moonlight12(永香)
苦しくて喘ぐしかなかった。
執拗なやり方に苛立ち、優しくしてくれと言いそうになる。自分から優しさを捨ててくれと望んだのも忘れて。
目の前に揺れるものが何かを思い出した。
「なんで、首にかけるんだ」
「――――指にしてほしいのか?」
うんと頷いた。
この人は俺のだ。今だけでもいい。聞いた言葉が本心でなく、俺を騙して宥めるものであってもいい。
わかってる。指輪の跡をつければ会社でなんと言われるか。それでも大丈夫だ、どうせすぐに取ることができる。
俺の心をどう読んだのか、彼は掴んでいた手を離した。そっと身体を持ち上げ、指を後ろに回す。
座る背中に抱き着いた。
「どうした」
「別にどうもしない」
「よければ外してくれ。年を取ると首が回らなくて、つけるのにも苦労した」
盛った猫みたいに疼いて仕方ない。それでも暗闇に慣れた目で、光る鎖を手探りで外した。
どちらでも好きにしろ、と手を出してくる。俺は無視して、指輪を自分の左手に嵌めた。
「おい」
「くそ。あんた細すぎる」
俺の薬指では入らない。諦めてピンキーリングにしてしまうか、と思ったが鎖を思い出して首にかける。
どうして、と問いかける相手の身体を引き寄せた。もう疲れる前に済ましてしまわなくては。
「これで最後にしよう。織田切さん」
何も言わなかった。
おい、今だろう。何か言えよ。
「いいんだ。これは俺が貰うから。それでいいから」
ずっとって、いつからだった?俺はどこかで知っていたんだ。あんたの家族を壊したのは、俺かもしれないってことを。
望んじゃいなかった。欲しかったのは本当だが。そばにいれたら有能な部下でも、義理の息子でも、それで。
――――あんたが幸せでいてくれたら、俺はそれでよかった。
「ちゃんと抱いてください」
一度でいい。それ以上もう望まない。店も閉めて、どこか遠くで、誰も知らない所に行くから。
野良猫暮らしに戻るだけだ。
元はそうしてたんだ。忘れられる。そうしなきゃいけない。俺に将来なんか誓っちゃいけないんだ。
彼に相応しいのは、綺麗な奥さんと、よくできた娘と、明るい家族なんだから。それが理想としてきた俺のあんたなんだから。
男が立ち上がるのがわかった。行ってしまう。
俺に呆れて、付き合いきれなくて行ってしまう。
ほら、終幕はいつ訪れるかわからない。本なら次のページまで後どれくらいかわかるのに、この先は自分次第。
俺は自分で幕を下ろした。
次のお茶会はやって来ない。アリスは来るだろう。ウサギはどうかな。女王さまはいつだって彼の特別だ。
俺は呼ばれない。木の上で寝るよ。
ベッドに俯せると、カーテンを開ける音がした。
綺麗な身体の男が立ってる。まだ求めてくれるだろうか。お茶を注ぎこんでくれるだろうか。
喉が渇いて声も出ない。目から溢れても飲めやしないのに。
「遼太郎」
初めてだった。最初で最後だ。チェシャ猫にだって名前はあるんだ。
嗚咽を殺して下を向く。惨めだった。それでも言った。
「抱いてくれよ!」
枕を叩く。駄々っ子みたいだとわかっていた。色気や駆け引きやほかの何もかも通じないなら、俺は俺でいるしかない。
この人にしがみつきさえしない方法があるなら、ずっと木の上に縛りあげてくれていいんだ。
「織田切さん、あんたを忘れさせて。今夜だけでいいから。もうなにもいらない、あんたの心も、人生も、なにも望まないから」
――――体だけでいいから、あんたでいっぱいにしてくれ。
暗闇でゆっくりやれと言ったくせに、俺を手だけで押さえつけた。その力で、全部で俺を壊してくれ。
諦められる。今度こそ諦められるから。
「こっちにおいで」
顔があげられない。ズキズキいってる所を擦らないように、枕とシーツを掴んで立ち上がる。
部屋全体が明るかった。カーテンひとつ開けるだけで、こんなに明るいのだ。月夜であることを確かめる勇気はない。
部屋の隅の何もないところに、男の足が見えた。枕を落とす。一個じゃ足りるわけないと、取りに戻ろうとした腰をさらわれた。
床に倒れこむ。横向きになって、顔は肘で隠した。膝を折って小さくなる。こんな体だ。可愛い大きさじゃない。どうしてなんだ。
「どう抱いて欲しい」
あ、と声が漏れた。男が触ったのは俺が隠してる部分ではなく、足のつけねだ。太ももに添うようにして、右の尻を撫でた。
床に臥せそうになると、表を向かそうとする。いやだ。月のせいでどんな顔をしてるかわかってしまう。
肩に口づけられ、トロリとしたものが塗り付けられた。ゆっくり円を描いて、分け目の部分を指が何度も撫でる。
先が分け入って押さえただけで、堪らなく甘美なものが駆けた。
「あっ、あ」
「自分でしてたのか」
知ってるだろう、と思った。しなやかにとはいかない。それでも腰をくねらすと、指がくぷと挿入る。
寝ている間に娘にマニュキアを塗られたことがあるくらい、綺麗な爪だった。それが今はつまれてる。あの頃はまだ付き合って間がなくて、今思えば女王さまの所有の証だったのかもしれない。
彼女にも相手ができた。結婚したら、彼には孫が生まれるのだ。その相手に、男の恋人なんておかしいじゃないか。
「余裕だな」
「そ、んなこと」
他になにもないのか。それでもいい。ほかのことは全部試した。あんただけ挿れてほしい。
数十秒でもいい。一瞬でも。果てられなくても。スキン越しに肉壁を犯してくれたら。
「あ?」
双丘を指が分け、入口だか出口だかその両方に生暖かいものが触れた。ぴちゃりと舐めてくる。
俺は慌てた。それはやめてくれ。あんたを汚したくない。
「ん。や、あっ!」
怯んで腰を前に突き出すと、仕事のなくなった指が俺を掴んだ。
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