其の二

佐藤がアキオの事務所を訪れるのは久々だった。



 アキオの事務所を訪れたのは数ヶ月前が最後、佐藤の制作した問題の作品「バイカーズロード」の最終回「神話」をダビングしたテープを届けたのが最後だった。



この最終回は少なからず波紋を呼んだ。


視聴者からは賛否両論の意見が佐藤の主宰する制作会社にも寄せられた。


「個人的な趣味で、最終回を独占するな!」


「番組の言いたいことが解らない!」


等々の批判的な投書は当然あった。しかし、意外な投書も少なからずあった事に佐藤は驚いた。


それは、マキオに関する強い関心と消息を問い合わせる内容だった。


「マキオにいつ会ったのか?」


「マキオの消息を知らせてくれ。」


と言った類の投書が寄せられていたのだ。


その内容から察するに、それらの投書の主はマキオと過去に何らかの接触があった者からの問い合わせであることが推察できた。



その内容もはっきりと二分していることに佐藤は強い興味を持った。


ひとつは完全にマキオに対して敵意を持っている連中だった。


それも、個人ではない。
あきらかに、ある一定の集団がマキオに対して敵意を持っていることが浮上してきた。


それらの投書の文面には、明らかに脅迫めいたものも含まれていたのだ。
そしてマキオを取り上げたことに対して、マキオだけでなく制作側の佐藤に対しても脅迫じみた内容ともなっていた。




そして、もう一方の連中である。


この連中の文面も、佐藤には理解できないものだった。


「マキオさんの消息を教えてください!」


「マキオさんとの最後の接触の状況を教えてください!」


それらの文面に共通するのは、まさに懇願するごとき文面、もっとくだけて言うのならばマキオに対する恋文とも言うような文面なのだ。


ある種の宗教的信者からの文章のような内容、まるでマキオ信者のような文面に佐藤は困惑した。



一方は、マキオに対する敵対心、憎しみともとれる一派。
そして、もう一方はマキオに心酔する信者のような一派。
このはっきりと二極分化したマキオ像に佐藤はますます強い興味を覚えていた。


この不可思議な状況を解明するためにもアキオに会わなくてはいけない。


そして、アキオからマキオの過去の事を全て聞き出さなくてはならないと佐藤は心に決めていた。




 アキオの事務所のあるマンションは街の雑踏とは無縁の閑静な郊外にある。


佐藤は、ここを訪れるたびにアキオの環境が羨ましく思えていた。


<俺も、こんな静かなところで仕事がしたいものだ...>


佐藤の制作会社は数十人の大所帯で、いつも時間に追われた仕事をしている。

そして毎日がオンエアー日程とのせめぎ合いの日々だった。


そんな中では、良い番組企画の構想も浮かびはしない。


「バイカーズロード」に一時の区切りを付けた理由のひとつは、そんなところにもあった。


<とりあえず区切りを付けて、次の構想を練ろう>


そう考えて、最終回の作品に「バイク人物伝」としてマキオを取り上げたのだったが、それは区切りになるどころでの展開ではなくなってきそうな気配だった。


マキオを取り上げたことが、今や少なからずの波紋を広げつつあるのだから。



アキオの部屋をノックすると、少しの間をおいてドアが開き懐かしい声が返ってきた。


「おお!佐藤さんお久しぶりです!お待ちしてました」


その厳つい風貌とは裏腹に、いつもの温厚な言葉に佐藤は安心感を覚えた。


「どうも、アキオさんご無沙汰してます」


アキオは佐藤を部屋に招き入れながらタケオの在宅も伝えた。


「佐藤さん、タケオも来てますよ!」


佐藤は意外なタケオとの再会に驚いた。

タケオとは、あのマキオ失踪の時以来、再会の機会がなかったからだ。



 アキオに招かれて部屋にはいると、そこに懐かしいタケオの顔が見えた。


「佐藤さん!本当にお久しぶりです!ご無沙汰してすみません!」


佐藤が話しかける間もなくタケオは佐藤との再会を喜んでいた。


「タケオ君も居たのか!いや~本当に久しぶり!こちらこそあの日以来ご無沙汰してしまって。元気にしてた?」


久しぶりに再会したタケオは、本当に嬉しそうだった。


「佐藤さんが今日いらっしゃると言うのでタケオにも声をかけておいたんですよ」
アキオも久々に3人が顔を合わせたことが嬉しそうであった。



アキオに席を勧められて腰を落ち着けると、アキオは高山の近況を佐藤に聞いてきた。タケオも同意したような顔つきで佐藤の言葉を待っている。


やはり、二人ともその後の高山のことが気がかりだったのだろう。


「高山君は相変わらず元気ですよ。それにレースのほうも順調ですよ」


佐藤は、その後の高山の事、そしてマキオとのバトル後に行われた全日本選手権での様子を事細かに二人に報告した。
そして、その全日本における高山の鬼神のごとくの走りが、マキオの影響下に在ったことも佐藤は話したのだ。


アキオとタケオは佐藤の話が終わった後も沈黙していた。


<二人にもあの時の状況が強烈に刻み込まれているのだ>

そう佐藤は感じてた。


しばらくの沈黙の後、最初に声を発したのはタケオだった。


「マキオは化け物だ. . .」


ボソリと発したその声は、まるで独り言のようだった。


佐藤も、その言葉に同調するように高山の言った言葉を伝えた。


「高山君も<あいつは人間じゃない...>て言ってたよタケオ君」


タケオは、うつむいていた顔を上げ佐藤を見つめて言った。


「佐藤さん。あいつ変なところだらけだったでしょ?」


タケオにしみじみとそう言われても佐藤はどう答えていいか解らなかった。


なにせ、マキオと会った時間と言ったら佐藤にとっては、たったの2日間の内の数時間だけなのだから。


逆に言えば佐藤にとってのマキオは、不可思議で変なところだらけの存在とも言える。
その謎を解くために、今こうしてここに居るのだと佐藤は思った。


「その変なところを全て聞きたいんだよタケオ君!」



佐藤の問いかけにアキオが答えた。


「佐藤さん。今日は時間あるんですか?」



アキオの問いかけに佐藤は期待した。

<そのために俺は今日来たんだ>


「アキオさん、もちろんですよ!今日、僕はそのために来たんですから。僕にとっての謎だらけのマキオの過去のことを聞くために!」


アキオは解ったと言った表情で佐藤に答えた。


「解りました。だからタケオも今日呼んだんです。マキオは自分には見せない顔もタケオにも見せていたようですから、彼の話を聞く事で多分全てとは言えないでしょうけれどもマキオの事が見えてくると思いますよ」


そう言ってアキオはタケオを見た。


タケオはうつむきながら首を縦に振った。


マキオが失踪した今でも、まだタケオは何か怯えているようだった。
それが佐藤には妙に不気味に感じた。


<未だにタケオはマキオに怯えているのか?その原因はいったい何なんだ?
今日は全て聞き出さなくては...>



「ところで佐藤さん。この前の電話でマキオのフルネームが解ったと言ってましたよね。本当なんですか?!」


その言葉に沈黙してうつむいていたタケオも、ハッとして佐藤の顔を見つめた。
「ええ本当ですアキオさん...」


アキオとタケオは佐藤の次の言葉を期待した。


「マキオの名前、調べることが出来ましたよ」



 ふたりが佐藤の次の言葉を期待と不安で待つのが佐藤には強く感じた。


それはマキオの本名を知りたいという好奇心と、知ってしまってマキオに対する神秘感が薄れてしまうと言う不安感が一緒になったものだと佐藤は感じた。

それはマキオを調べた結果報告を佐藤が聞いたときにも感じた気持ちだったからだ。


しかし、ふたりはその事も覚悟の上で佐藤の言葉を待っているのもわかった。



「マキオのフルネーム。これがしかし彼の本当の名前かどうかの確信は在りませんけどね」


佐藤は前置きをして、ボソリと続けた。


「スサノ・マキオって言うんですよ」


しばらくの沈黙の後アキオが問いかけるように佐藤に言った。


「スサノ...スサノというのが名字なんですかマキオの?」


佐藤はアキオの問いかけが理解できた。


「アキオさん、何か書くものありますか?」


アキオがペンと紙を佐藤に手渡すと、佐藤は二人に見えるようにテーブルの上で名前を書いた。


「須佐野マキオ. . .こう書くんですよ」


紙に書かれたマキオのフルネームを見てアキオが呟いた。


「須佐野...マキオ。これがマキオのフルネームですか。須佐野とは変わった名字ですね。それに名前はマキオと、カタカナなんですか?」


佐藤も同意するかのように答えた。


「ええ、アキオさん。名字ようするに姓は須佐野と言うんですが、名前はこのままマキオとカタカナで書くらしいんです」



佐藤の答えに、アキオは次の質問をした。

その質問は次には当然なされる質問だった。


「佐藤さん、どうやって調べたんですかこの名前。自分らでは今までどうやってもマキオのフルネームは調べられなかったんですけど」


当然の質問だった。

アキオとタケオも今まで何度かマキオの周辺を探ったらしかったが何も解らなかったからだ。


「アキオさん。マキオの所在のデーターは、たしか彼の持っていた携帯電話の番号だけでしたよね?」


佐藤はマキオの失踪後、唯一の手がかりである携帯電話の番号をアキオから聞いていた。


「そうです。でもあの番号はマキオの失踪後しばらくして使えなくなってしまいましたよ。自分もあの直後から何度も電話しましたけれどマキオは出なくて、しばらくしたら使用していない通知が流れ始めましたから」


佐藤もアキオから聞いた番号に何度か電話したが同様だった。


「アキオさん、その電話番号でいくつか調べることが出来たんですよ」


アキオは、佐藤のその言葉に、まだマキオに関する事が含まれていることに驚きを覚えた。



「え!佐藤さん。まだ解ったことがあるんですか?!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る