マキオ伝説 外伝 / 神話

Speed Guru OMEGA

其の一

月光に蒼く照らされた関越道でマキオは消息を絶った。




 その後、アキオはマキオにコンタクトをとり続けたが、その唯一の糸口であったマキオの携帯電話の番号は既に使われてはいなかったのだ。


マキオとの接触は、その携帯電話が唯一の連絡手段であった。


その糸口がぷつんと切れてしまった今となっては、唯ひとつマキオ本人からの連絡を待つしかなかったのだ。



しかし、突然アキオの前に現れた時のように、マキオは忽然と消えてしまった。

その経緯からもマキオが再び現れるとはアキオには思えなかった。



「あいつは、いったい誰だったんだ...」



 改めてアキオはマキオの存在について考え始めていた。



そんな思いをアキオ以上に強めていた男が、もう一人いた。


バイカーズロードのプロデューサーであった佐藤だ。
佐藤にとってのマキオとの遭遇期間は短かった。

実際本人に会ってから、あの関越道での高山とのバトルまでの期間は一週間もなかったかもしれない。
しかし、その短期間の遭遇でもマキオが佐藤に与えた印象は強烈だった。


いや、もう一人強烈にエネルギーを得た男がいた。


マキオとバトルをした本人、高山健二だ。



高山は、マキオとのバトルを行ったその週末、筑波サーキットで行われた全日本ロードレース選手権に参戦したのだった。


佐藤は関越で極限の体力を消耗した高山が全日本に参戦することに心配を感じていた。
なにせ、あの関越バトルから生還(まさに生還と言ってもいいだろう)した時の高山の姿に佐藤は愕然としたからだった。


その姿はまさに耐久レースを全開で走り抜けたかのような脱魂状態だったからである。
マキオとのバトルが想像以上の体力と精神を消耗させていたのだ。


その時の高山が最初に発した言葉が印象的に佐藤の脳裏に刻み込まれていた。



「社長。あいつは人間じゃないですよ...」


人間じゃない、それではいったい何なのだ!佐藤はその高山の言葉を思い出すたびに強い焦燥感にみまわれた。



しかし、驚くべき事はその後に起きたのだ。
佐藤が危惧しながらも、高山は全日本に参戦をした。佐藤は高山に今回は無理をするなと伝えたが、その心配は無用だった。


その全日本選手権、筑波ラウンドにおいて高山は今までにない凄まじい走りを見せつけ、なんと総合3位という結果をたたき出してしまった。
彼の前を走るライダーは全てメーカー直系のワークスライダー達であった。


高山は、そのワークスライダー達に迫る走りを見せ、プライベーターとしてトップのポジションを獲得してしまった。
その、走りは佐藤にとっても驚異だった。


まさに、今までの高山の走りとは別物の、まるで鬼神のような走りだったからだ。

レース終了後、関係者に囲まれて激励を受ける高山は佐藤に一言こう言った。


「社長、僕の前をマキオが走っていましたよ。そして僕はマキオを追っていたんです。そうしたら、いつの間にかマキオが見えなくなったんです。そのとき僕の中にマキオが同化していることを僕は気づきました...」


その時の高山の目を見たときに、佐藤は全身に電流が走るような感じを持った。


なぜかというと、その眼差しはマキオの眼差しそのものだったからだ。



もちろん、マキオがサーキットを走っているはずがない。
しかし、高山の目には自分の前を走るマキオがはっきりと見えたのだ。


そして、マキオの幻影を高山は追った。
そのマキオをぶち抜いたときに高山はマキオと同化したのに違いない。
佐藤はそう感じていた。そしてこうも思った。


「今日、高山がもしワークスマシンを駆ることが出来たら、高山は間違いなくトップを、優勝を勝ち取っていたに違いない...」



佐藤は改めて全身が総毛立った。


「マキオの影響だ...」


あのバトルの後、消耗しきっていた高山に短時間で、これだけのエネルギーを復活させてしまう男の存在。


真の闘争心を蘇らせてしまう男の存在、マキオ。



佐藤のマキオに対する興味は益々高まっていった。あいつの全てを知りたい。

あいつはいったい何のために我々の前に現れたのだ。



 しかし、そのマキオ本人が消息を絶ってしまった今となっては手がかりは少ない。
唯一つの手がかりは、マキオと交流のあったアキオとタケオだけだ。
あの二人ならば、少なからずマキオの行動を把握しているはずだ。


佐藤は再びアキオとタケオに会うことを決めた。



「もしもし、バイカーズロードの佐藤です。どうもご無沙汰しております」


佐藤は久しぶりにアキオにコンタクトを取った。


「いやあ、佐藤さん。こちらこそご無沙汰してます。どう?その後、お元気ですか?バイカーズロードこの前で最終回でしたね。見ましたよ番組。ちょっと照れちゃいますよね、あれ...」


相変わらず、アキオは人当たりの良い感じで佐藤に安心感を与えてくれた。


アキオの言っていた「照れちゃう、あれ...」とはバイカーズロード最終回の事だった。



元々、バイカーズロードの最終回用として取材を開始したマキオ達だったが、実際の番組としては、あまりにも素材が少なすぎて番組とは成立しなかったのだ。


しかし、マキオの事をどうしても諦めきれない佐藤は、マキオ達との出会いを素材にして、ひとつのフィクション仕立てのドキュメンタリーを作り上げたのだ。


そのタイトルは「神話」
マキオの語った数々の謎めいた言葉の断片を繋ぎ合わせて佐藤が脚色したものだった。




 その中ではアキオ達がフィクションの存在として登場していた。


しかし「事実は小説よりも奇なり」と言うが、まさに実際のマキオ達の存在は不可思議なものであった。



佐藤はアキオとの久々の再会を約束した。
アキオはタケオも呼んでおくと言い、佐藤との再会を喜んでくれた。
その再会の手土産に佐藤はひとつの答えを用意していた。


「アキオさん。マキオのフルネームって知ってますか?」


佐藤は電話の向こうのアキオに遠回しに言った。


「いや、佐藤さん。以前にもお話ししましたが自分たちはマキオの本名は知りませんよ。ましてやフルネームなんて全然...」


佐藤は、もったいぶった言い回しで答えた。


「アキオさん。マキオのフルネーム解りましたよ」


アキオの動揺が電話でも解った。


「本当ですか!」


佐藤は、答えた。


「アキオさん。会ったときに教えますよ。ただ、それが本当の彼の名前なのか、それは彼しか知りませんけどね...。とりあえず今度会ったときに。」

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