徒らな思い



 本当は、彼女が目覚めたことをすぐにでも各所に報告した方が良いのだろう。

 とはいえ……彼女との、今の時間を邪魔されたくないという気持ちもある。


 上に報告するタイミングは、主治医の人に任せた方がいいだろうな。

 そういうのに柔軟な対応してくれる人だから、きっと良きに計らってくれるはずだ。

 私と同じく一日3回、体位変換を兼ねてモニタリングをしに来てるから、あと2時間もしないうちに来るはず。

 きっと、驚きながらも喜んでくれるだろう。


 ……いや、先に報告しろよと自分でも思うけど、でもやっぱりこれは直に見るべき光景だ。

 誰もが回復不可能だったと思っていたはずの、彼女が回復したという、奇跡を。


 まだ安心するには早いかもしれないけど……いや、やばい泣きそう。落ち着け。


 なんかようやく心が現実に追いついてきた感がある。

 泣いたら止まらなくなりそうだから、頑張って抑えないと……。



 とりあえず事務室から情報端末を確保して、すぐさま病室に戻る。








 そうして、そのまま調べ物を始めた彼女の隣、サイドテーブルで報告のための書類を書いてたのだけど……。


 度々咳き込みながらも……なんか、嫌に静かな感じがする。


 くるくるずっと指が回っていて、その表情は……なんだろう、複雑そうな……?




「……ボクの現状を知っている人間は、何人いる?」

「えっと……?」



 唐突に口を開いたかと思えば、そんな質問。

 まあ、関係者という関係者は実際かなり数が少ない。


 とりあえず部隊の魔法少女で知っているのは、私を除けば……第一部隊の『阻害』『模倣』『転送』の3名だけ。

 前線へ基本的に出ない総本部の第一部隊には魔法少女が4人しか所属してないので、彼女を除いたその全員知っているということになる。


 でもお偉いさんの指示によって他の人たちは、他の部隊の隊長格の人たちですら知らされていない。

 そして当然ながら、無関係な非魔法少女である他の事務員や作業員の人は、第一部隊の人も含めて知っているわけがない。


 それ以外の関係者だと、ここでは主治医の女医さんだけ。

 あとは……名目上の最高責任者の人とか組織を管轄してる人とかの、お偉いさんくらい。



「オーケー、予想通り。つまりここを訪れるのは、第一部隊のあいつら以外は医者と君だけ」

「はい、そうですね。基本的には私と女医さんの二人しか来ませんが、たまに第一の方もお見えになります」



 お偉いさんなんかは間接的に口を出してくるだけなので、ここにはこない。

 まあ今のお偉いさんに、生身で並の兵器を凌駕する魔法少女と直接顔を合わせる度胸なんか無いだろうし。



「端末を取りに行く間、誰かに会った?」

「いいえ……?」



 すれ違うくらいはしたかもしれないけど、急いだので会話は誰ともしていない。

 質問の意図としては多分、そういうことだと思うけど……これはなんの懸念?

 あまりいい予感が、しない。



「関係者への報告は?」

「あ、いえ……すみません……どこにもまだ、してないです」



 ……本人からそこを突っ込まれるとは思ってなかった。

 といっても実質的なトップはこの人だから、報告相手に気を遣う立場の人ではないけど……。

 これは流石に、職務怠慢だと怒られるだろうか……。



「……」

「……あの」



「のどか」

「はい……?」





「……本当に、ごめん」


「え……?」














 ──『執行Execution














 >1. 行動強制 -> 10分間の強制待機。その後必要な準備と片付けのみを行い、速やかに退室


 >2. 記憶置換 -> 退室時、入室中の記憶情報を過去十回の記憶から上書きして置換


 >3. 情報補完 -> 記憶を整合させるため現在を自己解釈し記憶を補完


 >4. 反復条件 -> 再入室時、1ないし3を反復


 >5. 執行期間 -> 終了条件を魔法解除時および『執行』の魔法少女"阿野間あのま 露絵ろえ"の死亡時に設定












「つまり、ボクは……目覚めなかった。そういうことだ」

「──」

「今日は何もなかった。昨日と同じく何も起こらなかった。君は昨日までと同じことしか、見てないしやっていない」

「──」

「だから……もう君は、何も知らない。これで無関係だ。いやむしろ、ボクによる被害者と言ってもいいだろう」

「──」

「……はぁ。本当は自分から動けりゃいいけど、このざまだもんな。余裕ぶってたって……、っげほ、調子は戻りそうにないし」

「──」

「体調も前よりずっと酷いし全身が馬鹿みたいに重い……、昔は健康優良児だったのになぁ。でもまぁ絶望的ってほどじゃないし、コードとか邪魔だけどほんの少しなら歩くくらいはできる、かな?」

「──」

「魔法が使えただけマシ、かぁ。でも魔力の変換回復は……流石に控えめにした方が良さそうだ。そうなると大規模執行も使うなら精々1回ってとこか」

「──」

「しっかし自分を対象にできないってのがホント痛いよなぁ……他人になら回復魔法としても使えるのに。何が神クラスの魔法少女だよ。神ならこんな死に掛けたりしないっつーの」

「──」

「まあ医者が来たら出会い頭に魔法かけて立ち位置を確認しつつ……でもどっちにしろ治療だけは続けてもらわないと困るか。この部屋に監視カメラはないけど遠隔モニタリングは……多分されてそう。でも目覚めがバレてたら医者は確認に来てるだろうし、たぶん急低下とかのアラートしか気にしてないのかな。怠慢だなぁ」

「──」

「まあ一年半も続けてればルーチン化するだろうし手抜きも生まれるよね。半ば諦めてるんだろうけど誰もいないときに途中で起きてたらどうするつもり……あぁ、だから内鍵なのか。いやちょっと何気に扱い酷くない?ナースコール的なのあるからこれで呼べって?」

「──」

「まぁいいか……とりあえず、オムツが嫌だからトイレは頑張って自力で行きたいんだけど……モニターのコード、多分外すとアラート鳴るだろうし……なんかこう上手い具合に……いやもういっそ魔法で……それは流石に無駄遣い、だけど……このままオムツはちょっと……うぬぬ」

「──」

「食事は……チューブのままでいいか。食欲もないし医者にこれまで通り処置をしてもらおう。いやはやしかし、寝てる間に身体に穴を空けられてるとは思わなかったよ。こりゃキズモノにされちゃったってやつだねぇ……なんてね」

「──」

「っ……、げほっ、ああもう、嫌になる……肺がおかしいのか?医者からついでに病状の実態も聞き出した方がいいか」

「──」

「……うん。でもまあ……何とかなるだろ。今回は流石に駄目かと思ってたけど、ご都合主義的に起きられたし?」


「──」


「さって……それじゃ、これからボクは伏せ札になる。存在自体が隠された、最強最悪の切り札」

「──」

「ボクがいないと思って蠢き始めた愚か者への、最大の罠。……いなくなってた時の状況をこう表面的に調べた範囲だけでも、ボクの存在が如何に抑止力になってたかがよくわかる。直接的なことはそんなにしてないけど……やっぱり怖かったんだろうね」

「──」

「でも、もう少し泳がせる必要がある。こっちが動けない以上、核心に食らいつくために機を見て隠れ続けなければならない。あとは、

「──」

「そんな知られてないけど、認識阻害ならボクにだってできるんだ。流石にあいつみたいにこの場にいない顔も知らない他人に干渉することはできないけど……この場に来る人間を取捨選択することくらいはできる」

「──」

「今よりここを訪れていいのは、灰と黒だけ。君は白と見ていいから本当は遠ざけたいけど……行動を変えるわけにはいかないし、ここに連れてきてくるのも、多分君だろう。でも大丈夫。巻き込んだりしない。何も知らない君が、何も知らないまま全部終わる」

「──」

「そう。だから何もなかった。何もなかったんだ。今日のこの、ここでの出来事は、進展は、一切何も。もし万が一何か幻を思い出しても……そうだな、うたた寝してしまったとでも思うといい。それは全て夢だから」

「──」


「だから、もういいんだよ。もう、ボクの世話もする必要ない。今までずっと、ありがとう。……これからのこの時間は、ちょっとした休憩時間になるね。何も覚えてないだろうけど、少しだけでも休むといい」


「──」



「……、うん……今まで、本当に……ありがとう。君がいてくれたおかげで……ボクは確実に救われてたんだ。こんなこと、面と向かって絶対言えないけどね。……ホント我ながら意気地無しだなぁ」



「──」




「……さぁ、もうそろそろ時間だ。いってらっしゃい」





「──」








──ばいばい、ボクの友達


















 ほんの一瞬、自分がどこにいるかわからなくなった。


 ここは、部隊の病棟の、最奥の、特別な病室の扉の前。

 一見普通の、でも無駄に厳重な……守るためではなく、もはや中のものを隠すためだけに存在している、閉ざされた扉。



 ……、っていやいや、何ボケてるんだか。


 普通にいつも通り、彼女に魔法をかけて、動けない彼女の世話をして、部屋を出たんでしょうが。



 



 ずっとずっと続いている、何も変わらない、何も好転しない、徒労じみた無駄な行為。


 でもこれは……私の過ちではなく、お偉いさんたちによる我が儘だから。

 彼女亡き未来を受け入れられない、大人たちの臆病で残酷な、先送り。


 そう。だから私のせいじゃない。私が気にする必要なんか……無い。

 気にせず黙って最後まで、彼女の世話をすればいい。それが私の役目だから、それでいいんだ。


 そう。必死になる時期なんかずっと前に、通り過ぎてしまったのだから。


 とっくの昔に理解している。私はあの時の彼女の、命のギャンブルに、負けたんだって。


 これが単なる、死の先延ばしに過ぎないって、もうわかっているんだ。


 私の手の中の、彼女のチップはもう取返しのつかないくらいに砕けている。


 それを捨てることが許されていないから、持ち続けているだけ。そうなんだよ。


 いずれ遠くない未来に、終わってしまう。手の施しようのない最期が、来てしまう。



 その時、私は……どんな顔をすればいいんだろうな……。






 ……はぁ。


 感傷的になるのも、良くないなって思うけど。どうしてもこの時間は重苦しくなる。

 切り替えないと。患者は他にもまだいるのだから。



(って、あれ?)



 いつもより時間が経っている?


 ……なんだろう。はっきりしない。

 いつも最後に、少しだけ彼女の顔をぼーっと眺めたりしてるけど……その時に居眠りでもしたのだろうか。


 うん、。たぶん、そうだ。


 無理はしてないつもりだったけど……やっぱり疲れてるのかな。あんまり寝てないし。

 ……無理しないよう善処するって、ほんと、どの口が言ってるんだか。



 ふと、鼻にツンときた。視界が滲みそうになる。メンタル的に……これは良くない兆候。


 私は毎日忙しいから、四国にある精神衛生の部隊には絶対に行けない。


 自分自身でメンタルケアをする必要がある。


 だからか、なんだか……無性に、兄に会いたくなってしまった。

 もう、たった一人しか残っていない、まだ無事な大切な人。


 一通り魔法を掛けてまわったら冷やかしに行こう。大人しく寝てるだろうか。






 あぁ……本当に。




 ……もう失いたく、ないなぁ。





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