ヨシュア×7s ①
夕暮れの米帝は西海岸。ダウンタウンはオレンジ色に染まり、ビルのシルエットが美しい影を落としていた。
警察官の制服を脱いだ7sは、鼻歌を口ずさみながらシャワールームに入り込んだ。全身をガシガシと洗う。塗れたブロンドの髪を大きく振り払い、洗い立てのTシャツに身を包むその姿は、どこか陽気なゴールデン・レトリバーを思わせた。
今日は、パートナーが昇進試験に合格した特別な日だ。
「俺も年取ったなあ」
190 cmもある上背に鍛え上げられた筋肉。35歳になった7sは、笑い皺の似合う中間管理職になっていた。今や、巡査部長である。彼の素直さは世代や性差を超えて、人から好かれた。
一人でいると、誰かしらから声を掛けられる。何故か食べ物を貰う事も多かった。
この時もそうだった。シャワーを済ませに来た後輩が、背後からひょっこり顔を出す。
「部長は皮膚が薄いから、スキンケアをきちんとした方が良いっすよ」
「ありがとう。でも俺が商品名を覚えたこと、あったか?」
「ないっすね。キンドリー捜査官、昇進したんでしょ。顔の皮が剥けてますよ」
手早くパックを取り出した部下にされるがままの7sは、スマートウォッチの通知を見た。
一時間以上が過ぎたが、何の音沙汰もない。
ヤキモキした気持ちを抑えきれずに、スマホを手に取る。パックのせいで顔認証を失敗した7sが露骨に肩を落とした。
――休暇を取ってんだから『何してる?』くらい聞いてこいよ。
ふいにスマホが頓知気な音を上げながら、震えだした。シャワーを浴びに向かった後輩君がビックリして足を滑らせる。スラッシュする音が、タイルを伝ってこだました。
ヨシュア・キンドリー
発信元を確認した7sが、初恋めいたときめきを覚えつつ着信ボタンを押す。
「おっおう、ヨシュア。どした?」
「……大変だ」
7sの男前な眉間に皺が寄る。捩れたパックが額から、ペロンと剥がれ落ちた。
「ヨシュア、何があった?」
「このローストビーフ、最高だ!」
「昨日から用意してた例のブツだな」
「ああ、コイツは極上品だぞ……」
聞きようによっては、まるでマフィアの会話だ。しかし、二人は至って真剣だった。
何故なら、バカップルだから。
「15分で帰る!! ワインは?」
「おい、7s!」ヨシュアが耳を押さえる。「電話越しに大声を出すな! 耳が痛いだろ!」
――正直、ヨシュアのヒス声の方が十倍はうるさい。
喉元まで出掛かったが、愛おしさで飲み込んだ。スマホは流石に離したけれど。
自転車や電動スクーターが忙しく行き交う中、7sは逸る心そのままに急ぎ足で歩き続けた。夕暮れの街の喧騒が心をさらに焦らしてくる。
信号が青に変わると、7sは立ち止まった。周囲を見渡す。奇抜な服を着た人々、忙しそうな会社員、夜の街で生きる人々が交差点を行き交う。
自分の生まれた街。
最愛の人と暮らす街。
人生の一部としてここにあるこの街が、今夜は特別な意味を持って輝いているように映る。
二人はダウンタウンの中心街から少し外れた所にあるアパートで暮らしていた。
共に暮らしてもう12年になる。
――お祝いに自分でサプライズ用意する男だからな。
本日のサプライズはローストビーフだ。アパートまで後50メートル。「サプライズだ」と突き放しながらも、興奮すると真っ先に報告してくるヨシュアの子供っぽさを7sは愛していた。
香ばしいソースと肉の焼ける匂いが鼻をくすぐる。玄関まで来た時、7sは年甲斐にもなく心を躍らせていた。
「ただいま。ヨシュア、昇進おめ……」
「おかえり! 7s!」
澄んだサファイアブルーが、これ以上はない笑顔で飛び込んでくる。柔らかな黒髪が厚い胸板に垂れた。病的なまでに白い肌は火照ってほんのりと赤く染まっている。
ヨシュアは35歳になると言うのに、20代中盤で時が止まってしまったかのような容姿をしていた。スラリとした長身に、ややもすると非人間的な美しさ。本人もこれが嬉しいらしく、毎日美容に精を出している。
周囲が一目置くやり手の捜査官が、結構なメス化している事を
堪らず喉を鳴らしてしまった7sから、あっさりと離れたパートナーが小躍りしながらバスルームへ向かっていった。
「僕もシャワーを浴びてくる。肉の脂で臭うだろ」
「美味しそうだから、そのままで良いよ。それにお前ちゃんとシャワーを浴びないじゃん。浴びてる風は得意だけど」
痩身には大きすぎるシャツを着ていたヨシュアが、ふくれっ面で腕を組んだ。
「言っとくけど、僕は風呂キャンセル界隈じゃないからな。弟は知らないけど」
「なんじゃそら。どこで覚えてきたんだよ、そんな言葉」
「へ? 日本にいるクロエ」
筋肉質の腕が伸びて、痩身の黒髪を羽交い締めにした。ソファに倒れ込んだ白くて柔らかい脇を思い切りくすぐってやる。
「まーた、薄い本か。俺の好みは一切、買ってくれないくせに。浮気だからな、浮気」
「くすぐった、ヒィ……やめっやめてよ。良いじゃん、僕の趣味なんだから!」
こそばゆくて思わず振り切ってしまった白い手を、7sが優しく掴む。暫し見つめあった二人は、笑顔で唇を重ねた。ソファーの軋む音がする。
「愛してる、ヨシュア。昇進、おめでとう」
「もっと僕の事が好きになったか?」
二人がリフォームを繰り返してきたアパートには、彼らの仲間たちが皆、笑顔で収まった写真が飾られている。レトロモダンを基調とした壁には、石畳を模したデザインが施され、蔦が這っていた。
「俺はお前に出会えただけで幸せなんだ」
二人は倒れ込んだソファの上で、甘く深い口づけを何度も交わした。言葉では表せない愛情と幸福感を注ぎあう。夕日が最後の光を落として、窓辺をキラリと染めた。
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