悪夢の始まり(1)

 多くの人が誰かを呼んでいる。


「―――様―」

「起き――さい―」

「―――者様―」


 段々と意識が戻って来る。


「勇者様!」


 瞼を開けると、長い髭を生やした老人の顔が見えた。


「おお!目を覚ましたか異界の勇者よ!」

「……はい?」


 見知らぬ場所で意識が戻った。


 絨毯が敷かれた床に倒れていたようで、上半身を起こして周りを見渡す。


 俺を囲むように剣や槍を持った重そうな鎧を着た人たちや、刺繍が施された豪奢な白い衣装を着た老婆がいた。


 そして、先程の老人は宝石の嵌められた王冠を被り、ファーのついた赤く分厚いマントに金の指輪などを身に着け、周りの者たちより一層派手な装いをしている。


「……ここは?」


 石で作られた大きな部屋の奥には、装飾の多い椅子が置かれているのが見える。広間の左右には石柱が均等に並び、何かの模様が描かれた布――恐らく国旗だと思われる旗が飾られていた。


「ハーティクル王国の王城、謁見の間だ。そして、私はこの国の国王『ブニング・ハーティクル』である」


 豪華な衣装を身に纏った老人――ブニング国王が笑顔で声を掛けてくる。


 その人物は明らかに外国人で、今まで聞いたこともない言語を喋っているのに何を言っているのかが日本語として認識できた。


 不思議な感覚に困惑する。


「……ハーティクル王国?……ブニング王?」


 聞いたこともない国名と名前のはずだが、何故か引っ掛かった。


「というか異界の勇者って…?」


「『魔王が目覚めるとき、右手に紋章を持つ異界の勇者が現れる。その者が魔王を打ち倒すだろう』…それが、偉大なる予言者が残した言葉だ」


 国王は視線を動かす。つられて見ると、いつの間にか俺の右手に翼で囲われた剣が描かれた黄金の紋章があった。


「な、何だこれ!?いつの間に!?」


 そして、視線を動かしたときに気付いたが、何故か俺の服装が鎧の胸当てにフード付きのマントに変わっていた。左腕には盾がつけられており、腰に剣の柄と鞘が提げられているのが見える。


 こんな格好に着替えた覚えはない。

 確か、気を失う前は学校の制服だったはずだ。


「それこそが勇者の紋章!そなたこそが選ばれし救世の勇者なのだ!」


 芝居がかった様にブニンク王が両腕を広げると、それに合わせて周りの騎士たちが剣や槍を掲げて敬礼する。


 すると右手の紋章が輝き、俺を中心に黄金の光が辺りに漂い始めた。


「はあ!?俺が勇者ぁ!?」


 驚愕すると同時に、もしかして夢でも見ているのかと思う。


 ――その可能性が高いな。異界とか勇者とか魔王とか、ファンタジー用語がさっきから出てるし。


 試しに自分の頬を抓ってみる。


「……痛い…」


 しっかり痛みがあった。やけにリアルな夢だな……。意識もはっきりしているし……。

 夢を見ているとき特有のぼやけた感覚がない。


 まさか現実?――いや、そんな訳ないよな……。


 色々な考えが浮かぶが、王の隣にいた刺繍が施された白い衣装を着た老婆が話し掛けてくる。


「ところで勇者様。こちらに倒れている魔法使いは勇者様のお知り合いですかな?」


「え?」


 老婆が掌を向けた先には黒い布の塊が落ちていた。

 いや、よく見ると俯けにとんがり帽子に長いローブを着た人が倒れている。


「こんな奇抜な格好をした知り合いは――」


 そこまで言い掛けて、大きな帽子から覗く亜麻色の髪に気づいた。


 …………まさか。


「千歳!?」


 こんな格好をしているのを見たことがないので直ぐに誰なのか分からなかったが、とんがり帽子を取ると気を失って倒れているのは千歳だった。


 そして、意識を失う直前のことを思い出す。


 そうだ……、あのとき転がって来たゴミのせいで落ちてきた二人を支えきれず、一緒に踏み外してしまったんだった。


 くそ、ゴミを捨てた奴、絶対許さねぇ!

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