鏡への誘惑

災いの恐怖

 人の身に余る、奇跡の切れ端。

『創造』『進化』『増殖』。『啓示』『剥奪』『統合』。それを『支配』する、神たる我。

 歩みは異なる。思惑は渦巻く。しかして辿り着くは同じ終末。


 我らは新たな七の星。獣を従え人を統べる、六の使徒と一の神。

 大いなる十の角が世界を砕き、選ばれし魔女が掻き混ぜる。混沌に満ちる、絶望も悲劇もない、創世の楽園のため。


 ……果たして、本当に、出来るのだろうか。既に三本が折れている。何の成果もなく。

 これは予言の範疇なのか。正せる異常か。戻せる逸脱か。補える不足か。わからない。でも、やらねばならない。もはや世界は救い難い。如何様にも成り得ない。

 世界に神がいないのならば、誰かが神となって作り直さなければ。そう決定付けたのだから。

 崇高な使命。普遍の運命。真実の革命。罪も過ちも覆る。魂の再分配によって何もかも。

 迷うな。立ち止まるな。やらねばならない。他の誰にもできない、本当の救済を。



・・・






 魔獣が恐ろしい。そんなの、誰だって同じだろう。

 災害みたいなものだから、地震や雷が怖いっていうのと同じようなものだよ。

 それらと違うのは、明確な敵意を持って、こちらに襲いかかってくるということだけ。


 ……例えがあまり正確じゃなかったかも。いわば、熊とか虎が怖いっていうのと同じ感じかな。

 それの、もっともっと規模が大きい版。近代兵器をも凌駕する、対処の仕様がない厄災。



 一般人では、第一等級の魔獣であっても危険だ。

 例えるなら凶暴な大型犬。武器があっても、それを無事に倒せる人は案外少ないんじゃないかな。


 第二等級の時点で一般人が対応できる範囲を逸脱し、専門家の領域になる。

 対応できるのは最低でも軍人、もしくは魔法少女。戦う資格も無しに対峙しようとすれば、きっと命を失う。


 第三等級を超えたらもう、軍人でも対処は困難だ。

 このレベルになると魔力装甲も分厚く、生半可な銃器では傷一つ付けることはできないのだから。

 魔力無しでは、恐ろしいほどの大火力兵器でなければ、戦力になり得ない。


 そして、第四等級以上ともなれば……近代兵器はほとんど役目を果たせない。

 高等級だとそれこそ、核兵器くらいしかないんじゃないか。使えば世界を壊してしまうけど。


 でも、だけれど。

 魔法少女なら対処できる。

 魔力を以って、生身で化け物と戦える。

 それが人類にとってどれほどの希望になったのか。

 安全で、クリーンな、少女の形をした兵器。


 あらゆる否定の声を捩じ伏せて、この国は真っ先に魔法少女を戦力化した。

 そして、魔獣によって荒れ果てかけた状況を、たった数年で安定させた。


 その英断が、成果が、世界的に今の私たちの立場を決定づけている。



 ……ところでだけど。


 一般の人にとって、魔法少女ってどのように見えるのかな。

 メディアの評価は概ね好意的。これはプロバガンダも含まれるだろうけど。

 大半の人たちも、大体好意的なんじゃないか。

 前線部隊にいると、ファンレターなんかを貰えることも珍しくないし。


 小さい子から魔法少女になりたい!っていう言葉が届いたりすると、やめといた方がいいよと思いつつもやっぱり少し嬉しくなってしまう。

 まぁ、夢見ても……なろうと思ってなれるものじゃ無いけどね。

 幸か不幸か素質が無ければ、入口に立つこともない。


 助けてくれてありがとうって言葉もある。

 魔法少女やってて良かったなって思うことってそんなに無いんだけど、なんか良かったなって、助けられて良かったなって思わなくもない。



 でも……それは助けることができたから。運良く取り零さずに済んだ人の話。

 何かを失ってなお、私たちを応援してくれる人は……良くて半々くらいかな。


 魔法少女じゃない人にとって、魔法少女ってどのように見えるのだろうね。

 特に、魔獣によって大事なものを失った人にとって。もしくは、失いかけた人にとって。


 ……それはきっと、魔獣を思い起こさせる、恐怖の象徴なんだろう。


 正式なものじゃないけど、魔獣等級はそのまま、魔法少女にも当てはまる。

 適合したての第一等級相当の魔法少女であっても、大人の男の人にだって負けない。

 そして上位の魔法少女であれば、一人で軍隊と渡り合える。

 第七等級ともなれば……想像もつかない怪物だ。




 私は不幸にも、その最上位に辿り着いてしまった望まれぬ怪物。


 第六部隊隊長、『反射』の魔法少女。死を映す鏡であり、触れられざる楔。


 人を虫けらのように殺す存在を、虫けらのように殺す存在。




 そんな存在が、欲望のままに力を振るわないという保証がどこにある。

 魔獣のように人に牙を剥かないという保証が、どこにあるというのだろう。

 あるのは、国の法律と、対魔獣組織、この二つの枠組みだけ。


 今の平和は、私たちの理性と分別によって保たれている……薄氷の均衡なんだと。

 そんな事実を理解してしまった大人が、果たして正気を保って私たちを直視できるだろうか。


 きっと私たちは、分別ある存在とは見られない。

 平均年齢は14歳。絶対的に、大人では無い。



 ああ、わかるよ。わかってしまう。私だって怖いもの。だって、どう言い繕っても危険な存在には変わりないのだから。

 魔法少女も魔獣も、普通の人にとっては一緒だ。どっちも生きた災害で、私たちはたまたま味方側にいるだけの化け物。

 殺傷能力を持った子供ほど恐ろしい存在はないだろう。私だって……仲間たちのことがたまに怖いんだから。



 実際、増長する魔法少女もいないわけではないんだよ。

 平和が私たちの理性と分別によって担保されているのだから、それを守らせたい国や組織の大人たちは私たちに対してかなり手厚い。厳しい義務と同じくらい甘い権利を与えてくれる。

 そして、その権利は傍からみたら過剰なまでに多くて、それはその家族にも与えられている。


 優遇、補助金、その他諸々……まぁ当然、調子に乗ってしまう子もいるんだよ。

 だって大人ぶってみせたって、子供なんだから。仕方ないよ。



 だから組織は最初、とにかく新人に厳しくする。

 そうした教育を経て、無邪気でバカな子供は現実を知り、立派な魔法少女に矯正される。


 いや、うん……たまーに、本当に教練受けたのか疑問な人もいるけど……北の人とか南の人とか。

 でもそういう人たちだって魔法少女としての立場をちゃんと弁えている。と思う。


 だから大丈夫なんだ。安全なんだ。

 ってそう言われて、みんな納得するしかない。


 でも心の底では納得できてない人たちもやっぱりいて。


 私たちに敵意を隠しきれない、そんな人たちもいる。







<対魔獣組織の天下り? 外部機関との癒着疑惑>


<独占取材! 魔力量……等級……元関係者が語る魔法少女の組織内格差>


<魔獣、その特性と危険性を専門家が徹底解説 「魔法以外による対処はやはり困難」>


<魔獣被害が減った今こそ議論すべき、魔法による国際紛争の可能性>


<今や広報にしか出ない『執行』は引退か、それとも……>







 例えば……いま私の目の前に広げられてる雑誌の記事を書いてる人、とかもそうなのかな。

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