命ある享楽

・・・



 魔法少女には変わり者が多い……というか頭おかしいと思われがちだ。



 例えば北の部隊にはすごくバカな守護者がいて、南の部隊にはとてもバカな英雄がいる。

 タチが悪いことにどっちも天才で、とんでもない実績を残してるという最上位の魔法少女。

 そのせいで強い魔法少女ほど頭ヤバいんじゃないかという噂がまことしやかに世間で囁かれてたりするものだけど……違う。

 変に目立ってて人気があるから他もそう思われてるってだけの話。あの二人が特に変なだけ。


 いや、というかあの変な二人だって実際はちゃんと凄い人たちだ。

 私たちの頂点にして、目指すべき場所。私たちを率いる、最高峰の存在。

 最上位魔法少女は全ての魔法少女たちの模範としてふさわしい、本当に凄い人。



 と、思ってたんだけど……。

 もしかしたら認識を改めたほうがいいのかも、しれないな……。





 対魔獣組織第二部隊。


 ここには第一部隊の『執行』と並び称される、生ける伝説がいる。


 うちの隊長……『再生』の魔法少女のことだ。


 最年長の最古参。人々のため最初期から最前線で戦い続けてる、本物のヒーロー。

 戦えば敗北はあり得ない勝利の女神で、私たちの憧れの存在。


 だから実際この部隊に所属することになった時は緊張で死にそうになったほどだけど……。



 実際にあった時の印象も、決して悪くはなかった。

 想像以上に洗練されてて、大人で、冷静で、新人の私たちより働く、理想の上司のようで。


 強く、辛辣だけど甘く、冷たくも優しい。

 私たちのことを大事にしていることがよくわかった。


 たとえそれが、私たちに過去の誰かの面影を重ねているだけ、なのだとしても。


 ……私たちは彼女の力になれることが、嬉しかったんだ。


 そして……そのうち私たちは、彼女のことを助けたいと思うようになった。


 そう、彼女には助けが必要だった。助けが必要なほど、弱っていた。


 強くて弱い。強すぎて、脆い。

 壊れないのではなくて……何度も壊れては取り繕っているだけ。


 取り返しのつかないくらいボロボロで。

 それでも、その力のせいで何とかなってしまっていた。


 死ねない死にたがり。果たされない自殺行為。何度も傷ついては元に戻る。

 彼女の戦いには……救いなんかどこにもなかった。


 戦いの中では、彼女は救われない。絶対に。

 でも……どうしたら救えるのか。彼女の大事なものはもう、返ってこないのに。


 結局は彼女を戦いから遠ざけることだけしかできなくて。

 その姑息な時間稼ぎも、既にバレてしまった。


 どうしたらいいのかわからなかった。

 わからないまま、癇癪を起こして険悪になってしまった。最悪にもほどがある。


 そのまま魔獣との戦いが始まり……よくわからないまま戦いは終わっていた。


 戦いがあったということ以外、何があったのか、あまり覚えていない。


 詳細も曖昧。記憶も朧げ。おかげで報告書を作るのに苦労したけど……。



 なんとなく……彼女を押し倒したことは覚えてる……いや私、何をしてんだ……?

 それが必要だったって感覚は残ってるものの、ほんと謎なんだけど……?



 ……だけど。笑った顔も泣いた顔も、あの時、初めて見た。


 あれ以来、彼女は変わった。と、思う。



 多分それは、いい方向に変わったんだろう。

 戦闘は相変わらずだけど、前みたいな雰囲気ではなくなった。


 たまには笑うし、ふざけたりすることもあるし、わがままだって言うようになった。

 非番の時も仕事せず休むことも増えたし、こっちの用事にも付き合ってくれるようになった。

 まるで、普通の女の子のように。だけど、戦いの時は凛々しく、強く。


 もう彼女はゾンビのように、呪いに生かされた英雄じゃないんだ。

 生きた人間として、私たちの憧れの存在として、蘇ったんだ。



 だからそう、これもいい変化……きっといい変化なんだ……。









「おしゃけー」



 だれだこいつ。


 いやまじで……嘘だろおい……?

 誰か教えてくれ……この食堂で呑んだくれてる隊長っぽい女はいったい……?



「隊長……なのこれ……?」



「隊長? ふふ、私がそう、隊長。第二部隊だけど、総隊長? ……ははっ!」



「えぇ……」



 なんか急に笑い出したけど何が面白いのかまったく意味がわからない。


 いや、これが……私たちの憧れだったヒーロー……?

 この多種多様なアルコール飲料に囲まれた、見るも無惨なダメ人間が……?


 夢じゃないの……?



「いやはや中々どうして、こんなにも良いものをずっと他の大人は楽しんでいたんだな。実に楽しい。実にずるい。……実にずるいっ!!」(バンッ!!)



 台バンすんなや。落ち着け。正気に戻れ。


 ていうか……、いやいやちょっと待ってよ、ちょっと。まじで何なのこれ?



「……ちょ、ババァ! ってちがう! 食堂の方のババァ!! いるでしょちょっと!!」


 え、なになに? みたいな顔で反応すんな酔っぱらい!

 今呼んだのあんたじゃないわ!



「なんだいうっさいねぇ」

「うちのババァが大惨事なんですけど!! 酒出したでしょ!! なにしてくれてんの!!」

「別にかまやしないでしょうが。この子は成人してるんだから」

「いや、まぁ、そうなんだけど……でもこれヤバいよ!?」



「へいよー、酒なベイベー。ちぇけら」



「……ヤバいでしょこれ!?」

「楽しそうだろ? 笑うようになってよかったよ」



 おかしい、味方が……いない……?

 もしかして私の方がおかしいのか……?


 いや確かに、ネガティブオーラ出しながら無表情で機械的に飯食ってるよりはいいんだろうけど……!

 この人いちおう今日は休みだけどさ……いや休みでもこんな呑んだくれてたらダメでしょ!?


 笑ってるよ? 笑ってるけどさ、これ多分ダメな笑顔よ!? ダメ人間まっしぐらじゃん!!



「そもそもなんで急にお酒なんか」


「ん? ああ、今まで飲まなかったのは飲んでも勝手に魔法で回復して意味が無かったから、ね。でも今の私は気持ちよく飲める。実にいい気分だ」



 食堂ババァに聞いたつもりなのに、急に横からカットインしてきたアル中ババァ。

 ぐびっ、ぷはっ、と日本酒っぽいのを盛大に煽ってる。なんだこいつ。


 いや、私未成年だからよくわかんないけどさ、ちょっとこれ健康に良くない飲み方なのでは……?

 この人に健康を語るのはあまりにも無意味だってのはわかるけど、でも、でもさ……!



「うぃっ……。ああ、ちなみにタバコは不味かった。たぶん私の肺が綺麗すぎたんだな。でもお酒にはちょっと感動したよ。まさしく最高にハイってやつだ……くくっ……」


 なにそれさっきから脊髄で喋ってんの?

 もうちょい脳みそ使ってしゃべってくれませんかね?


 ああ、私はこんな面白くない親父みたいな隊長、見とうなかったっ……!



「ふぃ……ふふ」

「うぅ、こんな隊長やだ……」


「一つ教えておく」



 ……え、なに急に。こわ。

 ついさっきまでへらへら笑ってたのになんか急にスンって表情消すのやめてこわい。






「私は弱体化した」



「……、え?」



「色々試したけれど、大幅に弱くなったといえる」

「どういう……」


「わからない? 私は今、酔っぱらっている」

「……?」


「つまり、酩酊という状態異常に掛かっている」

「それが……?」


「すぐに正常な体調に戻らない。再生効果がほとんど働いていない。簡単に言えば、今みたいな状態の私は……

「……!?」



 言われていま、ようやく気付いた。

 酔っ払ってるということは、体調も元に戻すとされる『再生』が……今は働いていない……?

 再生しないんなら……今、もし何かあったら、彼女は死ぬんじゃないか……?



「とはいえ自動再生は無くなったわけじゃないし、身体欠損の回復は早い。弱体化したとはいえ死ににくいのには変わりない。そして即死さえしなければ結局一瞬で『再生』できるのだからあんまり問題はない」

「……」

「元々、一回魔法を使えば魔力も無限再生するから勝手には解除されない。そして以前は使ったあとの解除がずっと出来ないままだった。でも今は出来る。つまりスイッチ式に近い。解除しなければ以前と同じだけど、不要な時は解除してる」

「……それって」



「大丈夫。勝手には死なない。死のうともしない。これは未必の故意の自殺じゃないから。私が生きるために、生きてていいって思えるために、生きてたい、少し怖いけど、そう、なんとなくこの先……生きてたらいいことが待ってる……そんな気がしてるから……」



 どこか遠くを見るように。何かを懐かしむように。

 その目は私ではなく……何かの面影を見てる、ように思う。



「とりあえず指揮官とは分かり合えそうにないな……あの人はヘビースモーカーだったから……でもおさけが呑めるなら話し合えるかなぁ……」



 ……彼女が過去を語るのはとても珍しい。

 アルコールが、口を軽くしてるんだろうか。



「もーまんたい、のー、まんたい。のむけど。もむ。のむ。……もむ?」

「なんでだよ」



 とろんとした目で意味不明なこと呟き始めたと思ったら突然、自らの胸を両手で持ち上げてセクハラをかましてきやがった。

 いや揉ませを迫るのはセクハラなのか? しらんけど。



 ……。うん。


 でもなんだろう。やっぱりいい変化、なのかもしれない。

 彼女は確実に……何かから解放された。そう思う。


 少なくとも以前はこんな隙を、弱みを、私たちに曝け出したりはしなかった。


 これは多分、脆さではなく柔らかさ。

 触れたら痛む傷じゃなく、隠されていた彼女の軟らかい部分。

 それを、私たちに見せていいと、思ってくれてる……のかもしれない。



「ふ……ふふ……でもちゅーどくには、きよつけないとね……」

「いやちょ……もう呑むなっ!」


「あー……おしゃけ……」


「ええい、コップから手を放せっ!」

「……」



 ……。



 ……?



「……え、ね、寝た? いきなり?」

「ああ、ずっと飲んでたからねぇ」

「いや止めろよババァ」

「私には止める資格なんざないさ」

「そういう問題じゃ……」


「そういう問題さ。この子の命はこの子が決めるんだよ。ようやく決められるようになったんだから……それを取り上げちゃあいけないんだ」


「……」



 よく、意味がわからない。

 たぶん、次も見かけたら止めると思う。


 だって私は、『障壁』だから。


 彼女が勝手をするなら壁として止めるべきだ。

 そして、彼女が危険になるなら、それも阻まなければ。


 そう、弱くなったというのなら私たちが守ればいいってこと。


 そうだよ。ようやく、ようやく……私たちに守らせてくれるようになったんだ。



「しきかん……」



 私は、彼女の大切な人の代わりにはなれない。

 だけど、今の仲間は……私だ。隣に立っているのは、私なんだ。


 今の彼女を守るのは、私の役目。



 だから……こうして彼女をおぶって寝床に運ぶのも、きっと私の役目。

 ……別に、それぐらい許してくれるよね?



 顔も知らない指揮官さん……?



「ん……」

「ほら、仮眠室いくよ酔っ払い。……意外と隊長軽いな」


「ん……ん……」

「……ふふ」



 しかしこうして見ると、なんだか可愛らしい一面と言えなくもないのでは。

 普段があれだけキリッとしてるから、ギャップがあって意外とアリかもしれない。


 ……凄まじく酒臭いけど。冷静に見たらかなりダメな大人だけど。



「……、ん……ごめん……」

「いや……いいって隊長。たまにはこういう日があったって」



「……吐き、そう」



「は?」

「ちょっと待って、今からまほー……、ぅ……!」




「おいババァふざけ──




 おまっ、ふざっ、……っえ、なんで全裸!? 服は!?

 やわ、え、あ、魔装、いや魔法解除してるなら中に何か着とけよ!!



 あー! ちょ、きたなっ……! 酒くさっ……あーっ!!





 誰か助けて!!





・・・

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