大正淡恋(あわこい)裏話

 書店で初めて紗由に出会った時、自分の夢を語る彼女の様子がかわいらしくて目が離せなかった。


 アランを前にした女性はだいたい外国人というだけで忌避するか、蒐集コレクションの一つとしてそばに置きたいと目の色を変える者が多い。紗由はそのどちらでもなかった。彼女が嬉しそうにすると微かに香る、なんともいえない甘い匂いに惹かれたのもある。


 紗由が家にやってきてから、自身の体調が安定しているのも彼女のおかげだとしか思えない。彼女の笑顔をもっと見たくて外出デートに誘ったのだが、生真面目な紗由は勉強のためとしか思っていないようだ。そんな素朴で純真なところにまた心が動かされる。



 準備を済ませて彼女がいる和館の客間を訪れたアランは、目の前に立つ紗由に一瞬言葉を失った。


 普段の清楚で控えめな姿とは一変し、彼女の装いは華やかでありながらもどこか品のある落ち着きを感じさせていた。


 着物は普段着ているものだが、薄く化粧をしているので、きめ細かい肌は透明感を増し、上品に引かれた眉の線が少し大人びた印象を与える。唇には鮮やかな紅をのせ、艶やかな雰囲気と可憐な表情とが絶妙に調和していた。


 髪には優しい生成色のリボンが飾られており、そのリボンが彼女の顔周りに可憐さと遊び心を加えている。髪型もいつもより少しだけ手が込んでおり、緩やかにまとめられた髪からこぼれ落ちる数本の柔らかな髪が、何とも言えない愛らしさを引き立てていた。


 アランは、口元にわずかな笑みを浮かべながら彼女を見つめる。心の奥で、彼女の成長や彼との親密さが増したことを感じ取りつつも、その美しさに胸が高鳴るのを止められなかった。


「とても素敵だ。可憐で愛らしい花の精のようだよ」

 彼女の見事な装いに驚きつつも、ここで慌てたら男として格好がつかないと自分に言い聞かせ、なんとかスマートに彼女を褒めたたえることができた。


 この国では人前で手を繋ぐことは美とされない。せめて家を出るまではと紗由に手を差し伸べれば、おずおずと細く小さな手が重ねられた。


 その指先を軽く握りながら、ここに揃いの指輪があれば、なおいいのにと彼は密かに微笑む。


 いつかを知られて、この手が振り払われてしまうかもしれないとしても、今は、今だけはこの楽しいひと時を胸に深く刻んでおこう。

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