moonlight11(永香)

 乱暴に押し倒された。






 熱く大きく脈打つ場所が、俺のそれと重なった。振動が伝わり、互いの動きは止まっているのに刺激がさらに膨張させる。


 呻いたのは同時だった。淡い感触に辛抱ができず、慣れてしまった行為に移りたくて震える。


 肩に回そうとした手を捕らえられ、枕に杭を刺すよう押さえつけられた。



「あっ…………」

「まだ触るな」



 耳に寄せられた深い声が、キスもせずに息だけ当てる。荒かった。咳込むんじゃないかと心配で、顔色を探る。まだ目しか見えない。


 気持ち悪いからですかと尋ねた。いつものように皮肉な笑いで応えるに違いない。



 ぜひそうしてくれ。安心するから。






「俺の理性を試したいのか」






 真剣だった。叱られた猫のようになる。繰り返しだ。過去の夢に舞い戻ったみたいに。


 俺と言うのを一度だけ聞いたことがある。自分を馬鹿だと言った。彼のような男が口にしていい言葉ではなかった。



 馬鹿なのは俺ですというと、そうだと答えた。



 ぐっと下半身に力が入る。胸も腕も足も顔も、どこも触れ合わずその場所だけが。


 細腕で拘束されて、跨がる男の股間だけが存在を主張している。こんなのは初めてだった。自分が知ってるほとんどのことは二人で試したのに、こんなことは。



「な……んで」

「君が私を煽るからだ」

「あ」



 さっきの言葉について聞きたい。それなのに、軽く擦り合わされただけで他のことはもう考えられない。


 両腕が使えないのは男も同じなのだ。なんとか動きたくて片膝を立てれようとすれば、相手の膝に阻まれる。



「苦し、い。して」

「駄目だ」

「……させて」



 だめだ、と再度腰をうごめかす。少しの動作で敏感な表皮が悲鳴をあげた。


 これはなんだ?男とした数々のセックスや、他の誰かと寝た時に感じたことのない疼きが湧き起こる。


 一度じゃなく、二度、三度と強弱をつけて身体を上下させる。擦れる箇所は僅かで、それに伴う快楽もまた淡いものだった。




 こんなのじゃ足りない。


 もっと確かめて、


 理性を無くして、


 早く終わって抱き合って。


 それでいいのに。




 そうすれば、男がいなくなっても諦められる。また手の届かぬ遠くに消えても、俺は俺でいられるのに。



「ん……!ぁ」

「集中しなさい」

「できない。嫌だ、織田切さ」

「最中に他のことを考えるな」



 叱咤と共に、動きは弱まった。自分で動こうと縫い付けられた手を外そうとしたり、顎を振るうがどうにもならない。


 されるがままだ。なぜこんなに力が強いんだ。俺のほうが普段はもっと。


 足首が小刻みに揺れるのを止められなかった。きゅうと指が縮こまる。腰の力を抜くと、それでいいというように、また擦り合わさった。


 直接の刺激はない。男も辛いはずなのだ。女の構造と違って弱い感覚のその器官が、小さな感覚で満足するはずがない。



「焦らさないでくれ」



 男の顔を確かめたい。暗闇に慣れてきたのに、遠くてわからない。もっと近くへ来てくれと叫んだ。


 口腔に弾力のある舌が分け入ってくる。吸い付こうとするとすぐ離れ、出ていった。



「いや、だ」

「言うことはそれじゃない」

「欲しい!」

「違うだろう――――」



 頭が痺れて、まともに働かなかった。前戯とも呼べないような行為で、息を切らしている。それは男も同じだった。


 腰を浮かすと、さっと離れる。不意打ちのように当てられ、俺のものは先走りで濡れていた。



「あっ、ああっ」

「どれくらい感じてる」

「あ。すご、く」

「今日じゃない。他の日だ」



 そんなの知るかと言いたかった。


 何日も溜まりに溜まって、吐き出したくて仕方ない日もある。それでも一度も他の男と寝たりはしてない。


 さみしい処理には男が送ってきたメールや電話のバイブ機能を使った。股間の向こうで男が喋るのは、現実より機械越しのほうが多い。


 誰も知らなかった。男もだ。声が遠いと言われても、何食わぬ顔で自分の身体を弄った。俺は若いころのほうが淡泊だった。


 義務か利害か手軽だからという理由でしか寝たことがない。



「言いなさい」

「いつも、いつもっ」

「さあ」

「いつもアンタは――――!」

「憎らしいふりをしても駄目だ。私にはわかる」



 じゃあ、と唇を動かした。また熱い粘膜に包まれる。


 なんと言えばいいんだ?これが本当の俺なんだ。欲しいといつも思ってる。男がいつ別れると言っても耐えられるように、醜態をさらさないように訓練までしてる。


 今この瞬間さえも。上も下も男を感じ、体内には満たされぬ欲望が渦巻いているのだとしても。



「あんた俺に何を言わせたいんだ。俺は……俺は!」






 もうずっと前から、あんただけのものだったのに。






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