彼方へ

「おい!ちょっと待て!止まれ!」


 ヘクターがスーパーボールの如く、あっちこっちに跳ね回る。それに合わせて俺たちも部屋中を走り回る羽目になり、シャトルランでもしているかの様な気分になる。


「今度はこちらからいくぞ」


 天井にぶつかったかと思うと、その勢いのままヘクターが大剣を振り下ろしてきた。


 俺は剣を鞘から引き抜き、ヘクターの剣筋を見極める。


「そこ!――じゃない!?」


「きゃあ!?日月くん、適当に剣をぶつけないで!」


 ヘクターの大剣を弾き返すと、今度は予測不能なほど滅茶苦茶な軌道を描いて大剣ごと部屋の中を跳ね返り始めた。飛び回るヘクターの持つ大剣の刃が俺の頬を掠める。


 怖っ!?


 高速で回転しているミキサーの刃が欠けて、跳ね回っているような感じになってしまっている!?


 動きが読めないから本当に危ない!


「魔女とはまた違った厄介さだな……。く、また外した!」


 熟練の戦士であるグリドもこのような動きをする敵は初めてだったのか、斧を空振りしている。


 エリアスは空中を跳ねるヘクターに向かってサブマシンガンを発砲する。


「ではこれでどうですか!」


 弾丸の多くは外れてしまっているが、数発は命中する。鎧に当たり甲高い音が響き、更にヘクターの跳ね回る速度が上がる。


「ななななんのののののこここれれれしき」


 だが、有効打にはなっていないのかヘクターに焦りは見られない。


 ……高速で動いているので、分かり辛いが多分そう。


「さすがは魔王軍幹部。一筋縄ではいきませんね」


 二人もあまりの変な動きに攻撃がまともに当てられないようだったが、ヘクターの方もこの様な体になってしまったせいか上手く大剣が当てられずにいた。


 互いに攻撃を外し続け、無駄に時間だけが過ぎていく。


「いい加減、大人しくしろ!」


 それでも何とかタイミングを見てヘクターに斬り掛かる。


 俺の振り抜いた剣が鎧にぶつかり金属音が鳴るが、固く重圧そうなのは見た目だけで鎧部分もゴムみたいにぐねぐねと伸び縮みしている。


 そして――、


「あっ」

「ぬ?」


 斬った衝撃でヘクターが割れた窓から飛び出した。

 ホームランボールの様に建物の外へ、遥か彼方に飛んでいく。


「おいいいいいいい!?どこ行くんだあああああ!?」


 ヘクターがダンジョンの外、遠くの地面でバウンドしていたがすぐにその姿が見えなくなった。


 慌てて窓から身を乗り出すが、この玉座の間はダンジョンの最上階にあり、飛び降りて追うのは無理そうな高さだった。


「方舟に戻って後を追いましょう!」


 エリアスが呆然とする俺たちに提案する。


 方舟――装甲車はダンジョンの入口付近に停めてある。


 俺たちはせっかく通り抜けたアスレチックコースを逆走する羽目になった。


『おやおや。二度と来るかと言っておりましたが、戻ってきましたね。気に入ってくれたようです!』


『好きなものには冷たくしてしまうお年頃なのかもしれませんねぇ。もしかしたらリピーターになっていただけるかもしれませんよ』


「うるせえ!違うわ!」


 ダンジョンを逆走しているとアナウンサーたちが煽ってくる。


 こいつらまだ居たのか。


 ダンジョンを攻略したら居なくなる存在とかじゃないんだな。


 というか帰り道でもあるので、たとえあの玉座の間でボスを倒せていたとしても、結局ここには戻って来なければいけなかったな……。


 感情に任せてあんなこと口走るんじゃなかった。


 妙な屈辱感を味わいつつ、入り口まで戻って装甲車に乗り込む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る