの。それは最終手段にしましょう」」


「そうだな。俺が調べたところによると、鈴木は放課後はデパートのゲームセンターやボーリング場でよく屯っているそうなんだが、近隣の中学の連中と場所の取り合いになってケンカして今も絶賛不仲中らしい。特に隣の中学の羽岡竜一ってやつと犬猿だって事だ」

「その人だったら、何か協力してもらえるかもね」湊が言った。


「りゅういちならしってるよぉ~。幼稚園と小学校が一緒だった~。ダチンコだよ~」

 杏奈が言った。

 持つべきものは交友の広い仲間だ。


「よし、連絡取れるか? 何か鈴木について知ってることが有ったら教えてくれと頼んでくれないか?」

「らじぁ~」

 そういうと杏奈はものすごいスピードで文章を書きラインを飛ばした。


 ――ピンポーン。

 スマホが鳴った。


「あ、りゅういちだぁ。」

「羽岡君なんだって?」湊が杏奈に問いかけた。


「すずきはよくデパートで喫煙してるんだってぇ。年上の人にお酒を買ってもらって飲酒もしてるってさ」

「よし、これで弱みゲットだ。証拠を押さえて取引に持ち込もう」


 ――ピンポーン

「なんかぁ、りゅういちがけいたろうのかたき討ちしてやるてさぁ」

「え?」


 ――ピンポーン。

「今からすずきの家に乗り込むってぇ。チャリで」

「ぇええええええ!!!????」


 俺たちは驚いた。なんだそのフットワークの軽さは。


「ちょっと、待ってくれ、俺たちは部の認証と啓太郎の生活費のために穏便な交渉がしたいんだ。決闘なんかされたら俺らが焚きつけたみたいになって分が悪くなるだろ」


 俺は杏奈を急かしてかたき討ちをやめるよう電話を掛けさせた。

「りゅういちのやろう、でないやぁ~」



 これはやばいことになったぞ。俺はそう思った。


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