第21話 後悔(アラン視点)
異質な気配に気がつき、和館へ急いだ時にはすでに紗由の姿はなかった。
(はっきり言って、俺の落ち度でしかない)
アランは、胸の奥に湧き上がる苛立ちと焦りを抑えきれず、拳を強く握りしめる。
半吸血鬼であることを告白した時、彼女はアランを信じ、受け入れてくれた。それが、自分にとってどれほど救いだったか──それゆえ安心感に浸りすぎていたのかもしれない。
(守ると決めたはずの紗由さんを、俺は守りきれなかった)
油断では済まされない、自分の甘さが許せない。
静まり返った客間を確認した時、指輪を入れていた箱が空のまま置いてあった。それなら彼女は言われた通りに指輪をつけてくれたのだろう。ならば、一度は相手を怯ませることはできるはずだ。
(父が母を守ろうとしたように……)
残念ながら、あれは術者が命を落とすと効果が消える。母は、父が
父は純血の吸血鬼だったが、特別な存在である母と出会ってからは、血の衝動が嘘のようになくなったと話していた。
それでも人間から見れば化け物は化け物、いつ襲われるかわからないと闇雲におびえる彼らは、
父が直道に自分を預け、姿を消した日のことは忘れないだろう。直道は「うちの子になるといい」と言って日本に連れてきてくれた。
この国には吸血鬼も、吸血鬼狩りもいない、そう思っていたのに――。
「……い、……先生? ブラックウッド先生、大丈夫ですか?」
加賀見の低い声が、張り詰めた居室の空気の中で響き、彼の意識を過去から引き戻した。
「……ええ、すみません」
アランは顔を上げ、深く息を吐く。
事態は一刻を争う、後悔している暇などないのだ。
紗由を攫ったのは十中八九、美鈴を襲った吸血鬼で間違いないと踏んでいる。だが、今回なぜ紗由を狙ったのかがわからない。
今までのやり方なら、藤堂家の者を介して犯行に及ぶはずではなかったのか。
「何かわかりましたか?」
紗由が攫われてすぐにアランは加賀見へ連絡し、彼に部下を連れて現場検証にやってきてもらったのだ。
「妙な気配は感じますが、行方に繋がる手がかりはありませんでした」
アランの向かいの長椅子に腰かけた加賀見は、頭を掻いた。本来なら休んでいる時間だったのだろう、
「ただ、一つ気になることが。実は行方不明届が出ている女性がもう一人いるのですよ」
加賀見は懐から煙草を取り出そうとし、テーブルの上に灰皿がないことを見てから、諦めたようにひっこめた。
「もう一人?」
アランは眉をひそめる。
「篠田千代子さんという方です。篠田紗由さんの従姉だそうですが、お会いしたことは?」
加賀見に聞かれて、アランは首を横に振る。
探偵に調べさせていたので、名前だけは知っていたが、まさかここで再び耳にするとは思っていなかった。
「我々は、千代子さんの行方不明になった日の足取りを追いました。すると彼女はこの近所の住人に目撃されていたのです。それから、友人たちの証言で藤堂朔太郎と交際していると――」
「なぜ、この近所に?」
「さあ。それはわかりません。紗由さんが教えた可能性は? あちらの両親は紗由さんが嫌がらせのために娘を監禁しているのではと、怒っていましたが……」
加賀見はそこまで言って口をつぐみ、ひきつった笑みを浮かべた。
「私を睨まないでくださいよ。あくまで向こうの言い分です。私だって紗由さんがそんな女性には見えな――」
再び、加賀見が目を剥く。
「そういえば、勝手に家にお邪魔したそうですね?」
ふつふつと怒りを湛えた目を向けると、加賀見はますます困ったような表情になり、まあまあと適当な調子でこちらをなだめてきた。
「この二つの行方不明事件は繋がっていると思うんです。おそらく鍵は藤堂伯爵家に。当主である豊と息子の朔太郎。捜査班によれば、近頃周囲から豊かの様子がおかしいとの噂があります。しかも、違法薬の密売が藤堂家の関係者を通じて行われているという話も浮上していて。そこで――」
加賀見は少し間を置き、ため息をついた。
ドタドタと大急ぎで廊下をやってくる足音がする。
「加賀見さん~! 特別捜査令状もらってきたっすよ。めちゃくちゃ渋い顔されたけど、犠牲者が出たら一生恨んでやるって脅したら出してくれたっす」
あっけらかんとした様子で居室に入ってきたのは、加賀見の部下の柳という男だ。アランの影を踏み、動きを封じる能力を持つ男。
「上層部を脅すな、阿呆。後から尻拭いするこっちの身になれ」
加賀見は一枚の用紙を受け取るなり、ジロリと部下を睨む。
「すんません。でもこれで藤堂の本邸、別邸、関係する場所どこでも捜査に入れるっすよ!」
柳は手柄を褒めてくれと言わんばかりに胸を張った。
「何か見つかればいいがな。何もなかった場合は、お叱り程度じゃ済まないかもしれん」
加賀見の言葉に、柳はあからさまに嫌な顔をする。
「ではまずは本邸からだ。行くぞ、柳」
「待ってください。私も一緒に行きます!」
立ちあがった加賀見に追従するように、アランも腰を上げる。
「相手が人間でないのなら、あなた方の力だけでは太刀打ちできないでしょう」
アランはまっすぐに加賀見を見据えた。
「お医者さんが出る幕ではありませんよ?」
加賀見が肩越しに振り返る。
「足手まといにはならないとお約束します。私の体にも半分吸血鬼の血が流れていますから」
アランがそう言い切ると、加賀見が眉を上げ、目を瞠る。
「……いいのですか、そんな大事な秘密を軽々と口にして?」
「かまいません。一番わかってほしい相手には、すでに話しましたから」
自分でも驚くほど、簡単に言葉が出てきた。しかし真実を明かした方が今は得策だと思ったのだ。
加賀見たちがいくら特殊な能力を持っていたとしても、戦力は少しでも多い方がいいと考えるはずだからだ。
半吸血鬼と聞いて、彼らが自分のことを信頼してくれれば、の話だが。
後のことはどうなってもいい。
ふっと口角を上げ、アランは躊躇いなく歩き出した。
紗由は必ずこの手で、取り返す――。
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