第2話 王様の記憶02

空っぽになったグラスを逆さまにすると、すかさず少年の給仕がすっ飛んできて、卑屈なほど深いお辞儀をしてから、鼈甲色の酒をなみなみ注いだ。雪のように白い肌が、太陽光の下で陶器のように輝いた。


 君のそのお辞儀さえなければ、あと10秒早くこの幸福な甘いお酒を口にすることができたのだ、と私はいった。もっと素早くお辞儀を終えたまえ、それがバカンス中の王へのほかならぬ礼儀というものだ。私は洒落た冗談を言ったつもりだった。

 

 だが少年はニコリとも笑わなかった。お辞儀のせいで彼の金髪はあっちやこっちへ乱れていたが、それを直す気は無いようだった。むしろ、このお辞儀のせいでこんなに髪は乱れたのだ、といわんばかりであった。私は彼の目の奥の、私の中身を見透かすような光に気づいて、思わずさっと目を背けた。それは私が公務とともに陸地へ置いてきたはずのものの一つであった。

 

 少年は再び深いお辞儀をすると、そそくさと船室へ引き上げて行った。私はお皿いっぱいに並べたチョコの一つをぼんやりとつまみ上げた。暑さで溶け出したチョコは、私の指を真っ黒に汚した。



***



「陛下、ごきげん麗しゅう!」


 突然背後から、甲高いラッパのような声が響いた。ネロの声は、その声を聞いて初めて本物の人生というものが始まるのだと錯覚させるような、強い力を持っていた。


 私の全身は緊張した。それからすぐさま肩の力を抜いて、この上なくリラックスしているように見える体勢を整えた。ネロが私の前に太陽をさえぎって立ちはだかった。

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