第1話 名前
俺らのクラスである2-Bでは瀬戸先生が特にやる気がなかったこともあり、新クラスの自己紹介的なものは行われることもなく通常授業が始まった。すぐに授業が始まるとか生徒からしたら勘弁してほしいの一言である。
来生さんはすぐ後ろの席だが、よく休み時間は突っ伏して寝ていることもあり、あまり喋りかけれそうな雰囲気もなく昼休みはそそくさと何処かにお昼を食べに行って教室からいなくなってしまうため、去年まで見かけなかった理由をすぐに聞くことができなかった。
しかし機会はあっさりやってきた。
「今日から使う問題集が職員室の前に届いてるから、学級委員の二人で運んできてもらえる?ちょっと一人だと多いから二人で…。」
二人で職員室へ向かうことになった。
気になったことは単刀直入に聞くに限ると思い、職員室への道中に素直に聞いてみた。
「来生さんって去年クラスどこだったの?というかいた?」
「B組だよ」
「え!?」
一瞬少しだけ頭がフリーズする。何を隠そう俺自身がB組だったからだ。蛇足もつけるなら去年のB組の担任も瀬戸先生だ。俺は人の名前とか覚えるのは得意なほうではないがさすがに同じクラスだった人くらいは覚えている。
もう一度聞き返す。
「え?いた?」
「え?覚えてないの?ひどい…」
「や、いや…」
同じクラスに一年間いた人のことを覚えていなかったという若年性認知症が出てきたかもしれない事態に困惑し、また更に彼女に対し大変申し訳なさを感じていると、彼女は向こう側を見ながら笑いをこらえているようだった。どうやら騙されたようだ。
「いやごめんごめん。ちょっとどういう反応するのか気になって…」
「おいおい…」
どうやら若年性認知症疑惑からすぐにペット検査を受けに行く必要はなくなったようだ。
「いや、よかった。霞屋君割と静かそうなタイプでいきなりキレられたりしたらどうしようとか思って、冗談言った後緊張しちゃった」
笑いながらそういう来生さんに、じゃあそんなウソつかなきゃいいじゃんと突っ込もうとすると本当の答えが返ってきた。
「転校してきてこの学校来たの4月なんだ」
「え、マジか。高校で転校って珍しいな。もともとどこいたの?」
「秘密。ふふっ。でも遠くだよ」
すこし笑いながらも遠くを見る感じが来生さんから感じた。そう、初日に黒板の前に立っていた時に感じたものに近かった。しかし、クラスに転校生がいるならせめて自己紹介の機会くらい欲しいものだ。瀬戸先生のいい加減さにも少しウンザリ。
そうこうしているうちに職員室前へとやってきた。
新年度始まってすぐということもあり職員室前の本来広いはずのスペースにかなりの量の教科書や問題集が並んでいる。
「2年B組分の物理の問題集お願いします」
そこで本の処理をしていた山……なんとか先生に取りに来たものを言って渡してもらう。関わりがあったことのない先生の名前とかスッと出てこない。
少し待つと前にふた包み渡された。問題集と回答集。40人分。これ2人で持つ量なのか…?重い。非常に重い。などと持ち上げると同時に思う。
「山内先生ありがとうございます!さ、戻ろ?」
「お、おう」
驚いた。もう彼女は名前を憶えているのか。めちゃくちゃ記憶力いい感じなのかな。
そんなことを考えながら教室に戻る最中、今度は来生さんから話しかけられる。
「転校してきた話だけど、そんなにほかの人に言わないでね」
「なんで?」
「いや、前住んでたところの説明とかめんどくさいし」
「そういうもんなのか?」
「というかあまりいい思い出ないんだよ。だから早く忘れたいっていうのもあるんだよね」
「あぁ…」
転校というとよくあるのは親の職場の転勤だったりと、家庭の事情が多いようにも思う。しかし今の世の中にはいじめだったりと、普通の学校生活が送れなくなってしまった時にその現状から身を守るために転校する人もいるという。彼女はおそらく後者、ないし後者に近いものから転校してきたのではないかと思う。もしそうであるなら、あまり深堀してしまっても酷な話題であろう。
ここでふと瀬戸先生が、自己紹介イベントをクラスで設けなかったのは、転校してきたばかりの彼女のこうした心情に配慮したのかと考えてみる。しかしすぐにそれは違う気がしてくる。去年も瀬戸先生が担任のクラスだった人ならわかる。あの先生はとにかくめんどくさがりなのである。新入生の緊張の1学期、交友を築くうえで大切な入学直後ですら自己紹介イベントはなかった。今思えばなかなかひどい話である。
しかし数日後、彼女の過去に対する想像もよくわからなくなった。
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