決着
「諦めの悪い勇者だ」
「魔王、お前のおかげで思い出せたよ。最強の魔法を!」
「魔法だと?余を魔法で倒そうなど片腹痛い。これまでのやり取りで貴様の底は見えた。負けることなど万に一つもない」
魔王が馬鹿にした様に鼻で嘲笑う。
確かに、魔王は魔法に関しては右に出る者がいないほどの腕だ。魔法で倒すのは無謀に見えるだろう。
しかし、この世界を作ったのは俺だ。
このゲームを作った俺だけが知っていることがある。
「あるんだよ。勇者しか使えない究極の魔法というのが」
「……強がりか?」
「いいや、違う」
魔王が雰囲気の変わった俺から何かを感じ取ったのか身構える。
その構えは隙がなく、どんな魔法を使っても対応してくるだろう。
だが、俺にはもう勝機が見えていた。
持っていた剣を鞘に納め、浅く深呼吸をする。
「――いくぞ魔王!」
魔王に向かって手のひらを翳す。
そこには魔力の集中も何も起こっていない。
だが、魔法を発動できると確信があった。
「デバッグ魔法!『固定ダメージ999万9999』!!」
俺が叫ぶと、パンッと軽い音がする。
魔王が訝しげに俺を観察していたが、直ぐに異変が現れた。
「……?――な、何!?」
魔王の体が崩れ始めた。
自身の体が崩壊するのを見て、魔王の目が見開かれる。
「ば、馬鹿な…。なんだ…なんだその魔法は…。そのような魔法、余は知らない…!」
魔王が驚愕しているが無理はない。
俺が使ったのはデバッグ用の魔法である。
デバッグとは作ったゲームのテストプレイを行い、バグなどが無いか動作を確認する作業のことだ。
そして、その作業にはもちろん戦闘前後の挙動も対象である。
しかし、毎回律儀に戦闘をこなしていたら時間が掛かる。なので、強制的に戦闘を終わらせるために、とんでもないダメージを簡単に与える技を設定しておくのだ。
俺が使ったのは戦闘をスキップするためのテストプレイ専用の技で、必中・防御貫通・高威力の固定ダメージを問答無用で与える反則級の魔法である。
これもゲーム制作の動画で紹介されていた技法だ。
だが、動作を確認するときに使う呪文なので、本来はゲームを作り終わったら消しておくのが普通である。しかし、ゲームの完成度の低さのおかげか消さずに残っていた。
テストプレイ自体はしてない癖に、テストプレイ用の魔法はちゃんと設定してるんだよなぁ……。
今までクオリティの低さに苦しめられていたが、ここに来ていい加減さがプラス方向に働いた。
良くないけど、良くやった過去の俺!
「ふ、ふざけるなっ…!この魔導神が敗れるなど!こ、このような最後…、認められるものかああぁぁぁあああああ!!」
憤怒の形相を浮かべながら抵抗しようとするが、身体の崩壊は止まることなく黒い霧になっていく。
魔王からしたら理不尽極まりないだろう。
こんなにも簡単に、しかも一撃でラスボスを撃破するなどゲームとして有り得ない。
使った俺ですらこれはないと思う。
恨んでも仕方がない。
薄れていく魔王を見て呟く。
「マジごめん」
「――――」
俺の言葉を聞いて魔王が何かを叫ぼうとしていたが、声を発することができずに完全に消滅してしまった。
魔王が立っていた場所には跡形もない。
「終わったな……」
消え去ったのを見届け、体の力を抜いて溜息をつく。
ラスボスである魔王を倒せたので、これでゲームクリアとなる。
それにしても、とんでもないクソゲーだったな。
おまけに物語の終わりとしてもあまりに酷い幕引きである。
消し忘れたデバック技でラスボス戦を終わらせるなんて聞いたことがない。
他人がプレイしたら低評価の嵐だろう。
なにせ作った自分でも酷評したい気分なのだから。
魔王を倒したことで他の魔物たちも消えたのか、城の外から王国軍の歓声が上がるのが聞こえてきた。
「魔物たちが消えていく!?」
「もしや勇者様たちが魔王を倒したのか!?」
「や、やった!勝ったぞ!人類の勝利だ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
歓声が沸く中、激しい戦闘の余波で崩れた広間の天井から空を見上げた。
澄み渡る青空が広がっている。
人類の存続を賭けた戦いだったが、俺にとっては自分との戦いだった。
過去の自分の過ち――襲い来るバグと不条理と手抜きと戦い、無駄に精神的ダメージを受け続けた。
厳しい戦いだったが、得られたものは少ない。むしろ失うものの方が圧倒的に多かったな。
殺し合いが如何に無益だということを、身をもって理解した。
そして、長く苦しい戦いの果てはあっけないものだった。
残骸が散らばった広間から、空を見上げる。
「戦争とは虚しいものだな……」
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