第3話 王様の記憶03

ネロは半袖の真っ白な海軍服を涼しげに着こなしていた。浅黒い肌の上で、深海のように青黒い瞳がキラキラと輝いた。左右にそそり立つ金色のプロペラ髭が、吹いてくる風にふわふわと揺れた。尖ったほほ骨は、下手に触れると刺さりそうだった。太陽のように赤い唇は、微笑むと三日月のように細まった。

 

 彼は制帽を脱ぐと、先ほどの少年よりも一段と深いお辞儀をし、こちらが卑屈に感じる前に、すばやくパッと顔を上げた。そして、その美しい金髪を再び帽子の中に押し込んだ。

 彼はそれからキッド船長の方にもお辞儀をして見せた。


 「今日も陛下のファーストレディはおうつくしい。こんな暑い日にはもってこいの、ごりっぱな毛皮ですな、ミセス!」

 ネロがごつい手を差し出すと、キッド船長は私の膝から飛び降りた。ネロは猫だけには人気がなかった。


「声が大きすぎるんだ」私はいった。


 ネロは「これは失敬」と笑い、美しい赤毛をさっと帽子の中にしまいながら、「陛下、何か不都合はございませんか?」と言った。

 

 ボンドが横で何か言いたげにしているのが感じられた。彼はネロ船長に対し、不満を億千も貯めているのに違いなかった。


 だが私は「何もない」と答えた。「実に気取りのない、素晴らしい船だ」


 「恐れ多いお言葉。もっと陛下におあつらえ向きの立派な船をご用意できればよかったのですが。あいにく他の船は全て出払っていまして」ネロは全然恐れ多くなさそうに言った。「何ぶん急にひらめいたものですから…きっと陛下を船旅へお連れしたら、さぞかしお喜びあそばされるだろうと」


「そう、君の提案はいつだって急だ。だが、その唐突さに、私はいつも救われているんだ」


 ネロは私の言葉を心地よさそうに聞いていた。私はすっかり満足した。


 するとネロは唐突に水平線の向こうを指差して、「ご覧あれ、陛下。どこまでも広がる海、海、海!ここには陛下を苦しめるものは何一つとしてありません。ねえボンド卿、あなたもそう思われませんか?」


「ええ全く素晴らしい旅です」ボンドはそっぽを向いたまま答えた。


「本当に、全くだ。こんな旅は生まれて初めてだ」私はすかさず言った。「目的地も、余計な荷物も何もない。今までにない自由を感じるよ」


 ネロはニコニコして言った。


「大変光栄でございます。では、こういうことはいかがでしょう、もっと自由を感じるために」ネロは私の頭の方をちらっと見た。「いっその事、冠も脱ぎ捨ててみては?」

 

 私はほぼ反射的に、さっと冠を抑えた。ネロの鋭い視線が、私にそうさせたのだ。

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