悪夢の始まり(5)
王様たちと話した後、別室に案内される。高級感漂う調度品で揃えられた、おそらく客室だと思われる部屋だ。壁には絵画が飾られ、複雑な模様が描かれた大きな壺も置いてある。
磨かれて表面が反射している重圧な木のテーブルを挟み、俺と千歳は椅子に座って王国の騎士から説明を受けていた。
「旅の資金やアイテムをご用意しました。どうぞ魔王討伐の旅にお役立てください」
中肉中背で茶色の短髪にそばかすがある若い男性騎士から、この世界のお金や傷を治す薬など色々なアイテムを渡される。
ファンタジーらしく金銀銅で作られたこの国の通貨であるコインや、傷を治すなどの効果があるらしい色とりどりの飲み薬――ポーションなどである。
よく考えたら飲んだだけで傷が治るとか不思議だよな。現実だったらどう考えても有り得ない効能だ。
どういう仕組みなんだろう?
強制的に細胞分裂を起こしてくっつけるとかなのだろうか?
……そんなことしたら寿命が縮まないか?
「ねえ、栗寺くん。これって夢だよね……?」
隣に座っている千歳が不安そうに俺に尋ねて来る。
「……たぶん」
「それにしてはやけに意識が鮮明だし、栗寺くんもすごいリアルなんだけど……?」
夢を見ているとき特有の感覚の鈍さや急な場面転換、会話の嚙み合わなさなどは俺も全く感じない。俺から見ても千歳は本物にしか思えない。
そこそこの時間が経過しているはずだが、一向に目覚める気配もないし……。
……もしかして、本当に現実じゃないだろうな?
自分の作ったゲーム世界の追体験をさせられるのも嫌だが、何よりもこれが現実だったら大怪我や致命傷を負ったときが大変なことになる。
最悪、命を落としたときどうなるのか分からない。
……たとえ夢だったとしても、現実だと仮定して慎重に動いた方が良いだろうか?
「本当にま、魔王?の討伐とかやるの?私、家に帰りたいんだけど……」
「俺も帰りたいよ」
しかし、夢じゃなかったとしたら、明らかに異世界なので帰り方が分からない。
「そもそも何で私が魔法使いなの…?あ、もしかして占いが好きだから?」
「あー、そういえば趣味だったな」
千歳の趣味は占いで、俺も何度も視てもらったことがある。
ただ、大雨が降っているのに『お出掛けすると良いことあるかも!』とか、制服で登校しているのに『ファッションにトレンドを取り入れてみよう!』とか微妙な結果ばかり出されるため、腕はイマイチだったりする。
魔女の格好は確かに占い師っぽいかな……?
これからどうしようと千歳と二人で小声で話し合っていると、ふと視界の端に変なものが目に入った。
「にゃあ」
「…………ね…こ……?」
部屋の隅にいたそれは猫の様な鳴き声をしたが、おおよそ猫には見えない生物だった。
まず頭部に顔がない。毛で覆われて顔が見えないとかそんなレベルではなく、頭どころか口内と思われる場所まで毛がびっしりと生えていた。そして何故か胴体の横側に顔がついており、左右に引き伸ばした様にのっぺりとしている。体中にツギハギしたように不自然な模様の切れ目がついている奇妙なナマモノだった。
「どうしたの?――ってなに妖怪!?」
千歳が俺と同じように妖怪に目を向け、椅子を後ろに倒すほどの勢いで立ち上がる。
「ああ、あれは陛下のペットの『トグル』ですね」
「「ペット!?」」
騎士が奇妙な物体について説明してくる。
「はい。陛下が飼っている猫です。迷い込んでしまったようですね」
「待ってください!アレが猫!?どう見ても猫には見えないんですけど!?」
「そうですか?一般的なペルシャ猫だと思いますが?」
騎士はあの妖怪のようなナマモノは正真正銘猫だと言う。
どのへんが一般的なんだ……?ふさふさした毛並みは確かにペルシャ猫っぽいが、類似点などそれくらいである。
というか明らかにここは異世界なのに、ペルシャとか現実の地名が付いた猫が出てくるのはおかしくないか?
「にゃあー」
意味が分からず困惑していると、その猫は蟹歩きをするように、横向きにこちらに歩いて来る。歩き方からしてまず普通の猫ではない。
「ひっ!こっちに来ないで!」
千歳が不気味な妖怪にたまらず声を上げ、後ずさった。
「おや、魔法使い殿は猫が苦手でしたか」
「いや、苦手とかそれ以前の問題だと思うんですけど!?」
騎士が苦笑しながら、猫のような何かに近づき抱きかかえる。暴れ回る様なことはなく、大人しく抱きかかえられていた。どうやら危害を加えてくることはないらしい。
「ど、どういうこと?ほんとに猫なの?」
「わ、分からん。異世界っぽいから、もしかしたらこの国ではあれが一般的な猫なのかもしれない」
「あれがいっぱいいるってこと!?怖いんだけど!?」
それ以前にあんな妖怪みたいな猫を登場させるストーリーにした憶えがない。モンスターでもないみたいだし……。
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