月並みのラブソング番外2(ケロ幕)

 イヤこれは、と気まずそうな声が頭の上からしてくる。たまたまとか何とか言い訳を重ねているが、こいつのいじらしい演出に決まっている。そうでなければこんなに照れたりするものか。

まだ柔軟剤は香っていた。むしろ体温で温められてはっきりとした芳香をただよわせている。他人の股間でまどろむのもどうかと思ったが抗えなかった。ふんわりした清潔で優しく甘い香りを吸い込んで、俺はズボンを放り捨てた奴の腰に抱きつく。だが数秒だった。俺のピュアホワイトブーケ……と幸せに浸っていた首根っこをむんずと掴まれ、Tシャツを上から剥ぎ取られたのである。勢いでバンザイというか降参のポーズになってしまった俺に、奴はこっちだけ裸にしとくつもりかと低い声で唸った。

 慌てて下のジャージを下着ごと床に落としている間に奴はフローラルなパンツをどこかへやってしまった。あぁ勿体無い、という呟きは黙殺された。

 ビニール袋から、ゴムを一つとゼリーのチューブを取り出す。すぐにでも使えるように開封済みだ。使用済みではないが。

 出し惜しみはせず右手の指にたっぷりゼリーを塗りたくって、仰向けに寝転んでいる奴の脚の間へもぐりこませた。冷たかったのか、びく、と腰の辺りが緊張する。やっとさぐりあてた穴は、きつく閉じていた。ちゃんとほぐして濡らさないとひどく辛いらしいから、人差し指から始めようと思っているのに全然上手くいかない。始めにどれだけ強く押し入っていいものかわからないのだ。奴のパンツ攻撃に昂って、前が切羽詰っているからいまいち集中できないというのもある。

 窄まった襞の一つ一つを、居た堪れない表情ながらもしばらくは大人しく撫でられていた奴が、とうとう焦れて起き上がった。その時の溜息は呆れからだったに違いないのだが、それすらも俺にはなんだか色っぽく聞こえてしまって、むくりと愚息が大きくなる。

 一度、出しておけよ。

 奴が膝立ちになり正面へ迫ってくる。前から抱き合う形になって、股間が擦れあった。

 その方が余裕もできるだろうし、俺もやられっぱなしは嫌だからな。

 ぐっと急所を握りこまれて背筋が跳ねる。そのまま犬のように腰を振ってしまいたいほどのところだったが堪えて、悪いなとだけ苦笑しておいた。今更だろうと笑われる。奴の手に擦り上げられるまま、すぐに先走りを零し始めた俺のものは任せて、俺は目の前の奴の腰に手を回した。やっぱり尻は小振りだ。両手で揉みこむようにするとすっかり手の平におさまってしまう。体勢が変わったからか、撫でていたことでようやくほぐれてきたのか、人差し指が第一間接までもぐりこんだ。

 ただ尻は小さくても、前についているものはそれほど可愛いサイズというわけでもない。俺たちの間で特に興奮の兆しも見せずだらりとしているそれを見た感想だ。当たり前だが、後ろは気持ちよくないのだろう。いやこれで喘がれても困る。既に後ろで感じられるなんて、その味を教えた男に俺は嫉妬どころじゃすまない。

 逆に、俺のほうは奴の手で限界まで煽られ、爆発寸前だった。また俺をこすってくれているのがこいつだと思うと、二倍クるのだ。生理的に腰も揺れてしまっている。なんとか根元まで埋めた人差し指をうごめかせながら、俺は断りもできずにイッてしまった。

 うぁ、と情けない喘ぎ声が勝手に出てくる。入り口付近でもぞつかせていた中指を、思わず突き立てた。気持ちの良さにチカチカする目を薄く開けて前を見ると、奴は苦しげな顔をしていた。だが俺と同じように息が荒い。俺のを弄りながら高揚してくれたのか?

 俺が発射した白濁は、奴の脚の間を濡らしていた。べったりと俺の精を股間に浴びて、呼吸を荒げている姿に、俺は床へ投げ飛ばされた時以上の衝撃を受けた。

 なんかもう、完全にホモだな、と自嘲気味の笑いを浮かべる奴をうつぶせに肩から押さえつけ、ベッドに倒す。ホモだってなんだっていいだろ、と答えた俺の声は、怒っているようにも聞こえたかもしれない。本当に今さっき出したばかりだというのに、また勃ちかかっていた。

 いつのまにか二本の指が入り込んでいたところへ、ゼリーを足しながら薬指も捻じ込んでゆく。右手には重要な仕事があるのでほぐすのを続行しながら、左手で自分のものをさすりゴムをかぶせた。練習のたまものである。

 三本が比較的楽に出し入れできるようになった瞬間、俺はもう我慢できずに広い背中へのしかかった。固くなったものをこすり付けて、入れていいだろと耳元に囁く。シーツを握り締めて耐えていた奴は、この格好でか、と戸惑ったような声を出した。うつ伏せで腰だけ引き上げられたポーズは確かに恥ずかしいかもしれない。だがこれが一番、人体の構造からして負担の少ない体位だと俺は勉強したのだ。

 未だ入れたままの指で中を広げるようにしながら、俺は答えを待った。奴は俺の説明に納得しかねているようだったが、それでも小さく頷いてくれる。途端に我慢が利かなくなって、いちどきに指を引っこ抜いたそこを両手で割り広げ、自分の先端をくっつけた。

 キツい。体重をかけるようにしながら進んでも、押し戻す力に俺のが折れそうになってしまう。拳を噛み締めて我慢している奴の顔が痛々しかったので、俺は我に返った。

 いったん抜いて、お互いの部分にゼリーを塗る。少しすべりが良くなっただろう。もう一度重なると、奴はびくりと逃げるように腰を引いた。反射的な動きが先ほどの負担の大きさを物語っている。悪いことをしたなと反省しつつ、前で力をなくしているものをゼリーだらけの手で撫でた。

 喘ぎ声が鼻に抜けて、耐える奴の表情が先ほどとは違った色を帯びてくる。だましだまし進めていた腰も、確実にさっきよりは奥へ行った。

 ここさえ入ればどうにかなるから、とカリの部分だけ強引に押し込む。ぐぉっ、と男らしい以外の評価は下せない声を上げて、奴の背中が反った。俺は自分が知っている限りのテクニックを駆使しながら、奴の体を前で宥め続けた。

 これ、いつかの体勢と同じだな、とぼんやり思い出した。あれは俺がちょっと暴走してしまった時で、合意も何もないのに手首なんか縛り上げて無理に触った。でも今は違う。ちゃんとこいつも受け入れてくれて、その証拠に俺は中へ入り込むことを許されているのだから。

 と、思ったらまた感極まってきて前が熱くなってしまった。奴も目を開けた瞬間にイチモツを充血させたから、同じ光景を見て同じことを思い出したのかもしれない。こいつって、実はけっこうマゾっぽいところあるのかな。

 前で感じ始めた奴は、ちゃんと俺の手に導かれて限界寸前まで昂ってくれた。じわじわと押し進めていた腰も、すっかり根元まで埋まっている。これならもう大丈夫、と奴の体を俺は苦労しつつも表に返した。

 きつく嵌まったモノが中でこすれて妙な感触なのだろう。苦しげに呻きながら奴は俺を見る。お互いに息が上がっていた。どちらからともなく唇を合わせた。

またどちらからともなく離れて、至近距離で視線が絡む。俺たちは本当に恋人同士になったんだ、と実感した。

「なぁ、下の名前で呼んでみてくれないか……桂」

 痛みか苦しみか、それとも別の理由でか、涙に曇って朦朧とした瞳がぼんやりと俺を見詰め、意外と素直に頼みに応じた。

「……貞吾」

 しかしそれは、双方に思いがけない羞恥というか居た堪れなさのようなものをもたらした。下の名前で呼び捨てにし合うのは、思いの外恥ずかしい。カァーッと、俺の顔に血が上った。俺を見ている奴も顔どころか耳や首筋まで真っ赤なのが暗くてもわかる。数十秒前までの甘い空気もどこへやら、俺たちは目を合わせたまま、この歳になって何をやっているんだろうという脱力感のようなものに包まれていた。

「や、やっぱ苗字のほうでいいかな。なあ小持」

 仕切りなおして抱き寄せると、すっかり全身から力の抜けてリラックスした腕が、いつもの強さで俺の頭を押し退けた。

「うるさい。そもそも呼ぶ必要なかったろ」

「いやでもイくときぐらい俺を呼んでほしいしさ」

 腰を押し付けると、息を詰めて小持の喉がひくつく。俺はじわじわと律動を開始した。戸惑いをにじませた咎める声に、少しずつ弾んだ吐息が混じってくる。もちろん、それだけでイけないのは知っていたから少しでも悦くなるように前を撫で回しながら俺は腰を打ちつけた。

「う、うっ、ア! 小持ッ!」

 手の甲で口元を庇いながら眉間にしわを寄せている表情を見ていたら俺はあっという間に高まって、ゴムの中にどっと放っていた。さすがに二度も出すと若くもない体は限界に近くて、萎えたものをすぐに抜き取ることができる。俺に触られて勃たせたまま、ずるりと体内を擦られる感触に身悶えしている小持を目にすると、またちょっと疼いたが。

 謝りながら、両膝を掴んで持ち上げた。片膝を立てて腰を支えながら、そそり立つ股間のものに口を寄せる。やめろというのが聞こえたが、このままでは辛いに決まっているので無視して全て飲み込んでやった。嫌悪はない。

「ひッ、ァッ、……お前! ば、かだろ……!」

 髪を引っ張られるのにもかえって興奮した。こんなもん舐めたことはないけれど、どこをどうしたら気持ちいいのか、大体はわかる。べろ、と先端を舌先で撫ぜたら、脚が爪先までぴんと突っ張った。

「ちょ、もう、ア、麻田ぁっ……イ、く!」

 どっと舌の上に苦味が溢れて、俺はそれを飲み下した。くわえたまま吸い付くように飲み込むと、小持の腰が震える。顔を上げて口を拭うと、力ない足の甲に脇腹を蹴られた。

笑って、隣に倒れこむ。顔が近かった。キスをした。苦いと睨まれる。

「風呂は、明日入ろうか」

「別々でな」

 冷たいなあとぼやきつつ疲労感に目蓋が落ちてゆく。口元は笑っていたに違いない。

 目を閉じる寸前に窓から見えた月は、もう欠けていなかった。


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