違和の兆し

 何かがおかしい。

 けど、何がどうおかしいかわからない。


 いつも通りの日常。いつも通りの仕事。何もかも、いつも通り……?



「えっと……状況、終了?」

「そうね。さっさと事後の状況確認して帰りましょう」



 数日ぶりに魔獣警報が鳴り、私たちはいつも通り出撃して、いつも通りに作戦を遂行し終えたところ。

 これまでと変わらない、当たり前のような一日。だけど、違和感が拭いきれない。



「……」

「ぼさっとしてないでアンタも早く動きなさいよ。私は先行くから」



 とりあえず一点、副隊長……彼女が妙に優しい気がする。


 といっても言葉自体は相変わらずキツイ。

 それに作戦も相変わらず人の心ある?って感じの私へのイジメに近いやつなんだけど。


 いやいや、それが一番効率いいってのもわかる。わかるけど、怖いんだって魔獣はやっぱり……。

 今だって魔力に還りつつある魔獣たちの死骸の中心で、震えそうなのを隠してる。

 情けないかもしれないけど、怖いものは怖いのだ。仕方ないのだ。



 そんな、私と彼女が所属してからのこの部隊の基本戦術は別名"誘蛾灯作戦"とも呼ばれてる。

 作戦手順は以下の通り。




 いち。魔獣の群れを見つけます。


 に。私が広めの空間で『反射』を展開して待機します。


 さん。彼女が魔獣たちのヘイトを『誘惑』して全部私にぶつけます。


 し。魔獣の攻撃が『反射』しまくって、魔獣が勝手に死にます。以上。




 まさしく、飛んで火に入るなんとやらってやつ。自傷ダメージだからちょっと違うけど。


 この作戦の大きな利点は、常に最小のリソースで最大の結果を得られること。

 毎回の損耗は二人の魔法による魔力消費のみ。私たちは傷一つ付くこともない。

 私は立ってるだけだし、周りの人が気をつけるべきは跳弾的な流れ弾だけ。


 でもね、何度も言うようにこれ、めっちゃ怖いんです私。



 だって少し想像してほしい。



 絶対壊れないと確信できる、何もかも跳ね返す無敵のガラスみたいなものに囲われた、丸腰の自分を。


 そこに、血走った目で何度も何度もぶつかってきて、血塗れになりながらどんどん弱っていく獣の姿を。


 明らかに正気とは思えない自殺行為を次から次に繰り返す、ひたすら襲いかかってきては弾き飛ばされ続ける狂気じみた獣の群れを。



 いやこれ、なんてパニック映画のワンシーン?

 そのへんのホラーの方がもうちょっと描写優しいと思うよ……?



 ふふふ……怖い。



 初めての頃なんか、私への集団リンチ自殺とかいう意味不明な惨劇にマジでビビり散らかして、漏れちゃいけない恐怖心的な何かアレが出ちゃいましたからね。

 何故か初回の作戦後、隊服がいろんな意味でダメになっちゃったけどなんでだろうなぁほんと不思議だなぁ。



 ……最近は何も無いですけど?なにか?



 ともかくそれ以来、私は作戦中は隊服を着ずに、魔力で編んだ魔装を常に身に付けてる。『反射』があればそれ以上の防御力は必要ないのにね……。


 まぁ実際『反射』の適用範囲が私の肉体なので、私自身は傷つかなくても普通の服は傷つくわけだから、全く意味がないわけでもないけど。

 作戦上被弾がとにかく多いので、魔装を使わないと結果的に誰も得しないサービスシーンが発生しかねない。いや、マジで誰得?


 そんなこんな、なんか見た目も何も考えずに思うままに構築したら普段着てるジャージっぽくなってしまったけど、別にそれはいいでしょ。誰にも迷惑かけてないし。

 なわけで、単にズボラだからって理由でジャージ姿してるじゃないんです。そこらへんわかってほしい。


 それにほら、ジャージなら動きやすいし、汚れも目立たないし?

 最悪再展開すれば万が一なんか染みてても綺麗に消えるし?


 ……いや、えっと、なんかっては、その、あれです、返り血とか?

 断じて私の心と体から漏れ出る何かではないけど、魔装は洗濯が要らないから実際楽よ……!

 たびたびみんなの白い目に曝されることを除けば、実に効率的な恰好っ!


 うん、まぁ実際、もし魔力が無限にあったら常時魔装でもいいやって思うくらい楽で快適なのは確かなんだよね。

 関東の部隊にはそれをやれてるやばい人もいたりするのでちょっと羨ましい。ずるい。


 あ、ちなみに魔装展開中、リアル下着は穿いてないです。深い理由は察してください。ちょっとスースーして妙な感覚があるけどそういう趣味じゃないです。

 もし今ここで魔力切れになって魔装が解けたらどうなるのかな……って想像することもありますが、決して変な趣味じゃないです。違います。






 うん。思考が思いっきり脇道に逸れた。



 そんなわけで正直なところ、私自身は言われてる等級の割に途轍もなく強いってわけじゃないし、魔獣の群れを一人でどうこうできるわけじゃない。

 そのまま『反射』状態で殴れば多少の攻撃力はあるけど、運動神経も悪く身体強化は苦手だし、魔力弾も並以下。

 こちらから仕掛けるにも動きが酷すぎて先制できないので、結局後攻ガン待ちカウンター戦法にならざるを得ない。

 単体でそんな大それた戦果を挙げられるってわけじゃないのだ。過大評価されてるけどそんな大した存在じゃない。


 広報の『識別』ちゃんが勝手に認定してくれる魔法少女等級、という指標は、基本的に同等級の魔獣を単独で倒せるというもの。それを助ける支援魔法だと一個か二個等級が下がる。

 私が第七等級って言われてるのは、ひとえにその魔法の防御性能がおかしいから。実質的に最上位の第七等級魔獣とだって、無傷で戦える。すんごい長期戦になるけど。


 その防御力は、あの恐ろしい最強の魔法少女……『執行』さんですら現状じゃ可能性が見つからない、と言うほどの無敵っぷりなのだ。

 古今東西私の身体に傷をつけられるものなど、存在しないと言っても過言じゃないだろう。最強の防御魔法という称号、だけは伊達じゃない。


 まぁ『執行』さん、あるいは最大の大規模執行……とか呟いてたのが凄く怖いんですけどね……。



 いや、あなたのそれ、一昔前に太平洋からの最悪のスタンピードを一瞬で殲滅した、伝説的魔法ですよね……?

 そんなやべーの私個人にぶつけるとか考えるのも無しにしていただきたいのですが……普通にチビりかねないんですけど……。



 そういえばこの『反射』の仕組みも、学者さんによると物理的には有り得ない話らしい。

 完全反射のためには、細かい話は意味不だったけど例えば、シンプルに私の体重が無限にならないといけないとかなんとか。


 なんかいやだなぁ体重無限の魔法少女って。すっごい太そう。それか逆に密度がやばすぎてブラックホールになってるか。

 まあ、魔力という未知のエネルギーのおかげで私は安心して体重計に乗れてるってことですね。でも体重は秘密ですよ。……体重を操れる魔法があればなぁ。






 ……あれ。えーっと、何の話を考えてたんだっけ。



 ああ、そうだ。作戦だ。


 私たちの作戦は文字通り誘蛾灯。誘い込むための光が無いと成立しない。

 だからここまでの戦果を挙げるには、私一人では不可能なんだけど……お偉いさんの中にはそれが分かってない人も多い。


 派手な殺戮……集団自殺現場の中心にいつも私がいるせいで、私ばかりが目立ってしまう。

 だからか、広報動画で魔獣を倒す場面の時も彼女の助けを借りてたのに、彼女は映ってなかった。


 ゲームとかだと敵を釣ったりヘイト管理する人ってめちゃくちゃ重要なんだけどなぁ……。

 いや、本来それはタンクである私がすべきなんだけど。


 というか、私ってタンクか……? むしろトラップ……?

 カウンターシールド的なの装備してひたすら身を守ってる壁役ってなんて言うんだろ……?






 ……ん?



 いけないいけない……、また思考が脱線してた。


 そう、だからこういう扱いに彼女が不満を抱くのも当然だし、私へのヘイトもそういうアレなのかなって少し思ってたんだけど……。



 なんか最近違うような気がしてる。少なくともここ数日、彼女から直接的な強い罵倒を受けてない。

 いや、罵倒を受けたいわけじゃないけど。そういう趣味ではないので。違います。罵倒は普通に嫌です。怖いので。


 っと、とにかく。


 ……私は何も変わってないのに、私と彼女の関係性が、変わったってこと?

 つまり、何か彼女自身に変化があった?


 彼女が私を嫌う……うん、多分ずっと嫌ってたんだとは思う……、けど、その嫌う理由が変わるきっかけが、彼女にあったって……こと?


 何もわからない。わからないということしか、わからない。






「たいちょー?」



「……」

「ねぇたいちょーってば!」


「え、あ、はい!?」

「あんまボーっとしてたらダメなんだよ。ふくたいちょー、げんばけんしょー? もう始めてるよ?」


「あ、すみません……」



 考え事してたらいつの間にか立ち止まってたみたいで、怒られてしまった。

 めっちゃ年下の新人に詰められる最高責任者の図。我ながらダサいですよね……えへへ……。


 しっかしそれにしてもこの子、年齢よりも更に幼く見えてマジ幼女。小さくてかわいい。

 こう、ダボ付いた隊服着て、腕をパタパタさせて、精一杯目を吊り上げながら怒ってて微笑ましい……。


 なんか癒されるなぁ……。副隊長の彼女もこんな可愛げがあるといいんだけど……シンプルに怖いもんなぁ……。



「むぅ……!」



 かわいい。マジかわ。


 かわいいけど、あんまりこの子を怒らしても流石にアレよね……ふぅ。



 スッと熱が冷めるように、この子への興味が消える。


 ま、大体からしてそもそも私が悪いのだから、ちゃんと仕事しよ。










「遅い」


「す、すみません……どう、でした?」

「いつも通りね。今回はかなり魔力比率が高い魔獣だったから死体もそんな残ってないし、事後処理の要請も少なくて済みそう」


「……なるほど?」

「その、首を傾げるのやめなさい。とにかく確認した限り破壊されてるのは主に地面で、必要なのは整地くらいだから。他に公共物の破損もなさそう」



 出遅れすぎて私のやれることほぼ残ってない件。

 マジですみません。帰ってからの書類はちゃんと書くんで勘弁してください。



 ……。



 ……、でもほんと、変な雰囲気。



 気のせいなのかなぁ。やっぱり優しいし丁寧な気がする。

 いつまでもこんなに気になるってのも少し不思議だけど、どうにも気になる。


 こんなにも一つのこと気にするの、なんだか私らしくないけど。なんていうか……?




 ……?




 そんな予感がする。


 でも、私にとってみんなにとっても、悪いことは何も起きてない。

 だったら別に……いいのかな。




「よし。こんなもんね。帰りましょう」

「はい」


「……少しは隊長らしくしなさいよ」

「え、あ……すみません」


「まぁ、別にいいけど」

「すみません……」





 うーん……調子狂うなぁ……。


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