永遠を生きる君へ

凛月

定義

「僕さ、超能力者なんだよねぇ」



人気の無いその場所にはよく響いた。高校生ぐらいか、呆けてるような顔を向けている少年。

淡々と、それでもしっかりとした言葉を使う青年は、しかし幼さを少し顔に残していた。


──何を言い出すかと思えば、この人は


少年の思考といえばそれだけだった。空調の効いたカフェ、喉を潤す冷たい紅茶、自らの耳を通りに受けた甘ったるい音に添えられた青灰色の瞳。

いつものようにフワリと浮かべられた笑みには悪戯の色。本当に、いつも通りだ。


それでも違和感は覚えたのだろう。

それは落ち着いた店内にかかる珍しく合わないメロディーが生み出した幻想か、それとも呆れの極地へ辿り着いたのか。

聞き覚えのあるその音に含まれたのは夏の声か。小さく透明な壁の向こう側に映る青年の考えは、たったそれだけの物で阻まれているように感じた。


たった一秒にすら満たない思考。既に集められた音が、一気に爆散して行く夏。そう考えれば少年も特に何も思わなかったのか。

相変わらず店内に流れる陽気な音楽はまるでそれを真実かのように逆立てる。



「あ、信じて無いでしょ!」

「そんな非科学的なもの、信じようがないでしょう」

「え〜そうかなぁ」



青年は高音とはいえ落ち着いたその声で語尾を伸ばす。

少年からすれば”信じようがない”としか言いようがないのかもしれない。ただ、青年はそれに気付いているのかいないのか、その場を動く様子は見せない。

無視をすれば良いのではと考えた時期もあったが、更にウザくなってしまってたので、少年はとっくの昔に諦めていた。



「まぁいいけど〜。で、超能力! 見てみたい?」



多少思考放棄をしたようにも見えるが期待に満ちた顔で少年を見る青年に、ただただ少年は目の前に運ばれたアイスミルクティーを口に運んだ。

それは無視と呼ぶには不自然なほどの、明確な意思を瞳に宿す。


──それ自体には全く持って興味がないという、とても強い意志を。



「ホント、お子ちゃまだなぁ〜」



子供が拗ねたのか、それを連想させるほどに青年は幼い声を作る。青年にも当然、意志は存在するのだ。

少年はその言葉こそ拾うと面倒だと早々に判断を下し、コトリと音を立ててミルクティーの少し残ったそれを置いた。





+++





遡るのは7月の初め。ちょうど梅雨ど真ん中の時期か。

少年は授業も落ち着き、久しぶりに行きつけとなっていたカフェへ出向いた日の事だ。



「あれ? この時間に人来るの珍しー! ……って学生じゃん!サボりはダメだよ〜」



夕時になれば多少混み出すこの空間も、平日の昼間となれば閑古鳥の風が吹く。

田舎とは言い難いこの街で少年が利用するにはまだ大人びた雰囲気の店。当の本人は一切の躊躇い無く扉を開けていたが。

草木に埋もれた木製の看板に恥じない落ち着いた作りの店内を見渡せば、いつも使っていたそのカウンター席へ向かう。



「いらっしゃいませ」


言葉と共に雨の音に踊らされたその席では、音もなくミルクティーが置かれていく。



「ありがとう、ございます」



何かを察知した少年は目の前に差し出されたそれを見る。まだ頼んですらいないというのに結構なことだ。

マスターに置かれたそれは、通い詰めるうちに少年好みへと変換されていったもの。

それほど通い詰めていた少年だが、初めて見る顔の青年だった。

マスターと話している姿を見るに、自分が来れていなかった間に入った人間なのだと予測出来ないほど馬鹿ではないのでそこは特にどうとも思わない。



「ちょっと〜、少しの反応くらい見せてくれてもいいじゃーん!」



いかにも陽気な雰囲気を漂わせた青年に、しかし少年は一言として言葉を発する気にはなれなかった。

当然も当然か、少年は青年のようなタイプを苦手としていたのだから。

関わると碌なことにならないタイプというのが存在することを少年は知っている。



「あ、このケーキ、新作……」



青年の話に応じる気はなく、視線をマスターへと向ける。

一口分のかけらを口に入れれば、「美味しい」とだけ少年はこぼした。

ただし、その言葉の直後には嬉しそうに微笑んだマスターの視線で青年へと向けられていたことを知ったが。

カウンター席にカフェの制服とエプロン姿で座っている彼がこの店の店員であることは理解できる。なぜ席に座ってるのかはわからないが。


──そうか、彼が作ったのか。


少年はの思考はいつも、高校生であるのかと疑いたくなるほどに簡潔なものだ。



「あ〜! それ、僕が作ったやつ!」

「そうなんですね。」



ぶっきらぼうに返したとはいえ少しならばは話しても良いか、なんて思ってしまったのが運の尽きだったのだろう。

一言返してしまえばそこから先の歯止めは効かない。青年はキラキラとした眼を少年へと向ける。

その眼に不純物は無く、見入ってしまうような輝きを持っていた。



「んはっ! 本業じゃ無いとは云え嬉しいねぇ!」



満点笑顔、とでも云えば良いのか。窓から確かに太陽を感じさせた光とは違う。少年には何かわからない。

それでも青年は輝いて見えるほどに全力で喜んでいた。



「そこまで喜ぶ事ですか」



少年にはわからなかった。何がそれほどまでに嬉しいのか。

これが本業で、全身全霊の命をかけて作られたものなら理解できた。趣味でも磨き上げたものであるというのであれば、理解出来ただろう。

少年に引っかかったのはただ一つ。”本業ではない”と言ったその一言だった。

その言葉が示すものは他に何か、それこそ全身全霊をかけて取り組むような事があるという事。

それならば何故これほど全力で喜べるのか、それだけが少年にとっての謎として浮かんだ。



「あ、子供っぽいとか思ったでしょ? 全く〜! これだから最近の高校生は!」



少年は今確かに理解はできないと思考はしたが、子供っぽいとは一切思っていなかった。

今言葉にされて初めてその考え方もあったのかと気が付いたぐらいだ。

何故その思考へと陥らなかったのかは少年自身も謎であるが、既にほんの少しだけ羨ましいともで考えていたぐらいだ。


何故そう思ったのか。今の少年にはわからない。それでも確かにそう感じていたのだ。

ただただ暑苦しいはずの日の光も、鬱陶しくまとわりついてくるだけの蝉の声も、それすら青年の瞳に宿る輝きは凌駕する。

まるでそれは大好きなオモチャを目の前にした子供のようで、余計なことに興味を持たずに今を楽しんでいるということは少年にも理解できた。


自分の求めるものがはっきりとした、後先は一切思考にない夢物語。

少年の眼にはどう写ったのだろうか。少年が理解できたことは少ないのは確かだ。

言葉もその感情の表し方もわかる。しかし理解はできない。だからこそ思考を止められないのだろうが。


静かに考え込む少年を青年は不思議そうに眺めていた。すると唐突にフッと表情を緩める。

揶揄っているような口調をしていたが、青年は決してふざけたことを言った記憶は無い。青年にあるのはその事実論のみ。

伊達に人生を生きて来てない。少年の考えていること全てとは言わずともわかるところがあるのだろう。



「……まだまだ頭が硬いねぇ、少年。」



ボソリと青年がつぶやいた言葉を耳に入れたのはマスターだけだったのだろう。

”それ”は誰にも触れられることなく静かに飽和していく。





+++





「いらっしゃいま……おっ少年!」



厨房にいたであろうその姿にカフェの制服にエプロンも板についてきただろう頃。既に見慣れたその姿を見つければ青年は絡みに行った。

この時間は少年以外に来る人間がかなり少ないというのも要因ではあるが、最たる要因としては青年は少年を気に入っていたのだ。

迷惑そうにしながらも、なんだかんだ答えてくれる。ならそれでいいというのは青年の談。



「アイスミルクティーで」

「承知いたしました」



青年の言葉に反応を見せる事無く、さっさとマスターへと注文を済ませる少年。

いるだろうと予測はできていたのだ、特に気にすることは無いと視線をむける頃もしない。

片や関係性と言えば客と店員。問題になるようなことでもないのだから。



「今日から夏休みですか」

「そうですね、ここに来る頻度も上げられると思います」



目の奥を見つめる少年にマスターは「それは嬉しいですね」とだけ、同じく笑って返す。

心底嬉しいと告げられたお互いの眼にマスターはもう一度笑みを深めて手元へ視線を移す。そうすれば少年の視線も少年の手元に既に置かれているアイスミルクティーに移るわけで。

青年も2人の間にのみ出来たその空間を自分から壊しに行くような行動は取らない。自然にその空間が広がって薄まるのを待つのだ。



「ねぇ、少年って友達いないの?」



ただし薄まって消えた瞬間、一気に踏み込んでくるが。大分慣れて来たそれに少年が動じることは既に無くなっていた。

デリカシーのカケラもないものだとは常々思うが、それが青年に響く言葉ではないということも少年は知っていた。


ガランと閑古鳥の鳴くこの時間帯の店内にはよく響いたその声だが、少年は聞こえないフリをすることに決めた。

実際、少年は友達がいない訳ではない。ただ絶対に会えない場所にいるだけだ。

決して青年の言葉に過剰反応してしまったが故の虫ではないのだろう。



「無視は肯定と受け取りまーす。でも青春出来るのなんて今のうちの特権じゃないの〜?」

「知りませんよ、そんなこと。友達もいない訳じゃないし、人と一緒にいるのも好きじゃないだけなんでほっといてもらえますか」



後半は一息で言ったせいだろうか、少年の息は言い終わった時点でほんの僅かに乱れていた。

一気に吐いてしまえば、少しだけすっきりしたような気がする。

当然の事であるように平然と、表情すら一切動く事無く告げられたそれに青年は可笑しそうに笑う。

それは少年としてもそういう反応が予測できていたのか、それでも多少やってしまったという思考は頭を回る。



「何をそんなに笑う所がありましたか」

「えーだって必死なんだもん!別に友達いなくたってバカにしないって言うのにさぁ?」



全く信憑性のないことを言う。少年がそう思ってしまったのも無理はないだろう。

現に青年はこれでもかと言うほどに爆笑しているのだから信じられなくても仕方の無い。



「てか、人といるのが好きじゃ無いって少年。少年は何が好きなのさ?」



青年の纏う空気感が一気に変わる。

その変化に少年は気づいているのかいないのか、それでも青年の瞳に向けられた視線がブレることはしなかった。出来なかった。

目を逸らして仕舞えば何かに負ける気がした。それに負けてはいけないものなのだと理性が伝える。



「……二次元、とでも言えば満足ですか」



渋々、と云う表現がピッタリと当てはまるような顔で回答を返す。ただし返された言葉は大まかなジャンルのみ。

少年は自らの趣味を恥じているのではなく、この世には理解できないものも存在するのだと知っているが故の不安だ。



「あーなるほど。確かにいいよねぇ、二次元って」

「……バカにしないんですね」



青年から軽く返ってきた肯定に細い声で呟く少年。

その音に含まれた感情に少年は気がついているのだろいうか。

ただ、少なくとも青年は知っていた。その感情が出てくる理由も、それが何を意味するのかも。



「君はそれがバカにされる者だと思ってるの?」



淡々と、しかし言い聞かせるように返されたのは真意への肯定。少年はその一瞬にして2度驚いた。

一つは青年の口から真意を確実に捉えた肯定が出たこと。そしてもう一つは、それが否定されてしまうようなものなのだと自分が考えたこと。

無意識とはいえ、自らが好きを否定していたのだから。


少年は否定されることを嫌っていた、恐れていた。それが故に、自らでそれを否定していたのだ。

好きを隠すこと、相手から認められないと仮定することで自らの好きを否定して来た。誰にもわからないだろうと、自分だけがわかれば良いのだ、と。

それを人は偏見という。



「なんで否定されると思った?」



その問いに少年がを言葉を返すことはない。それでも青年の目に映るのは既に確信だ。

青年は知っていた。その思考にたどり着く所以も、それが一種の定義となりうることも。



「ま、なんとなくわかるからいいけど!」



気持ちはわかると豪語した青年に少年は冷めた目線を送る。それでも口にしないのは多少は理解していることを理解したからだろう。

人の気持ちを全て理解しようなどという考えは青年にない。それでもなんとなくならば、そういう意味なのだからいいかと判断したのもあった。



「……この話、終わりにしましょうか。」



静寂を作るように置かれたミルクティーに口をつける。少し味の薄くなったそれはほんのりと苦味を運んだ。





+++





「いらっしゃいませ」



そのマスターの声を頼りに少年は席を探す。

いつも通りの時間に訪れたカフェはいつも以上に静かに感じた。いや人がいないのはいつものことなのだが、普段ならばすぐに絡んでくるはずの姿が見えないのだ。

そのことに少年は、すでに安堵を覚えていなかった。



「あぁ、彼は一時来れないと聞いてますよ」

「え? あぁ、そうなんですね」



マスターはそのことに気付いていたのだろう。楽しそうに微笑みを浮かべたその口でそう告げた。

まるで風に煽られた独り言のように耳を通り抜けたその言葉に少年は”何故”と思わずにはいられなかった。



「不思議そうなお顔ですね。探していたでしょう?今、彼のことを」



少年は今度こそ言葉も動きも止まった。元々普段から大して喋るわけでもないが今回は確実に言葉が出なくなった。

この時間に来ればいつも居たその姿探していた。それに加え、自らが無意識とはいえ振り返れば思い当たる節があるのだから反論も儘ならない。認める以外の道は既に塞されているのだ。


羞恥心を感じる必要はないだろう。普段いた人間がいないのだから不思議になるのは当たり前だ。本業も別にあると言っていたし、そちらに行っているだけだろう。

そう自分に言い聞かせる少年は、既に自らに対し自爆していることを知らない。



「私だけではご不満ですかな?」



イタズラに笑うマスターは、しかしどうも年相応に見えてしまうのだから年の功とは厄介だ。

少年の目がしっかりとマスターをとらえる。どうも心配をかけてしまったようだと口元に笑みが戻るのを感じながら目を細める。



「そんなことは…。ご心配、ありがとうございます」



瞳を捉えたまま言葉を告げると同時に目の前に現れるのは見慣れた薄茶色のものが入ったグラス。

もう一度笑ってそのグラスに口をつければほんのりと甘いミルクとほろ苦い紅茶の味が入り混じる。



(そこまで感情が表に出るタイプじゃなかったはずなんだけどな)



そんなことを考えてはいる少年ではあるが、本日はマスターとのお喋りに没頭するであろうことは目に見えたことなのでそちらに集中することにした。





+++





「あ、やっほー少年! 僕がいなくて寂しかった〜?」



夏の熱気から解放されようと扉を開けば、相変わらず意気揚々とした声が耳を抜ける。

驚きはしない。何せマスターを通じて、青年が今日ここに来ることは少年に伝えられていたのだから。

そして少年はしっかりと学んでいた。このまま青年の言葉を無視、または否定すればさらにウザ絡みされるであろうことも。



「まぁ、そーですね」



ならば簡単なことだと口にした言葉に、しかし偽りはない。

常にうるさ…耳障りな人間が急に黙ったようなものだと考えているためか、少年に躊躇いの様子もない。



「今日はやけに素直だねぇ、どーしたの?」



青年の口角が上がるのがわかる。それは揶揄いか、しかし確実に含まれた喜びの色は決して弱く光らってはいない。

青年はやはり問いかけても答えを求めていないらしい。但し答えを知らないのとは話が違うのだが。


少年は知っている。青年の思考はとても早いことを。それにして誰の顔色を窺わず、躊躇いのないことを。その代わり、嘘を言わないことも。

それでも少年は知っているだけだった。



「貴方の大切な……いや、貴方が本気になれるものってなんですか。貴方の一番は、何なんですか」



ふとした疑問だろうか、少年の口で唐突に形どられたそれは浅く、深淵を抉る。

顔にこそ出ていないものの、青年もその目に動揺を宿す。そして抉られた穴を埋めるべくと、思考を急速に早めた。


マスターがこれは珍しいものを見たと手の内に入れたコーヒーカップと布巾をカウンターの奥へ戻せば、同時に青年が言葉を表す。



「永遠を生きること」



店内で作られる不協和音にかき消されそうに紡がれた音は、少年に届いたのだろうか。

浮世離れしたその言葉は、まるで自らに言い聞かせるように呟いたことを少年は知っているのだろうか。



「僕さ、超能力者なんだよねぇ」



パッと明るい声で再び口を開けば、確実に意志を宿したその言葉もやはり浮世離れしたものだ。

少年は呆れた。何を言い出すのだと言いかけた言葉こそ飲み込んではいるが、それは既に青年へと伝わってしまっていることも知っている。



「あ、信じて無いでしょ!」

「そんな非科学的なもの、信じようがないでしょう」

「え〜そうかなぁ」



本心からの言葉で、呆れも含むそれはたった一言を境に心を巡回を始める。

青年も既に察してはいるのだろう。但し、それを木に止める気は一切ない。



「まぁいいけど〜。で、超能力!見てみたい?」



復唱された言葉と共に少年はミルクティーを口をつける。

客人は自らを除き存在しないとはいえ、我関せずとばかりに含んだ薄味になりつつあるそれは酷く甘い色をしていた。

それは少年にとっての意思表示。



「ホント、お子ちゃまだなぁ〜」



普段より数段高くなった音は、明らかに揶揄いの色を宿す。

幼子が拗ねたような声で揶揄う青年に、気に食わないとは思いつつも既に嫌悪感を抱かなくなっていた少年は大した反応も返す気はない。精々瞳に呆れを宿す程度だ。

青年はそれに気がついているのだろうが一切気に留めていないため特に問題もないといえるのだが。



「少年。少年は超能力ってなんだと思う?」



青年の軽くも真剣さの宿るその音は店内を飽和する。

唐突にこぼされたのは簡単な問い。但し青年がどの正解を欲しているのかを少年は知らない。



(まぁ何を欲してようが超能力と言えば一つしか説明できないんだけど)



その思考に辿り着いた時点で正解は決まっているようなものだと少年は考える。

ならば既に迷う必要はない。少年の中の答えは既に一つに固まっているのだから。



「世界の、この世の理に反する力、でしょう?」



超能力とはそうあるべきものだ。だから誰も手にすることはないし、誰でも憧れることができるのだ。

誰も持てないものを持たせられるからこそ、二次元の需要は最大限に高まっているのだ。

現実で出来るのなら現実でやって仕舞えばいい。しかし憧れは消えて行くが。少年はそう考えるタイプだった。



「まぁそれが模範解答かな〜」



ゆるりと口を動かす青年に、しかし普段のような柔らかい空気は感じられない。

その代わりだとでもいうように纏われた雰囲気は、『先行く者』なのだと、そう少年に感じさせた。



「でも超能力ってのは人知を超えた力じゃないんだよ。決して、ね」



青年がここまで物事を言い切ったことが、今まであっただろうか。

少年は青年と出会って短い。それでも共に過ごした時間を考えればそう短い時間では納まらない。



(珍しいな。というかここまで言い切るのは初めて聞いた気がする)



軽く、というか多少ふざけた時の断言は聞いたことがある。そんな少年ですら、初めて耳にした青年の強く重い口調の断言。

世界の常識とは全く違う、青年の世界だけに存在する常識がであると言うのに、何故だろうか。

少なくともこれまで少年がみってきた青年は、自らの価値観だけで世界に眼を向けていることなどなかったと言うのに。



「断言、ですか」

「うん、断言だね」



問えばあっさりと帰ってくる言葉は決して偽りも、強制力すら感じない。

それでも、不思議と信じてみたくなるような『魅力』はそこにあった。



「何故、」



口に仕掛けた言葉は、掠れた音になるだけだった。

それでも青年には届いた。普段から浮かべている甘えるような笑みではなく、年下を宥めるような笑みを浮かべているのがその証拠だろう。



「誰かの感情を動かすってのは、誰にでもできることじゃないから」



目を細めて笑う青年が模ったのはトンデモ理論。

それでも少年は納得した。納得できた理由はわからない。でも、冗談ではないとその目は語っていたから。



「誰かを笑わせること、感動させること、泣かせることだって超能力だ」

「永遠に生きることってのと、関係あるんですか」



間髪入れずに言語化された少年の音に、空気が凍る。笑顔のまま薄く開かれた青年の唇は微かに震えた。

それでも少年は体をいくら強張らせようと、青年から目を逸らそうとはしない。


凍った空間を支配するのはマスターの手元で動くコーヒーミルの音と、うるさいほど大きく聞こえる蝉の声だけ。

三十秒、一分と時間が過ぎた頃だろうか。青年はまた言葉を紡いだ。



「聞こえてたかぁ」



背凭れに全体重を預け天を仰ぎながら、言葉を零す。

なんの意地だか、それでも尚口元は笑っている。

その瞬間、既に凍り切った空気は溶け切っており、少年も体に入ってしまっていたチカラを完全に抜いた。



「どういう意味なのか、聞いても?」

「….うん、少年なら良いか」



多少決意したような声色で、しかし焦点は天を見つめたままだ。

ゆっくりと、首のみを動かして少年を見つめる青年の眼は、これまでに見ない意志を宿す。



(なんか、なんだろ、進路相談中の自分を見てる気分だ)



的外れなことを考えている自覚はある。

それでも端的に思考を動かしながらも少年がその眼を逸らすことはしない。


ふとマスターの微笑みが、いつもより深くなった気がした。

マスターは話に入ってくることはほとんど無い分、人の話を聞くのが好きなことも少年は知っている。

どちらにせよ、二人とも聞かれて困る話は無いため、特に問題はないと判断しているのだが。



「僕は僕として生きていくと同時に、永遠の命で生きていける」



そう言いながら青年は、自らの手元のに軽く重ねられた一枚四百字の原稿用紙を叩く。

それは少年が青年とここで過ごす中で、一度たりともその席から動いたことのないものだった。

思えば、店員であるはずの青年が少年と話す時に常日頃から使っている席だ。


不自然に置かれているにもかかわらず、その原稿が妙に店の雰囲気に混じっていて違和感を持つことができなかった。

考えてみれば、青年のいない日には、目の端につく白がなかったような気がする。



「自分が作り出した主人公で、という認識であってますか」



ふと納得したように声を上げてみれば、青年は眼を伏せて首を横に振る。

それでも少年にはこの解答が全て間違っているわけではないのだと判断できた。



「主人公だけじゃない。自分の作品だけでもないよ。みんな、この中で生きてるんだ」



目に宿すのは心地よい高揚。

普段の揶揄ってくるようなものではない。先のように全力で喜ぶものでもない。

それでもそれは、見入ってしまうほどに、息を殺してしまうほどに、吸い込まれてしまうほど輝いて見えるものだった。


少年は眼が離せなかった。その目からは逃れられなかった。

逃れたくないと、願ってしまった。



「だから僕は読むたびに、見るたびに、全く違う世界を生きられる。そして、永遠の旅を、ずっと続けてるんだ」



一寸も狂うもなく、曇りもないその瞳が少年を捉えて離さない。

少年を現実に引き戻したのはマスターの手からゆっくりと離れた、アイスティーの入ったコップが置かれた音だった。

無意識に肩の力を抜いた少年だが、青年には驚かされてばかりだ。



「……一つ、いいですか」

「ん?いいよぉ!」



なんのプライドなのかはわからない。

それでもやられっぱなしは性に合わないと少年は口を開いた。

特に勝負している気はないが一度は青年の驚いた顔を拝まなければ満足できそうになかったのだ。



「ずっと自分のこと『少年』って呼んでますけど私、男の子名乗ってたことないんで」



いたずらっ子のように笑うのは初めて見せる笑顔。

その言葉が意味することはただ一つ。

遠回しな言い方ではあるが青年には正しく届くと確信して行なっているのだろう。


その予想は外れることを知らないらしい。

青年は数秒固まった後、顔を赤く染め上げ、机に肘をついたまま頭を抱える。

おそらく少年から見えないようにしたつもりなのだろう。



「……そういうことは早く言おうよ、」

「特に気にしてなかったので」



淡々と告げるのは本当に青年に一矢報いっしむくいるためだけの言葉だったのだろう。いやその言葉も嘘ではないのだが。

その続きに”カッコつけてたのにカッコ悪...”と呟いた青年の声も聞こえてはいたが、流石に可哀想なので無視することにした。

腕の隙間から片目だけをこちらに覗かせた青年の頬は、まだほんのりと熱が残っている。


よほど恥ずかしかったのだろう。青年のその顔にはマスターもクスリと笑みを零す。

先程までイタズラな笑みを浮かべていた少年……いや、少女の顔は面白可笑しく、愛おしいものを見たと告げているようだった。





これが永遠とわを生きる僕たちの、はじまりの物語。

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