其の三 魔女の夢(美鈴視点)

 美鈴の部屋のテーブルの上には、栗やかぼちゃ、林檎を使った和洋折衷の菓子が並んでいた。それらに目を輝かせているのは、女学校で仲のいい友人たちと紗由だ。


「皆さん、先日誕生パーティーを開いたばかりなのに、また来てくださって嬉しいですわ」

 美鈴が明るく声を上げると、女学生たちも笑顔で応える。


「ですが今日はただのお茶会ではなくて、ハロウィンパーティーをするのです!」


 ぱちんと両手を合わせて笑顔を弾けさせた美鈴に、紗由が首をかしげる。


「はろうぃん?」


「外国の翻訳された本に載っておりましたの。亡くなった人の霊が戻ってくる夜だと言われていて、悪い霊から身を守るために彼らと似た服装をするんですって」


「それって、恐ろしいことなんじゃ……」


 友人の一人が不安そうに眉をひそめると、美鈴はいたずらっぽく目を細めた。


「でも楽しいことのあるのよ。魔女やおばけに扮した子供たちが家々を回って『お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ』って言いながらお菓子をもらって歩くんですって」


「それで、お菓子がこんなにたくさん」


 紗由がぽつりと呟いたので、美鈴は「それだけじゃありませんわ」と言って、部屋の隅にかけていた衣装を見せた。


「みんなで変装してお茶会をするのもおもしろいと思って、前から洋装店に頼んでいたのですわ」

 美鈴は、黒いレースで装飾された魔女のドレスを手に取って自分の体の前に当てる。


 他にも黒と紫の色合いが神秘的な鈴のついたドレス、妖精のような羽のついたもの、天女を彷彿とさせる羽衣のような衣装、そして西洋の貴族風の華やかな洋装などが並んでいた。


「こんな立派な衣装にお菓子……、きっとすごくお金がかかっているのでしょう? 結城子爵様に怒られませんでしたの?」

 友人の一人が目を丸くして尋ねる。


「この不景気の時代に特注のドレスもお菓子も贅沢品かもしれませんわね。でも、それでご飯を食べていける人たちがいるのですわ。懐事情に少しでも余裕のある人間からしっかりと楽しんでお金使う、これが経済を回すということではなくて? そうして多くの人に活気を分けていくのが華族の務めだと言ったら、お父様も納得してくださいました」


 美鈴の真剣な言葉に、皆は一瞬驚き、そして感心したように彼女を見つめた。


「そんなことまでお考えでしたの。では、思い切り楽しまなくてはいけませんわね」


「ええ。早速パーティーを始めましょう!」

 その後、皆は美鈴が用意した衣装に着替え始めた。


 美鈴は魔女の仮装に身を包み、黒いレースの飾りがついたとんがり帽子をかぶる。


「私、洋装は初めてなんですけど……変じゃないですか?」

 紗由が動くと、衣装の胸元やスカートの端に縫いつけられた鈴がちりんちりんとかわいらしい音を立てる。その丈は膝の辺りまでしかなく、素足を隠すために黒絹の長い靴下を履いていた。


「まったく変じゃないわ。とてもかわいい! 私も今度こういう洋装を作っていただこうかしら?」


「足を出すなんて大胆だけれど、これからは女性も活躍する時代にしていきたいですし、注目されるのも悪くないですね」


「着心地もよくて動きやすいです!」

 各々が着替えを終えると、部屋はたちまち異国の空気に満たされ、友人たちが称賛の声を上げた。


「紗由さんには深紅のドレスもいいと思ったけれど、こちらもよくお似合いですわ。それと、こちらもお着けになって」

 美鈴は満足そうに頷きながら、三角の黒い飾りがついた髪飾りカチューシャを紗由の頭に乗せた。


「これは……?」


「『月の星夜のものがたり』の黒猫をイメージして作っていただいたのですわ」


「あの挿絵からこんな素敵な衣装を思いつくなんて、美鈴さん本当にすごいです」

 足元が落ち着かなそうにしているが、紗由は嬉しそうに頬を染める。


「こうして皆が楽しんでくれる姿を見るのが、私の夢でもありますわ。将来は、もっと多くの人に衣装や服の楽しさを知ってもらえたらいいと思っているんですの」


「素敵な夢ですね。美鈴さんらしいです!」


「うちは紡錘業も手掛けておりますから、自分が考えた布地で人をもっと華やかにできたら嬉しいですわ。和装と洋装を組み合わせたデザインももっと形にできたらいいなと思っておりますの」


 そして、話の流れで友人たちも席に着いた後、菓子を楽しみながらそれぞれの夢について語り出した。


「紗由さんは?」


「私は……いつか、自分で物語を書いて、それを本にできたらって……」


「素晴らしいですわ! 紗由さんが本を出したら、わたくし、真っ先に買いに行きます」

 美鈴がにっこりと笑って頷くと、他の友人たちも同じように「かっこいいわ!」、「絶対に読ませてくださいね」と応援してくれた。


「あ、で、でもまだちゃんと読み書きの勉強が終わってなくて……」

 紗由は慌てて苦笑いを浮かべて、遠慮気味に首を横に振った。


「あら。紗由さんはどこで読み書きを学ばれているんですの?」

 美鈴がきょとんとした顔で尋ねる。


「アラン先生から、です」

 紗由が答えると、美鈴はぱあっと喜色を浮かべた。


「そうでしたわね! アラン様以上の適任はおりませんわよね。今からでも女学校へと勧めようとしたわたくしをお許しくださいませ!」

 激しく一人で何か納得している美鈴の様子に、事情を知らない友人たちがいぶかしげな表情になる。


「アラン先生って、もしかして桐野総合病院の?」


「えっ、『碧眼の医聖』ですの!?」


「そういえば、先日のパーティーでも見かけたような……」

 友人たちが目を丸くして、菓子に伸ばした手を止めた。


「ふふ、紗由さんはアラン様の許嫁いいなずけなのですわ」

 そう美鈴が発言したものだから、その後は紗由が羨望の眼差しと祝福の嵐で、あっという間に楽しい時間は過ぎてしまった。


「今でも、夢なんじゃないかって思う時もありますけど……」

 はにかみながら話す紗由のかわいらしい反応に、みんなの笑顔が部屋いっぱいに広がり、まるで一瞬にして、冷たい秋の空気も忘れさせてくれるような温かなひとときだった。


 そしてパーティーが終わり、美鈴は玄関まで見送りに出て、最後に紗由の手をぎゅっと握る。


「今日は楽しかったですわ。それとこれはお土産ですの。ぜひアラン様にもよろしくお伝えくださいませ」


「こちらこそ。今日は本当にありがとうございました」


 そう言って大好きな人の下へ帰っていく紗由の笑顔が、美鈴は少しだけ羨ましくなった。


 けれど誰かに決められた未来ではなく、心から愛する人と出会える瞬間が自分にもいつかやってくると信じている。


 何より今は紗由とアランの話を聞くのがとても楽しいので、父親が持ってくる縁談などにかまけている時間はないのだ。


「紗由さん、うまくいくといいわね」

 美鈴はテーブルに一つ残っている小箱を開けた。中には賽子さいころのような形の小さな濃茶の菓子が綺麗に詰められている。


 一口で食べられるようにできているそれは、紗由や友人たちに渡した土産と同じもの。口に運べばふんわりと洋酒の香りと濃厚な甘さが口の中いっぱいに広がる。柔らかな口当たりは舌の上でたちまち蕩けた。


 まだ見ぬ大好きな人と過ごす時間はこれくらい甘いものになればいいなと、美鈴は心から願ったのだった。


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