第22話 突入(アラン視点)
藤堂伯爵邸に着き、家令に特別捜査令状を見せると、彼は困惑しながらアランたちを中に入れた。
「ここに吸血鬼の気配は感じませんね。ただ、うっすらと腐臭がします」
アランが言うと加賀見が「私は臭いませんが」と首をかしげる。おそらく普通の人間には感じ取れないものなのだろう。
応接間で待っていると扉が開き、当主である藤堂豊がゆっくりと入ってきた。
寝起きという状況を差し引いても、落ちくぼんだ目、こけた頬、青白い肌は、誰が見ても不調な印象だ。
「こんな時間に非常識だと思わないのかね?」
寝衣にガウンを羽織った藤堂は圧のかかった声色で、アランたちを睨む。
彼はやや癖のついた髪をぼりぼりと搔きながら、アランたちの向かいの長椅子にドカッと腰を下ろし、ポケットから小瓶を取り出した。
「申し訳ありません。緊急事態なものでして」
加賀見が頭を下げ、警察手帳を見せる。
その横でアランはすかさず、藤堂が手にしている小瓶を指さした。
「それは、なんですか?」
腐臭は、あきらかにそこから漂っている。だが彼は顔をしかめることもなく、蓋を開けると、うまそうに喉を鳴らして飲む。
「これは我が藤堂家の傘下である
藤堂はにやりと笑ったが、その
「早速ですが、我々がここへ来た目的をお話します。現在、帝都で起こっている女性の連続失踪事件の捜査を進めているのですが、藤堂さんが何らかの関わりがあるとの情報を得まして、この邸や別邸を捜索させていただきたいのです」
「こんな夜中にか?」
藤堂は顔をしかめた。
「女性がまた一人かどわかされたのです。新たな犠牲者が出る前になんとか救出したいのです。もし無関係だとおっしゃるなら、調べさせてもらってもよろしいでしょう? すでに令状は出ています」
加賀見は、一枚の用紙をテーブルの上に置いてみせた。
「……内務省? 警察ではないのか?」
藤堂は、再び小瓶の蓋を開け、薬液を口にする。
「我が家を敵に回せば、警察でもただでは済まんぞ」
「脅迫には屈しませんよ」
加賀見がムッと口をへの字に曲げる。
その時、アランが深いため息をついた。
「時間がないと言っているんですよ」
彼の視線が鋭く藤堂を貫く。怒りを孕んだ瞳は冷たく光り、口元は引き結ばれていた。
涼しい表情をしているのに、全身から発せられる凍りつくような威圧感に、藤堂も加賀見も息を呑む。
「その液体、飲み続ければ死に至ります」
アランの指摘に藤堂はハッとしたように喉元に手を当てる。
「は? 何を言っているんだ、お前はっ」
藤堂はつい反応してしまったのが悔しかったのか、声を荒らげた。
「私は医者です。本当にそれを飲んで体が回復しているとでもお思いですか? 先ほどから脂汗をひどくかいています、それに手の震えも。夜は本当に眠れていますか?」
「それは――」
矢継ぎ早に指摘されて、藤堂は自身の手を反対の手で押さえる。
「その液体の中には吸血鬼の血が混じっています。一時的に身体機能が向上したとしても、その反動で細胞は死滅していきますよ」
アランは冷ややかに告げた。
「き、吸血鬼だと? なんだ、それは。医者のくせに馬鹿なことを言うな!」
「それを提供している男がいるはずです」
再び藤堂を睨むと、彼は頬をひきつらせた。
「いい加減なことを……この薬の開発にはな、莫大な資金を投じているんだぞ!」
藤堂は再び小瓶の蓋を開ける。
「それが最後の一口かもしれませんね」
その言葉に藤堂は手を止め、不安げにアランの顔を見つめる。
「そんなこと……あるわけが……」
小瓶を握りしめている手が小刻み震え、藤堂の顔色が一瞬にして青ざめた。額には脂汗が浮き、浅い呼吸に肩を上下させる。
「男はどこです?」
アランの質問に、藤堂は無言のまま目を見開き、小瓶を握る手がさらに震えだした。
「あいつは……ディルクは、いい儲け話があると……持ち掛けてきたんだ。西洋にしか出回っていない貴重なハーブを育て、独占的に薬として売り出そうと……」
それが成功したと思えば、と藤堂はこめかみに筋を立て、小瓶を床に投げつける。
「ディルクというのですか。その男はどこに?」
加賀見が厳しい声で問い
「わ、私は……知らなかったんだ! ただ……いい話だと思って乗っただけで! まさか、こんなことになるとは……」
「あなたは騙されたつもりかもしれませんが、事実は何も変わりませんよ。ディルクの手を借り、危険な薬を広める手助けをしただけでなく、罪のない女性を犠牲にしたのです」
加賀見の言葉に藤堂は、しばらく迷うように口を閉ざしていたが、やがて震える声で吐き出した。
「…目白台にある別邸だ。帝都の外れにある……そこで薬の開発をしている」
藤堂は完全に崩れ落ちたように長椅子に沈み込んだ。
「私は……悪くない。騙されていただけで……」
藤堂は肩を揺するながら、薄ら笑いを浮かべる。
アランはその様子を無表情で見下ろしながらも、すぐに加賀見に向き直った。
「急ぎましょう、加賀見さん」
「ええ。すぐに別動隊に指示を送り合流させます」
アランたちは本邸を後にし、柳の運転する車で藤堂の言っていた別邸に到着した。
月光に照らされた邸は、不気味なほど静まり返っていた。
しかし、鉄扉を開けた途端に、突然、闇の中から人の形をした不気味な影がいくつもが姿を現した。彼らは薄暗い影の中から次々と浮かび上がり、無言でアランたちを取り囲む。
「うぇっ、なんすか、こいつら!?
柳が顔をひきつらせ、加賀見にしがみつく勢いで身を寄せる。
「もとは土くれでしょうが、ディルクの血で使役されている手下のようです」
アランが冷静に答える。
「それを聞いて安心しました」
飛びかかってきた影に素早く反応した加賀見は、腰にさげていたホルダーから拳銃を抜いて躊躇いなく引き金を引いた。
頭部を被弾した手下は、うめき声一つ上げずにぼろぼろと土の塊に戻る。
「いい物をお持ちなんですね、加賀見さん」
別の方向からやってきた手下をナイフで一掃したアランが、感心したように眉を上げた。
「今回の事件を受けて作らせた純銀製の弾ですよ。上層部がケチったせいで数は少ないですがね」
加賀見は肩をすくめた。
「加賀見さんの必中があれば問題ないっすよ! ここは俺らに任せて先にいってください! 今夜が満月でよかったすよ、影がくっきり見えるんで」
柳がディルクの手下の影を踏み、動きを止めると、その隙に他の捜査隊員が炎を生み出したり、風の刃をいくつも作りだしたりして影たちを斬っていく。
手下たちは、長身で不気味な雰囲気を漂わせ、眼差しは冷たく、肉体は強靭でありながら、どこか異様な印象を与えていた。肌は青白く、瞳は赤く光り、まるで生気を失った存在であるかのようだ。
だがいくら攻撃しても続々と土の中から湧き出してくる。どうやら銀が含まれているものでなければ完全に消滅させることは不可能なようだ。
「主であるディルクを倒すしかないようです!」
四方八方から影の手が伸びてくるが、アランは純銀ナイフで道を切り開いていく。
その時、邸内のどこかで硝子が割れるような音が耳に届いた。
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