無益

 夕日を眺めながら二人で話していると、理亜が思い出したように言う。


「そう言えば気を失っている間にね、夢を見てたんだ」


「夢?」


「ハッキリとは思い出せないけど、魔法使いになる夢を見てたんだよ」


「は!?え?ま、魔法使い?」


 魔法使いという単語を聞いて嫌な予感がする。


「夢の話だよ?西洋のお城とかドラゴンとか出てきたから、ファンタジーっぽい世界だったなぁ」


 ど、どういうことだ?

 俺と同じ内容の夢?

 同じものを見ているということはあれは夢じゃなかったのか?

 いや、そんなわけがないと思うが……。


「ファンタジーなんだけど、すっごく滅茶苦茶な夢でね。顔が体にある猫とか斧を振り回す喋るペンギンとかいたんだよ」


 理亜が苦笑しているが、俺はそれどころじゃなかった。

 話の内容に心当たりしかない。


 冷や汗が流れてくる。


「他にも同じ顔をした人が沢山いたり、ゾンビに襲われたり、首の長いシスターが大きい虫を丸かじりしてたりとか、とんでもない内容だったよ」

「そこだけ聞くと完全にホラーだな……」


 あの自作ゲームの内容は誰かに話した事がないどころか、作ったこと自体誰にも言ってない。それにバグだらけで話が滅茶苦茶だから、あんな変な内容の夢を都合良く同時に見るなんて有り得ないはずだ。


 ……もしかして、本当に異世界に入り込んでいたのか?


 しかし、俺たちの体は落下した後もあの場所にあったので、何処にも行っていないはずだが……。


「リアルで実際に体験してるみたいな感じだったんだよ。でも、全部は思い出せないんだよねぇ。何か旅をしていたような気がするんだけど」


 理亜が思い出そうとしているのか難しい顔をする。


「もしかしてあれが走馬灯っていうものなのかな?もう少しで細かいところも思い出せそうな気がするんだけどなぁ」


「そ、そうか。けど、思い出せないなら、無理して思い出す必要はないんじゃないか?夢ってそういうものだから!」


「う~ん、でも気になる。何で旅をしていたんだっけなぁ」


 というか絶対に思い出さないでくれ!

 あんな記憶、思い出したところで一銭の得にもならない!


「あっ、そうだ。日月くんも夢に出てきてたよ」

「え?」


 俺は理亜の言葉を聞いて驚いてしまう。


「何か剣を振り回してたような気がするんだけど――、ってどうしたの?」

「いや、あの……。俺のこと名前で……」

「あ!」


 事故が起きる前は、俺たちはお互いを苗字で呼び合っていた。

 下の名前で呼ぶ様になったのは夢の中での話だ。


「い、今のは違くて…!」


 理亜が慌てて言い訳をしようとするが、俺が先に遮る。


「いや、名前でいいよ――理亜」


 彼女のことを名前で呼ぶ。


「!……う、うん」


 理亜が一瞬驚いた顔をする。


 だが、呼び方を戻して欲しいとは言わなかった。


 二人して照れる。


 顔が赤いのは夕日のせいだけではないだろう。


「じ、実は日月くんに――ど、どうしても言いたいことがあって……」


 理亜の声が少し上擦っていた。


「――奇遇だな。実は俺も理亜に言わなければならないことがあるんだ」


 そう、俺も彼女に言わなければならないことがある。


「え、そ、それって……」


 俺の真剣な声に理亜が緊張した面持ちになる。


「理亜」


「は、はい!」


「猫の顔は頭部にあるんだ」


「……………………はい?」


 理亜が呆けているが、俺は話を続ける。


「双子でも少しは違いがあるから、見た目が完全に同じにはなることはない」

「……え?え?いや、分かってるよ?」

「それに、シスターの首は伸びないし、ペンギンはかっこいいけど喋らないんだ!」

「な、なに?急にどうしたの!?」


 俺は熱く語る。


「ろくろ首という妖怪がいるが、あれは創作の怪談だ。人間の構造上、首の長さを急激に伸ばしたら神経が断裂して体が動かなくなる。ペンギンだってそもそも人の言葉を喋れる声帯をしていないんだ!」


 そう!俺には彼女の認識を正さなければならない使命がある!


 絶対にあの記憶を思い出さないように説得する使命が!


 名前で呼び合うような進展もあったが、それよりも優先しなければならないことがあった!


「いや、知ってるよ!?これは夢の話で…!」


 力説する俺に対して、理亜は困惑していた。


「日本では銃刀法違反になるから剣は持ち歩くだけで捕まる!だから、俺が剣を振り回しすことはないんだ!!」


 もし、思い出してもそれはただの荒唐無稽な夢であったという認識にしておかなければいけない!


「もしかして、やっぱり頭を打った傷がまだ…!」

「いいか!よく聞いてくれ!世界には魔法の様に見える不可思議の現象が多々あるが、全ては科学で証明できるんだ!俺たちの世界は物理法則によって動いている!理亜が見たものは現実じゃなくただの夢で――!」

「どうされました!」


 騒いでいたのに気がついたのか、慌ただしく看護師が駆け寄ってくる。


「看護師さん!日月くんが錯乱してるんです!」

「錯乱!?何で!?当たり前のことしか言ってないだろ!?」


 理亜が急に訳の分からないことを言い出して看護師を呼ぶ。


「この世界に魔法なんてないし魔物だっていないんだ!俺はちゃんと分かっている!!」

「栗寺さん!?どうか落ち着いて!」

 どういう訳か看護師が俺を取り押さえようとしてくる。

「離せ!俺は正気だ!!」





 何故か入院期間が1週間伸びた。

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崩壊不条理世界のストーリーテラー 白河夜船 @shirakawa_yofune

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