其の三

「須佐野マキオ」
これが佐藤の調べ上げたマキオの本名だった。

 佐藤は、このマキオの名前を調べ上げるのにどのような手段を使ったのだろうか、そしてそれ以外にもマキオに関するデータが在るという。


マキオと多くの時間を共有したアキオとタケオにとっても、この事は新鮮な驚きとなった。
なにせ、マキオは二人に対して全くと言ってもいいほどプライベートな事は明らかにしていなかったからだ。


アキオは佐藤に対して素朴な疑問をぶつけた。



「しかし佐藤さん、どうやってマキオに関する情報を集める事が出来たんですか?」


当たり前すぎる問いかけだが、今までアキオやタケオが調べようにも解らなかった事実だ。
その問いかけに対して、佐藤の答えはあまりにも簡潔なものだった。


「アキオさん、さっきも言いましたが手がかりは電話番号ですよ」


アキオとタケオの期待の表情に佐藤は続けた。


「電話番号をNTTに問い合わせたんです。方法は簡単な事ですけど、なかなか一般の方には個人データーは教えませんよね」


確かにそうだった。
その逆のパターンならば調べることは容易だ。


ようするに、電話番号を調べることだ。

住所や名前が判明していればそのデーターから電話番号を調べることはNTTもサービスの一環として行っている。


しかし、その逆は難しいのだ。電話番号から個人のデーターを抽出することは容易にはいかない。まさに重要な個人情報であるからだ。
一般人からの問い合わせにはNTTは応じない。




 そのような事はアキオも重々認識している。

その疑問をアキオは佐藤に問いかけた。


「佐藤さんどんな手段を使ったんですか?」


佐藤はニヤリと笑って答えた。


「専門の調査会社を使ったんですよ。私達は仕事がら取引相手の会社の内情を調べることは良くありますからね。その調査に使う会社に依頼したんですよ」


たしかに可能だった。一般からの個人的な問い合わせには情報公開はしないが特定の機関による調査には情報は公開されることもある。


「なるほど。それならば可能ですね」


アキオは納得したようだった。


佐藤の話に沈黙をしていたタケオが口を開いた。
タケオらしい口火の切り方だった。


「佐藤さん、それってスゲー金がかかるんじゃないんですか。」



緊張感に包まれていた場の雰囲気が、そのタケオの一言で和んだ。


「タケオ君、ほんと高かったよ!調査費!」


佐藤は、そう言って笑った。つられてアキオも笑ってしまった。
その、笑いの意味がわからないのはタケオだけのようだった。
タケオは笑う二人を見てあっけにとられている。


「タケオ君、情報ってのはタダじゃないんだよ。特にこの手の情報に関してはね」
タケオにはまだ理解できないようだった。佐藤は続けた。


「たしかに金はかかりましたけど、それなりの情報は得ることが出来ましたよ。名前の他にマキオの住所も解りましたからね」



その言葉にアキオとタケオは驚きの声をあげた。


「佐藤さん!マキオの住所が解ったって言うんですか!マキオの住んでいたところが!」


アキオとタケオにとっては、この事実の方が驚きだった。


二人の驚きに対して佐藤は冷静だった。


「いや、アキオさん。電話番号から調査すれば住所はすぐに解りますよ。なにせ住所が無ければ携帯電話と言えども登録は出来ませんからね」


当然の事だった。住所不定で公的な登録は出来ない。
それに、名前と住所が存在することにより、その人物の実在が証明されるからだ。


この事により、マキオの存在が確認されるのだから。
いくら謎の人物と言えども実際に存在するものとなるのだ。
驚きを隠せないアキオ達に佐藤は質問した。


「アキオさん、たしかに以前マキオの在所は解らないと言ってましたが、こうして住所が確認できた訳ですから、彼は実際に存在していたと言うことですよ。しかし、今まで彼の在所を探ることはしなかったんですか?」


佐藤の問いかけはもっともな事だった。



「佐藤さん。自分たちは何度もマキオの在所は探りましたよ。マキオと別れた後、あいつの後を尾行したことも何度もありますから。しかし、とにかくあいつの後は追えなかったんです。その理由として、まず自分たちがマキオを追えないと言うことです。佐藤さんも知っての通り、あいつの走りは尋常じゃないですから。あの例のマシン、カワサキのGPZ750ターボで町中も凄まじい走りですからね。自分らと連んで走るときはマキオも意識して走りをセーブしてますけど、一人になったときの走りは異常ですよ。しばらくはあいつを追うことは可能なんですけど、必ず見失いますからね。それにもっと凄いのは、その走りにまったく危険なところが無いことなんです。なんて言ったらいいのか、本当に水が流れるような走りなんです.....」


ここまでアキオが話したときにタケオが話を継いだ。


「佐藤さん、ホントにアキオさんの言う通りですよ。何度か自分とアキオさんであいつを追ったことがあるんですけど、二手に分かれて追ってもマキオにはまかれちまいましたからね。それに、あのクルマの間をぬって走るスリヌケは尋常じゃないですよ!あいつ、バイクが入れる隙間があれば躊躇無く凄まじい速度で突っ込みますからね!本当に水が流れるように吸い込まれていくんですよ。あの突っ込みには後を追ってる自分らもビビリますよ!」




アキオがその話を加速させる事実を語った。


「そう言えば、バイク便のライダーが酷い目にあった事があったよなタケオ」


その言葉にタケオが同意して続けた。


「ああ、あのバイク便の件でしょ...」


佐藤は次の言葉を期待した。またもマキオの過去の事実が語られるからだ。


「タケオ君、マキオが何かやったの?」


タケオは薄笑いを浮かべて話を続けた。


「ええ佐藤さん、自分らがマキオの在所を突き止めようと何度か追ったときの事なんですよ。

その日もマキオは例によって凄まじいスピードで市街地を走ってました。

自分らはマキオの在所をどうしても確認したくて後を追ったんです。アキオさんはいつものZ1300でしたけど、その日自分は絶対にマキオにまかれたくなかったんでRZ-Rの350でした。RZRだったら軽いしパワーもあるから、そこそこマキオに付いていけると思ったんです。

多分マキオは自分らが追っているのは気づいてましたよ。付いてこられるなら付いてこいみたいな感じで、いつもより挑発的な走りでしたから。

自分はあいつの姿を見失わない程度の距離を置いてあいつを追いました。あいつの後ろ姿を追ってしばらく走ると前方の信号が赤になるのが見えたんで自分は追いつけると思ったんです。

前を見るとマキオは減速して信号に止まりました。

よく見ると、そのマキオのバイクの前に黄色いボックスを付けたバイクが止まっているのが見えたんです。一目でバイク便のバイクだとわかりました。

マキオはそのバイク便のバイクの横にマシンを並べて信号が青になるのを待ってました。自分も後ろのクルマの影にマシンを止めてマキオの様子を見てました。
後ろから見たバイク便のバイクは東京ナンバーのバイクで、多分長距離配達でこっちに来たバイクなんでしょうね、マシンはヤマハのFZ750でした。
結構走り込んでるような感じで、ミラーなんかもショートでアップハンに変更されたバーハンもショートの正にバイク便スリヌケ仕様って感じです。


後ろで見てると、なにやらライダーはマキオのマシンとマキオに強い関心を持ったようでジッと観察してるのが解りました。

なにせマキオのマシンとマキオの全身は黒づくめで、改造も相当されてますからバイク便ライダーも興味を持ったんでしょうね。

するとバイク便のライダーがヘルメットのシールドを上げて何やらマキオに話しかけているのが見えたんです。後ろで見てるとマキオは、そのバイク便ライダーの話しかけに全く無関心のようでした。


しばらく見ているとバイク便ライダーが無関心のマキオに向かって大声で怒鳴っているのが聞こえてきました。何を言っているのかははっきり聞こえませんでしたけどね。

その時信号が青になってマキオは凄まじい加速でスタートしました。なんか後ろで見てて嫌な予感がしたんですけどね....。


バイク便ライダーのFZもマキオを追うように加速して交差点を直進したんです。自分も思わずノロノロと交差点を発進するクルマをすり抜けてマキオとバイク便のバイクを追ったんです。ヤバイ事が始まったのはこの後なんです...」



タケオの話を黙って聞いていた佐藤は話の続きに生唾を飲み込んだ。

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