ヨシュア×7s ②

 それにしてもヨシュアの用意したテーブルは、ささやかながらも手が凝っていた。


 中央には、芳ばしい香りのローストビーフが堂々と鎮座し、その周りには彩り豊かな付け合わせが繊細に盛り付けられている。スライスされた肉は、絶妙なピンク色だ。


 その隣では、パスタが温かい湯気を立てていた。パスタのシンプルな味付けが、ローストビーフを引き立てる。トッピングされたパルメザンチーズが、ほのかに香り立ち、口の中でとろけることを予感させる。


「いつにも増して気合い、入ってんな」

「当たり前だろ、7s。僕のお祝いだぞ?」


 自分のお祝いで、ここまでする人は珍しい……と言いかけて7sは止めた。恋人の関係になってから、ヨシュアは進路を変えた。少しでも愛する人の側に居たいとFBIに入局したのだ。

 常識知らずの彼が昇進するのにどれだけの努力を重ねたか。知っているのは身内だけである。


 ワイングラスが並べられ、赤い液体が注がれる。深いルビーを思わせるワインは、特別な席に相応しく、華やかな香りが鼻腔をくすぐった。

 グラスを手に取り、ヨシュアの昇進を祝う乾杯の音が響く。

 毎日美味しいが、今日は一際美味しいヨシュアの手料理。陽気なブロンドが目を丸くした。


「んまい! ソース、最高じゃん。レシピはクロエ姐に聞いたん?」

「うん、新作だって。しかも簡単に作れるんだ。そうは思えない味だろ」


 夕食が進む中、ヨシュアがふと思い出したように、ワインを注ぎながら口を開いた。


「そういえば、ホープの奴、最近は何してるんだ?」


 陽気なブロンドが頬張っていた肉を飲み込む。7sとホープは固い友情で結ばれている。少し驚いたように眉を上げ、パスタを絡めながら答えた。


「仕事が忙しいんじゃないか? でも、相変わらずだな。過去を話さない。ナオミも心配してるよ。出産が近いのに」


 フォークを置いたヨシュアは、思案するように口元へ手を当てた。


「そうか……やっぱり、両親のことが影響してるのかもな」

「レイラさんとカインさんのことだろ。両親が戦争に参加してるのに、冷たいよな。ホープのヤツ」


 ヨシュアが、気まずそうに視線を逸らす。彼がいつもその話題を避けるのを7sは知っていた。だが、永遠に避けて通る訳にもいかない。


 ホープは、二人の幼馴染みだった。妻のナオミも幼馴染み。ヨシュアの姪にあたる。二人は10年前に結婚した。

 

 7sはこの中で最も普通の生い立ちをしている。そして、ホープにとって唯一無二の親友でもある。二人はバイク仲間だ。

 だからこそ、純粋に疑問を抱いてしまった。ホープは中学生の時点で明らかに戦闘訓練を受けていた。

 

 彼の両親はかつてテロ組織のトップだった。しかし、国家……というより世界の都合で司法の裁きを受けることはなかった。そのため、現在でも出入国に制限がかけられている。

 

 死神と人間を繋ぐ存在だから、罪を見逃された。


 ヨシュアは過去、死神を使う側だった。ホープの両親が所属するテロ組織を所有していたのも、ヨシュアである。

 かつての彼は冷徹かつ残虐を極めた。求めるは破壊のみ。しかし、死神の能力者である弟キングにより救われ、赤子からやり直す決意をした。

 

 過去に想いを馳せたヨシュアが、薄い唇を引き結ぶ。しばらく沈黙した後、やっとの思いで話し始めた。


「レイラとは、昔から反りが合わなかったんだ。カインのことが絡むと特に……彼女は自分の信念を貫く。僕も同じだった。何があっても突き進む。世界を壊しかねない、ピーキーな信念だよ」

「ホープはそれを理解してるのか?」


 7sの言葉に、サファイアブルーの瞳が泳ぎだす。立ち上がり、露骨に落ち着きのない素振りで手を叩いた。プライドの高い目元に戸惑いの影が落ちる。


「レイラとカインは、弟達が保護しに行ったんだ。東欧戦争の最前線まで。それなのに、どうして拒絶したのか理解に苦しむ。本当に何を考えているのか分からないんだ」

「……親子で拗れてるのが問題だからな。俺たちにできることは、ホープが答えを見つける手助けくらいじゃね。アイツの両親のことは、俺らがどうこうできる立場じゃないし」


 7sの言葉に小さく頷いたヨシュアは、ワインを一口含んだ。口の中で広がる芳醇な香りが、少しだけ彼の心を落ち着かせてくれる。


「そうだな……でも、もしアイツが助けを求めてきたら、その時は全力で手を差し伸べるだろ?」


 7sは彼の決意を瞳の奥に見た。大型犬を思わせる優しい笑顔で包み込む。


「ああ、俺達は幼馴染み通り越して、家族だからな。あいつらに何かあったらすぐ動けるようにしておけば良いんだよ」


 大粒のサファイアブルーを彩る漆黒の睫毛が、儚く揺れる。ナイフを持つ手が震えていた。平凡な生活で手に入れたのは、死への恐怖。

 ナプキンで口を拭った7sは、改めてその白い額を抱き寄せた。


「カインさんは、レイラさんに絶対的な信頼を置いてるんだろ? だったら信じるしかねえじゃん」

 

 冷えた肌をチュッと啄む。 ヨシュアは、消え入りそうな声で不安を口にした。

 

「なあ、7s。たまに怖くなるんだ。本当にこの世界は平和に向かっているか? 僕が生まれ直して行いを正した所で……」

「お前は自分の仕事を誇れよ。んで、目の前のことだけ一生懸命にやれ。俺らが出来るのはそれだけだろ? 死神じゃねんだから」


 目の前のローストビーフを頬張った7sが力強く語りかける。呼応して頷いたヨシュアが、パスタを口に放り込んだ。


「そうだな、食べよう」

「んあ。食い終わったら行くか、ナオミとホープのところ」


 キャンドルの灯りが優しく揺れ、ヨシュアの口角がようやく上がった。柔和な青い瞳が慈しむように、タッパー詰めにしてある食事に差し向けられる。

 料理と共に過ごすひとときが、この先も長く続くことを、二人は信じていた。


 愛する人との暖かく、安らかな食卓。


 その時、スマホがビデオ着信を告げた。


 アンナ・キンドリー


 細い指で画面をタップする。直ぐに慣れ親しんだ、ライトブラウンヘアが飛び込んできた。

 

「ヨシュア、昇進おめでとう」

「うん、ありがとう。これから、ナオミ夫婦のところへ行こうと思うんだ。キングと来るか?」


 不意に画面がノイズ混じりの砂嵐になる。死神が無防備に現れた印だ。扉を開ける音と共に気の抜けた弟の「ただいまー」という声が聞こえてくる。

 次の瞬間、画面が固まってアプリごと落ちてしまった。


「あらま、掛け直す?」

「別に良いよ、どうせアンナの所にも行くから」

 

 時は流れる。

 ヨシュアはかつて、大勢の人を殺した。

 時は残酷だ。

 生まれ直して選んだ贖罪の道も次第に意識しなくなる。

 時だけが真実だ。

 事実、人は忘却する事でしか生きていけない。


 ヨシュアは、明日が当たり前にやって来ると思うようになっていた。途切れた通話をかけ返そうともしない。それより、と手早く玉ねぎを切り、ベーコンと共に炒め始めた。

 歯を磨き終えた7sが、ブロンドの髪をかき上げる。家族写真の飾ってあるスペースを見つめた。


「そう言えばキング伯父さん、痩せたよな」

「単なる加齢だろ。ついこの間も、僕のカルボナーラを食べてたぞ。あ、牛乳取って」

「おん。てか、シャワー浴びなくて良いのかよ。俺の匂いが髪についてんぞ」


 玉ねぎを炒めていたヨシュアは、電磁調理器を止めると、おもむろに振り返って7sの唇にかぶりついた。

 

「お前の匂いなら大歓迎だよ」

「ふん……車を取ってくる。帰ったら、お祝いの続きだ」

「ああ、簡単に寝かせて貰えると思うなよ」

「入れられる方がそう言うの、とってもヨシュアらしくて素敵だよ」


 顔を見合わせた二人は笑い声を上げると、各々の準備に取り掛かった。


 2024年、世界にはまだ希望があった。

 

 夜のダウンタウンは、星のない夜空で煌めいている。闇を突き抜けるように立ち並ぶ高層ビル群、その窓からこぼれる無数の灯り、通りを走る車のヘッドライトが、星そのものとなって降り注いでいる。


 惣菜の入ったタッパーを抱えて路地に出たヨシュアは、夜空を見上げて、平和の残穢を享受した。

 

 ――大丈夫。きっと、明日もやってくる。なんてことない普通の日が。


 信じて疑わないサファイアブルーの瞳に、ダウンタウンの星達が溶け込んでいった。



 


 -『レイラ×カイン』につづく-

 

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(登場人物)

 ヨシュア・キンドリー:35歳。本編ではキングの宿敵だった、一卵性双生児の兄。訳あって人生2度目。寂しがり屋の天然ナルシスト。プライドはとっくに大気圏を突破している。パートナーの7sと一緒に居たくて、刑事になるなど可愛らしい一面も。


 7s・スチュワート:35歳。ガチムチ脳筋警察官。身長190 cm。幼稚園の頃からヨシュア一筋。アホの子だが、作品世界で一番の常識人。ヨシュアとは共に暮らして12年になる。

 

 ・ヨシュアとキングは一卵性双生児。親は三人居る。二人は人間、そしてもう一人が死神。

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