第5話
中学校に着くと、有紗は三年生の教室に行き、拓人は一年生の教室に行った。
拓人は姉の監視から離れると、ほっと開放的な気分になった。教室の隅で、ロッカーの上に図書委員が並べた本の中から適当なのを選んで本をぱら見している新太を見つけると、拓人はポケットの中の千円札のざらつきを感じながら、気分の高揚を覚えた。拓人は小走りに新太のもとへ行った。駆け足の音に気づき、新太は本の活字から目を上げた。
「拓人君、昨日は楽しかったね」
その言葉には応えず、拓人は目を輝かせ、満面の笑みで、新太の肩を軽くこづき、声にならない喜びを表した。
「拓人君、どうしたというのさ」
へらへらと笑って、新太は拓人の喜びに引きずりこまれる。
「今日の放課後空いている? また行こうよ」
「いいけど、お金がないよ」新太はずるそうに言った。
「あるよ。僕が持っている。先輩たちも呼ぼう」
「いいの?」
「いいんだ」
拓人はもはや上級生を従えさせる快楽に酔っていた。自分が年上の大きい人たちを幸せにすると思うとおもしろいのだ。
「よし」
ぱたん、と読みかけの本を閉じて、新太は本を棚に戻した。そして本の重みのなくなった手を拓人の肘を抱くようにひっかけた。
「それなら、先輩たちを誘いに行こう」
新太に手を引かれながら、拓人は踊るように歩いた。空中を歩いているような柔らかな気分だった。胸がドキドキして、快楽の渦が時々喉元にこみ上げ、喉に一瞬の圧力を加えた。拓人は金があることが嬉しかった。これで、先輩というブランドの友情が買えるのだから。そして、親友の新太の嬉しそうな顔も見られて、頼られる喜びも知れる。
三年生の教室に行くと、拓人は姉がいないかと気兼ねした。しかし、組も離れているので、顔を合わすことはないと自分を落ち着かせ、新太が上級生を呼ぶのをじっと聞いていた。
体格のいい岩崎先輩が細い目を更に細めて笑い顔になり、よおと声を上げた。山内先輩も「新太とそれから拓人じゃん」と言って二人ですぐに拓人たちの前に駆けつけた。
「どうしたんだよ」男前の山内先輩が片側の口角をあげて笑う。日焼けした彼の顔や腕まくりして見えている筋肉質な腕を見ると彼の肉体からでる色気に圧倒される。
「拓人君がですね、また今日も遊びに行こうと誘っているんですよ。どうですか。金があるそうですよ」新太がこびへつらった声音で言う。
「君は金持ちだなあ」と岩崎先輩が、眉を引き上げ驚いたように言って、背の低い体の華奢な拓人を見た。
拓人は自分のずるさが重い針となって肩や背中に刺さるのを感じた。
「いや、金持ちじゃないです。たまたまお金が入って」
「いくら入ったんだ」と山内先輩が興味津々に身を乗り出した。
「千円です」
「千円? ずいぶん少ねえな」山内先輩が小馬鹿にしたように言った。しかし、その言い方は愛情のこもったものがあった。
「へへ、少ないですかね」拓人は皮肉な笑いを浮かべる。山内先輩に馬鹿にされたのが、嬉しかった。砕けた調子で拓人に話しかけてくれるので、拓人の心もほどけた。
「まあいっか。じゃあ遊ぼうぜ。放課後な」
「恩に着るよ拓人君」岩崎先輩が拓人の腕をとって両手で握り揺すぶった。拓人は緊張と嬉しさで頭がぼうとして、顔に笑顔を張り付けたまま、自分の教室に戻った。
理科の時間拓人は、まだ夢うつつにぼんやりしていた。理科の竹内先生が拓人の目の前に傘のように手をかざして、「寝ているのか」と笑ってたずねた。「いいえ」
「ちゃんと授業聞いてろよ」
そう言って、竹内先生は拓人の耳を摘んで軽く引っ張って揺すぶった。
竹内先生は太り気味の寝癖のひどい髪の、気持ちのいい先生だ。拓人は彼が好きだった。いつだったかカンニングをしたとき、ふと、横を見ると先生が見ていて、可笑しそうに、ずるいなあと言うように笑って、しかし、注意するでもなく、彼は拓人にウィンクしたのだ。彼は拓人のカンニングを責めなかった。拓人は自分を恥じて、先生の優しさにうれしくなった。怒るところで怒らない。ただ笑って許してくれた先生が好きだった。
やがて、放課後になると、拓人たちはゲームセンターに行き、クレーンゲームをやって、散財したあと、余った二百円でポップコーンを買い、四人でわけあって食べた。殆ど先輩と友達に食べさせて、拓人は祖父母のように暖かい気持ちで眺めていた。彼は友情の熱さを胸にしみて思った。
僕は愛嬌のある子犬と立派な成犬を二匹もしたがえているのだ。拓人は自分が誇らしかった。
「もう金はないんだろう?」
山内先輩が物足りなそうに聞く。新太が拓人を振り返り、発言を促す。
「……ええ。ないです」これを言うのが拓人は苦しかった。
「何だ。これでお楽しみも終わりか」山内先輩はつまらなそうにかすれた声で言った。そう言われると、拓人はどうしても先輩を励ましたくなった。自分の力が及ぶ限りなんとしても楽しませたい。しかし、もう金がない。
「あっという間だな。でも楽しかったな」岩崎先輩がそう言って、たばこを口にくわえ、ライターで火をつけた。
「おい何吸ってんだよ」と山内先輩が岩崎先輩をどつく。
「締めの一服」ふうと岩崎先輩は煙を吐いた。
中学生なのに、と拓人は信じられない思いでルールを破る先輩を見つめた。そして、恐ろしさに似た尊敬の気持ちを起こした。
ルールにあらがう先輩が強く、格好良くみえた。すてきだった。
「美味しいんですか? それ」拓人は聞いた。
「んー」岩崎先輩は返事だけして、旨いのか旨くないのかは答えなかった。ただ吸って、灰を地面に落とした。
しばらく四人で休んでから、別れた。
お金がなくなった。拓人は身が嫌になるほど軽くなったのを感じた。すかすかで、穴が空いて空気が漏れている風船のように、足りなさを感じた。金がなくなったのを惜しいと思うほど悲しんではいなかった。彼は、心の充実を感じた。仲間への自分の献身が、気高く思えた。人とかなり強くつながれたと、彼は考えた。誰かに親切にすることで感謝される。その教祖を拝むような一時の称えるような感謝に彼は酔いしれた。
家に帰ると、お母さんがいた。お母さんは居間の足の短いテーブルの横に倒れ込み、タオルケットを体の上にかぶせ、寝ていた。
「どうしたの」
拓人は姉に聞いた。
「具合悪いの。さっきも吐いたのよ」
「酒でも飲んだの?」
「ばか」
有紗は拓人の不躾な言葉に少し腹を立てながら、小さな声でいった。
「風邪よ」
お母さんは、むくりと起きあがると、苦しそうにうめきながらゴミバケツの中に吐いた。そして、げっそりとした顔をもたげて、したたる涎を手の甲で拭う。
拓人は今にも胃液のにおいが鼻に入ってくると思って不快になった。母のそばから離れて隣の部屋に行こうとふすまを開けかけた。
「あー、だめね、ちきしょう。気分が悪いよ」
お母さんは誰に言うでもなく叫んだ。
「ガキができちまったよ」
有紗、と呼ばれて、有紗がお母さんのそばにひざを突く。
「与一の爺さんに、子供をおろすから金を貸してくれと言っておいで」
「風邪じゃないの」
「馬鹿よ。いいから行っておいで」
「わかった」
有紗は制服姿のまま外に出て行った。拓人は、今の話を聞いて、驚いた。お母さんに子供ができた。でも、おろすって、子供を殺すことだ。前に学校で習った。どうして、赤ちゃんを殺すの? 拓人は自分に弟か妹ができたと思うと嬉しくて、でもその赤ちゃんをお母さんが殺そうとしていると思うと、悲しくて、どうしても反対したい気になった。
「お母さん、赤ちゃんできたの?」拓人はどぎまぎしながら聞いた。
「なにさ。あんたに関係ないよ」
「生まないの?」
お母さんはハムスターのように頬を膨らませて、吐くのを耐えて、バケツを引き寄せた。
「生んでくれよ」小さな赤ちゃんを可愛がりたくて、拓人はお願いした。
「育てる余裕はないし、どこの子だかわかりゃしないのに」
肩をふるわせながら、お母さんは狂ったように笑った。
「せっかく宿った命なんだから、殺すなんて嫌だよ」拓人は可哀想な小さな命を思うと、悲しみで胸が苦しくなった。
「女じゃないおまえに何がわかるって言うんだ、こっちの話に関わるな」
お母さんはぴしりと怒って、拓人を睨みつけた。
「見ているんじゃないよ、気持ち悪い目してさ!」
拓人は目を伏せ、逃げるように隣の部屋に入った。そこにはお父さんが寝ていた。そして、晴斗の写真が飾ってある小さいテーブルがある。有紗が毎朝晴斗の写真の前にご飯を少しお供えしている。拓人は生まれてこれないだろう妹か弟の事を考えて、彼がこれから直面するだろう死を考えて苦しくなって涙があふれた。
「お兄ちゃん」拓人は晴斗の写真の前に座った。
「僕たちに妹か弟ができたんだって。でもお母さんおろすって。そんなのいやだよ。せっかく宿った命を捨てるなんて。きっと生まれて来たくて一生懸命お母さんのお腹に宿ったのだろうに。小さな赤ちゃん可愛いだろうな。僕見たい。触りたい。抱いてやりたい。勉強を教えてやるんだ。どうしてお母さんは生まないのだろう」
外に出て行った有紗を晴斗は追いかけた。彼は有紗がまた愚かしいことをするのが嫌だった。なんとしても止めたい。ゆっくりと歩いている有紗に追いつき、晴斗は彼女の横を並んで歩いた。青いこわばった顔つきをして、有紗は歩いていた。彼女は自分の苦しみが喉元にせり上がるのを必死に飲み込んでいた。少し歩いて川にかかる大きな橋の上に差し掛かったとき、有紗は立ち止まり、柵の手すりに寄りかかり、琥珀色の空と、幾百ものプリズムが浮かんだ川の水面を眺めて、悲しげに顔をゆがめて、振り払うように首を振り、何でもない顔になって、また歩き出した。
「何を考えたの」晴斗は有紗に訪ねた。
有紗は青い顔をして、わざとゆっくり歩いていく。
「変なことはしちゃいけないよ。お金だけ借りるんだ。おまえはあの爺さんに何かすることはないんだから」
でも、タダでは借りられないわ。都合のいい人間なんていないのよ。他人の親切を得たら代償を払わなくてはいけないの。あたりまえでしょ。私たちは王様ではないんだから、人を言うとおりにさせることはできない。お願いする人は、なんでもしてあげる覚悟じゃなきゃ。青い顔をしていても、意志の強さが伺われる有紗の顔を見ていたら、そう言われた気がして、晴斗は胸をぐっと突かれたみたいに顔に苦悶を浮かべた。
与一の爺さんの家の門の前に来ると、有紗はうなだれ、しばらくもじもじして、それから、家の呼び鈴を押した。
「旦那様、有紗です」
与一の爺さんは有紗に旦那様と自分のことを呼ばせていた。彼はすぐに出てきた。有紗の姿を見つけると、嬉しそうに顔をほこらばせ、後をひくような嫌らしい笑みを目元に浮かべた。
「なんじゃ、どうした」
「あの……」有紗は嫌悪に産毛を逆立てた。「母が……」
「金か」
「はい。子供を下ろすと言って……」
「貧乏で親もろくでもない馬鹿たれだと大変じゃのう。しかし、そのおかげで、わしもおまえと楽しく過ごせるわけじゃがなあ」
「貸していただけますか?」
与一の爺さんは、渋るように、うなった。
「今は大きい金を持っていないんじゃよ。じゃがな、有紗。こうしよう」
与一の爺さんは有紗の細い手を引いて家の中に引き込み、晴斗はその瞬間家に一緒に入り、与一の爺さんが扉を閉めた。
与一の爺さんは握った有紗の手を自分の股間に導いて、なでさせた。有紗は苦しそうにうつむいている。
「ここじゃ、ここじゃ。こいつを触って、そしたらわしがしっこをするからな。おまえは飲むんじゃよ。全部じゃ。お前ののみっぷりが良けりゃ、わしも考えて、なんとしてでも金をかき集めようという気になる。今はどうしてやる気がおきんのじゃ。わしをやるきにさせておくれ」
「はい」
有紗は氷のように冷たい顔をして、与一の爺さんのズボンと下着をおろし、ペニスを口にくわえた。尿の勢いが強すぎたのか、有紗はえづき、鼻から尿をふきだし、ペニスから口を離した。尿が有紗の制服と床に散らばった。恐ろしい顔をして与一に爺さんは有紗の頬を打った。
「馬鹿者! ちゃんと飲まんか!」
有紗は我慢ならなかった。こんな屈辱的なことをどうして我慢できよう。ダムが決壊したように有紗は泣き崩れた。
「よしよし、泣くな泣くな。こうしよう。わしがおまえのしっこを飲むんじゃ」
老人のしわしわの手が有紗のスカートの中に伸びて、使い古された白い下着をずりおろす。与一の爺さんはスカートをめくり、有紗の足を広げた。白い太股が小刻みにふるえている。
「むわりと匂うのう」
へへへ、と与一の爺さんは笑い、有紗の尿道口にとがらせた唇を吸いつけた。有紗は老人の禿頭をうつろな目で見つめている。彼女の頬は羞恥に赤くなり、目元は涙で潤んでいる。
与一の爺さんは有紗の尿をこぼさずに飲み干すと、有紗の顔の前でげっぷをして、その臭いをかがせた。
「どうじゃ、お前のしっこの臭いがするか?」
有紗は何もいわなかった。しかし、爺さんは返事がどうしても聞きたかったようで、質問を繰り返し、大きな目でえぐるように有紗を見た。狂気をはらんだその血走った目が、有紗は怖いと思った。
「嫌な臭いが少しします」少しと言ったのは、爺さんを怒らすと思って遠慮がちに考え出した言葉だ。
有紗が言うと、与一の爺さんは声を上げて笑った。
「どれ、わしの上に跨がりなさい」
そう言って、与一の爺さんは床の上に座り、足をあぐらにして、そそりたつペニスを見せつけた。有紗は嫌だと思った。彼のものを自分の中に入れると思うと、吐き気がした。最初の頃ほどではないが、若干の痛みをともなう、その行為を有紗は嫌悪していた。しかし、彼女は、金のために我慢することを覚えていた。
「乱暴にしないでくださいね。痛いので」
「どうじゃろうな。お前の中が欲しいとうねると、わしも頑張りたくなるのだしな。しかし、気をつけよう」
小ぶりの丸い尻が爺さんの膝の上に乗った。下腹部の肉が割り広げられる不快感に有紗は顔をしかめる。有紗の尻がゆっくり上下に動く。爺さんは脂ぎった頬を盛り上げて、黄ばんだ歯を見せて笑っていた。
外が暗くなった頃、有紗は茶封筒を握りしめて、家に帰った。封筒の中には札束が入っていた。いくらはいっているかは有紗も知らない。ただ、子供を下ろすのに必要な費用はあるはずだ。有紗は自分の体を恥ずかしく思った。気色悪い爺さんに好きにいじられ、ときに快感も得てしまうことがあるこの体が、ひどく下品なものに感じた。私は汚れている。しかし、汚れなくては生きられなかったのだ。仕方なかった。有紗は無知と貧乏の犠牲者だった。環境が悪いのだ。有紗の周りには誰もその悪を咎める人がいなかった。下り坂を有紗は転がり落ちるままに落ちていった。
でもいいの。有紗は思う。弟が唯一の心の支えだわ。拓人が医者になってくれれば、自分も上に上がれる。お母さんだって、仕事をして苦しい思いをしなくても良くなる。今頑張れば、あとで楽になるから。有紗はそう思って頑張るのだ。
家に着くと、居間でお母さんが寝ていた。疲れがたまっていたのだろう。
「お母さん、お金ここにおいておくわね」
有紗は茶封筒をテーブルの上に置いた。そして、彼女はタオルを持って、外のお風呂にでかけた。爺さんの匂いのついた体を水で清めたかった。
姉が家を出て行く音を聞いて、拓人は襖を開けて居間に入った。お母さんは寝ている。テーブルの上の茶封筒を見つけて、心臓が突如激しい動悸を始めた。さっき有紗がお金をおいておくといっていた。誰も見ていない。そっと封筒に手を伸ばす。つかんだ。中の札を取り出す。一万円札を一枚取り出してポケットに入れた。いったん残りの金を茶封筒にしまって、テーブルの上に置いたが、もっと欲しい気持ちがせりあがり、拓人はまた封筒をつかんだ。視線を感じてはっとして、背後を振り返った。お父さんが立ち上がってこちらをじっと見ていた。お父さんは拓人の右肩を通り過ぎて、居間の窓の外の洗濯物を見ていた。洗濯物の竿に小さな鳥がとまっている。お父さんは窓に近寄ろうとして足を踏み出した。床板がきしんで大きな音がした。お母さんがびくりとして目を開けた。そして、顔を上げて拓人を見つめた。
「あ」
拓人は持っていた封筒をお母さんにつきだした。
「お姉ちゃんが渡してくれって、これ……」
口の中が乾いていて、口内でねちゃねちゃと汚らしい音が鳴った。盗んだ金がばれはしないか。拓人は緊張と恐怖で、どぎまぎしていた。
お母さんは封筒の金を少し見て、すぐに自分のバッグにしまった。
「有紗は?」お母さんは機嫌良く拓人にたずねた。
「お風呂」
「まあ、そうだろうね」くすくすとお母さんは笑った。
母の上機嫌につられて、拓人はお母さんに話しかけたくなった。
「赤ちゃん産まないの?」
「生む必要がないでしょう」
「どうして」
「いらないから」
「僕が欲しいよ」
「じゃああんたが彼女つくって子供産ませたらいいだろ。うちに子供をもう一人育てる余裕はないんだよ!」お母さんは怒鳴った。
「僕はもてないから」
拓人は顔がかっと熱くなった。お母さんを怒らせたことが恐ろしいのと、大人の男としてみられて発言されたことに、拓人は不愉快だった。大人の責任を押しつけられたことが、自分の子供としての自由を奪われる気がして嫌だったのだ。
「勉強するから」
拓人は隣の部屋に行って、襖を閉めた。そして、晴斗の写真を手に取った。
「お兄ちゃんが生まれ変わってまたお母さんのお腹に宿ったのだとしたらどうしよう。お兄ちゃんなのかなあ。せっかくの命なのに捨てるなんてお母さんも非道いよなあ」
拓人はため息をはき、そして、ポケットの一万円札を取り出し、じっとみた。勝手に盗んだことに気が咎めて、胸が苦しくなり、いがいがする。
「これくらいいいだろう。いっぱいお金はいっていたし」
そう言って、罪悪感をなくそうと自分を許すように励ます。
晴斗は拓人の頭を何度もなぐった。
「どんな思いをして有紗がその金を作ってきたと思っているんだ。お前はどうせまた遊びに使ってしまうんだろう。勉強はどうしたの。知っているぞ。お前、最近勉強をさぼりがちになっただろう」
だが、晴斗は思う。拓人を責めてもどうしようもない。有紗があんなことをするのは家が貧乏だからだ。そして、お母さんがまた一歩踏み外した人だから、その子供の有紗も同じなのだ。うちの家系の女は不運なのだ。だが、男は、僕は?
僕は死んじゃった。親不孝だ。お父さんは馬鹿になって、拓人は悪い友達と金を散財して遊び歩いている。男は不幸者だ。
「どうしたらいいんだ。どうしたらこんな不幸な家を救えるのだろう」
晴斗にもわからなかった。
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