第12話 ナイフ
手を切り付けられた鈴木は激怒していた。
「こらぁっ、これは一体何の騒ぎだ!!!」
丁度そこに次の授業を行うため先生たちがやってきた。
最初に声を上げたのは学年主任で数学の担当をしている太田先生である。
俺の担任でもある。
「先生! 吉井君がナイフで鈴木君を切りつけました」
誰かがそう言った。
先生たちはポタポタと鈴木の手から血が流れているのを確認した。
「鈴木君すぐに処置をしましょう。歩ける?」
理科の渡辺先生は鈴木に声をかけた。
「うるせぇ!! どけ!! 吉井を殺してやる!!」
「鈴木君!! おちついて」
渡辺先生は人気のある女の優しい先生で、鈴木も渡辺先生にはあまり強気で当たらないが今は興奮していて話を聞かない。
鈴木の取り巻き達も初めて経験する流血沙汰にオロオロしている。
「ほら、皆。教室へ戻って。葛間君も鼻血出てるじゃないか。保健室に行こう」
そう言ったのは大倉先生である。
俺は大倉先生に訴えた。
「鈴木が啓太郎の“カキコム“のアカウントを削除してデータが消えたんだよ」
「なんだって。それでこの刃傷沙汰かい」
「私が啓太郎の足に杖を掛けて転ばせたからナイフが掠ってしまったのよ。私のせいだわ」
湊は啓太郎をかばっているようだった。
「いや、違うよ。そうしなかったら啓太郎はナイフで鈴木を刺していたかもしれない。あの時できる最善の策だったよ」
「事情は別室で聞くから、二人とも来てくれるね」
「はい……」
*** 生徒指導室 ***
「――ということなんです」
俺は事のあらましを先生たちに話した。
湊はクラスでの鈴木たちの啓太郎に対するこれまでの行いを説明した。
鈴木たちのしてきたことは、そこまでされていて啓太郎はよく不登校にならなかったと思うような内容のものだった。
「そうか。吉井が虐められているのは把握していたのだがそこまで追い詰められていたか……」
太田先生が申し訳なさそうに話した。
「私がいけないんです、鈴木君を更生させられなかったばっかりに……」
2年C組の担任の飯塚先生は涙を流していた。
年老いた女の先生である。
問題のあった鈴木を優しく諭す方針で指導していた。
鈴木は保健の先生に連れられて近くの診療所へ向かった。
俺の方はティッシュを両方の鼻の穴に詰めている状態だ。
「では、二人とも教室に戻って――」
「はい」と俺は返事をしようとした。
しかし湊は質問をした。
「待ってください。啓太郎――吉井君はこれからどうなるんですか?」
「吉井は今回の件で加害者になってしまった。どうなるかは鈴木君のご両親も併せて相談してからになる」
*** 廊下 ***
無言で渡り廊下を歩く俺と湊。
(ち、沈黙が痛い――)
「啓太郎さ、今どこにいるんだろね」
「あぁ……。どこだろうな」
警察が来ている様子はない。
何処かで休んでいるのだろうか。
それとも教室に戻ったのか帰宅したのか、俺たちには分らない。
湊は涙を流しだした。
「え? え?? 如何したの急に??」
俺は戸惑った。普段元気な湊が泣き出したのだ。
「私、良くないよね。せっかく立候補して学級委員長になったのに、クラスをまとめられなくて。啓太郎の事も飯塚先生から頼まれてさ、学校生活楽しくなるように部活に誘ったりしたけど、追い詰める結果になっちゃった。」
「そんなことないよ、湊はよくやってると思う。鈴木が異常なんだよ」
「創太は優しいね。ありがとう」湊は自身の涙をぬぐった。
俺は湊の背中をポンと叩いた。
「これからもよろしくな部長」
「うん」ニカっと湊は目を赤くして笑った。
*** 昼休み 水道前 ***
俺は湊に呼び止められた。
「え?? 今日の部活は中止??」
やっぱりそうなったか、と思った。
「そうなの、しかも文芸同好会を立ち上げられないかもしれないって、大倉先生が」
それには仰天した。
「今、応接室で話し合いをしていて、鈴木君のお母さんがナイフを振り回すような原因になる活動は禁止した方がいいって聞かないんだって。じゃないと警察に行くっていうんだよ」
「そんな理屈あるか、原因は執筆業じゃなくて鈴木の行動にあるはずだろ」
「それが、もう弁護士まで連れて来てるの。いじめは学校の指導が悪い、ナイフを出すのも啓太郎と学校が悪いって聞かないんだって。で、どうしても原因となった活動元である同好会を立ち上げるというなら警察に被害届を出したのち賠償金を市と啓太郎の両親に請求するっていうんだよ。」
「めちゃくちゃだ」
ちょうどそこを応接間から戻ってきたのか啓太郎が一人で歩いてきた。
「啓太郎! 大丈夫だったか?」
「ボクはね。でも鈴木は二針縫ったって言ってたヨ」
正直なところ出血の割には傷は浅かったかなと思った。
「ごめんネ。つい頭に血が上ってしまったんだ。もしもの時の護身用にもっていたナイフで鈴木を怒りで切りつける事になるなんてボクも驚いてル」
啓太郎は俯いている。
「ボクは犯罪者になっちゃうのカナ?」
「そんなことないよ。警察に行くとはまだ決まってないんだろ?」
「でも警察に行かなかった時は同好会がボクのせいで認可されなかった時だ」
「そんな事いうなよ。同好会は絶対設立させるから」
「そんな気休め言うなヨ。惨めになるだけだから」
啓太郎は俺たちに背を向けトボトボ歩き出した。
「おい、待てよ啓太郎」
俺は啓太郎の肩を掴み振り向かせた。
啓太郎は大粒の涙を流していた。
「ボクは駄目な奴なんデス。弱くていつもターゲットにされて、頭も弱くて、両親にまで迷惑かけて、部活のみんなにまで迷惑をかけて、それだけじゃない――アカウントを消されて、こんな俺にもフォローをつけてくれて続きを読みたいって思ってくれた人にも、――こんなにも沢山の人に申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ」
PV数を稼ぐために功利的に描いているだけだと思っていたが、啓太郎は執筆業をとても楽しんでやっていたのだ。
おそらく他の部員の誰よりも執筆と部活動を心のよりどころに大事に思っていたのかもしれない。
俺は胸が苦しくなった。
「俺、鈴木の母親に頼みこんでみる。」
「無理だよ、相手は金持ちで弁護士付きなんだ。
鈴木の母親は金が欲しいんじゃなくて相手を苦しめる事を目的にしているようなそんな人だよ。」
「やってみなきゃわからないだろ」
俺は駐車場にいる鈴木親子の所まで走った。
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