安息の療養 (1 – 5)

大切の為に

 世界は大きすぎるから分断が起こる。腐敗が起こる。間違いが起こる。

 ならばこそ、より小さく、単一に。あらゆるものを唯一に。美しい世に違いなんか必要ない。


 すなわち真の革命とは、多様な自由ではなく、一体の秩序をもたらすもの。

 勘違いしているものがいても、何も問題はない。究極の最後、全てが終われば一つになる。

 それまではどうぞ勝手に。見ているものは違えど、我らは同一の楽園に向かっている。

 そのために動いてくれるならば、それでいい。多少の誤差も呑み込もう。


 全ては『統合』の名の下に完全に。世界をまとめて救ってみせる。


・・・







 対魔獣組織の役割には、当然ながら魔獣との戦闘行為が含まれている。

 そしてそれは、私たち魔法少女……の義務でもある。


 まぁ、それも当然かもしれない。

 最低等級の魔獣ですら相応の銃火器が無ければ対峙することも難しい存在なのだから。

 それは、かつての軍隊と魔獣の群れとの戦争によって、証明されてる。


 そう。魔獣とまともに戦えるのは、魔法少女のみ。

 戦闘適正が無い素人同然の少女であっても、大人の男より遥かに役に立つ。


 そんな事実、大人たちも実に歯がゆいはず。

 自分たちの命運が、こんな小娘たちによって保たれてるという現状。


 耐えがたい屈辱。受け入れがたい現実。


 そうに、違いないでしょ?




「それはそうかもな」




 特に、大人の男。警察官や、消防官。そして、自衛官。

 かつて平和を保っていたそれらは、今もその役割を残している。

 市民にとっては、頼もしい存在であることには変わりない。



 だけど。それでも。


 絶対的に……魔獣には無力なんだよ。



「でもさ、それは俺が頑張らない理由にはならないだろう?」

「……」

「やれることはやるべきだし、大の大人が子供に全部任せてちゃ、男が廃るってもんだ」

「……それで、またそれ?バッカじゃないの?」



 目の前には包帯でぐるぐる巻きの、しゃべるミイラがいる。

 身の程知らずにも、市民の保護のために率先して魔獣に立ち向かった……勇敢で愚かな自衛官。


 恥ずかしながら、私の兄だ。



 魔獣と魔法少女が世界に現れてから、現代兵器の価値は相対的に下がった。

 だけどそれで自衛隊を含めた治安維持組織の役割がなくなるわけではない。


 災害救助、情報調査、研究開発、物資輸送、戦闘訓練補佐、人員警護等々。


 世間で自衛隊は対魔獣組織の下部組織のような扱いを受けているけど実態はまるで違う。

 国防という意味では対軍隊より、対魔獣のウェイトが大きくなった今の時代であったとしても。

 国防組織として共に、私たちのような後方支援部隊と連携して動く彼らの働きは決して、無くてはならない。



 でも、だけど、魔獣と戦う義務はない。

 それは対魔獣組織の役割であって、彼らの役割ではない。



「いやな、お兄ちゃんだって普通の人よりは強いんだ。おかげで3人も無傷で保護できた」

「第一等級相手にフルボッコされてるくせに何言ってんのばーか。ざーこざーこ」

「うんまぁ。雑魚なのは認めるけど、あの場には俺しかいなかったしな。仕方ないさ」


 ……。


「……魔法かけるから。大人しくしててよ」

「おう、ありがとう。いやぁ、優しくて可愛い天使みたいな妹がいてお兄ちゃん幸せだな」


「うっさいクソ兄貴。『療養Recuperation』」


「あぁぁああ……整うぅ……」

「喘ぎ声きも……」




 私は、『療養』の魔法少女。固有魔法にも基本魔法にも、戦闘適正はない。それでも。

 10歳で魔力適合してから3年間の戦闘訓練を受けていて、第一等級の魔獣ぐらい問題なく倒せる。

 固有魔法が覚醒して、後方支援部隊に居残ることが確定してからの4年はあんまり訓練してないけど。


 でも……だけど、18歳から7年もの間、真面目に訓練し続けてる25歳の兄よりは間違いなく強い。


 これってさ、本当に馬鹿らしい話だと思う。最悪でしょ。

 下手したら10歳の時点で今の兄を上回ってる可能性だってある。


 そんな残酷な現実に無力感を、屈辱を、感じないのかな。悔しくは、ないの?



 どうして、嫌いに……ならないの。



「あー……そんな顔するなよ」

「……」


「まあたしかに、性別関係なくそういうやつはいる。偏見をもって差別するやつもいるし、努力が馬鹿らしいと諦めるやつもいる」

「……」

「でもな、前にも言ったっけか?俺は、俺に言い訳をさせたくないんだよ」

「……失敗した理由が怠けたから、ってのが一番ダサい、でしょ。でもそれで死んだらその方がバカじゃん」

「引き際だけはちゃんと見極めてるさ。それに今回はここが近かったからな。……、まぁ多少は無理しても大丈夫だろ?」

「多少じゃないよこれ。やっぱりバカでしょ。やめてよね」

「悪い。善処する」


「……この兄貴ほんと嫌い」



 こんなことが、初めてではない。何度も人を助けて、何度も怪我をする。


 そもそも住民保護は兄の職務上の義務ではないのに、このバカは率先して危険に身を投げる。


 そしてそれはここ、衛生支援を主とする第十四支援部隊の近くの駐屯地に異動してから加速した。

 もしかしたら私の魔法をあてにしてるのかもしれない。『療養』は、回復可能な傷を一晩か二晩でほぼ全快させる魔法だから。

 このバカミイラだって、明日になれば元気にピンピンしてることだろうね。だから調子に乗る。


 この魔法はわかりやすくいえば、ゲームでいう宿屋みたいな回復。動いてると効果は薄いから、眠るまでは軽い治癒の効果。眠ってからは早送りのような超回復。

 一見手遅れに見えても、大抵の場合一晩もあれば綺麗に完治させる。


 でも逆に言えば、回復困難な傷はほとんど回復できない。

 例えば多少の傷は痕も残らないけど、あまりにも深すぎる傷は傷跡になる。

 手足の欠損は、すぐならともかく時間が経てば難しいし、そのものを失くせば不可能だ。生えてきたりはしない。

 心臓や脳の破損なんかに至っては、もう致命的。多少の回復効果はあっても完治まで至らないし、もはや死の先延ばしにしかならない。



 ……そう。死の運命を覆すことは、私にはできない。



 どうやったのか、一例だけは私の手を離れた後に戦線復帰したけど……あれは例外でいいと思う。

 私以外の魔法が関わってるし、を知ってる私から見たら、あれは触れられざる異常だ。

 おぞましすぎる。関わるべきでは、ない。そんな彼女の末路は……耳にも入れたくない。


 あの時も駄目だとおもってたのに、もしかしたらと、魔法をかけた。でもその試みは……失敗に終わった。


 結局は苦しみを、悲しみを、無駄に長引かせただけの無意味な施しでしかなかった。

 そうやって言えば、あれもひときわ惨いだけで、あり触れた失敗の一つに過ぎない。


 そう。これまで何度も何度も繰り返されてる、私の過ち。

 私はそれらを直視しようとしない、最悪な人間。……でも、別にいいでしょう?


 私の仕事は、最終的に助かる人には魔法をかけ忘れない、ということ。

 死に掛けてても助かるかもしれない。私の直感が間違ってる可能性だってあり得なくはない。

 悲劇の分かれ道が、次から次へと現れて、私はそれを機械的に処理しなければならない。

 上手くいかなかろうが、いちいち受け入れてなんか、受け止めてなんか、いられない。


 だから私は死ぬだろうと分かってても、魔法をかける。

 もしかしたら、助かるかもしれないから。運が良ければ、救われるかもしれないから。


 例えそれが、一度も勝ったことのない奇跡のような賭けであったとしても。




 そう。だけど……そう。私にとっての、大切な人は別だ。

 最初からそんな勝ち目のない命のギャンブルになんて、ベットしたくない。

 ほとんど真っ黒な取り返しのつかない不確定なんて、そもそも考えたくもない。


 私は日々連なり増える葬列に、せめて、私の家族だけは加えたくないと……心の底から願っている。


 だから、ほんとは身を危険に曝して欲しくない。怪我なんかして欲しくない。


 そんな我が儘を、罪深くも抱いている。ほんと、最悪だよね。




のどかちゃん」

「、急に……、なに」


「……ああ、よかった。名前がわかるってことは本当に嫌われたわけじゃないんだな」

「いや、認識阻害を好感度バロメータに使うのやめてよ、たかしお兄ちゃん」



 そう。今はあまり考えないようにしてたけど、私は魔法少女であるが故に認識阻害の対象になっている。

 第一部隊副隊長の『阻害』の魔法は、世界中の魔法少女を保護するための魔法。お互いが望まなければ、名前すらわからなくなる。

 魔力を持っている側はある程度緩和されるけど、それでもどちらかに心の壁があれば個人的な情報は閉ざされる。魔力がなければなおさらのこと。

 世界中の魔法少女たちが阻害効果によって直接的な個人攻撃を受けずに済んでいて、おかげで助かっている子も多くいる。

 なくてはならない魔法だ。認識阻害が無かった時代の悲しい出来事は……語るべきではないだろう。 


 だけどそれは、血の繋がっている家族でも適用されてしまい……少なくない魔法少女が少しずつ、いずれ緩やかに、家族と決別する。



 私たちは。

 今は亡き両親が私たちにつけた名前は。

 まだかろうじて繋がり合っていたようだった。


 ほんの少しだけ、それを確認するのも怖かったけど……よかった。少しだけ、うれしい。



「ああ、傷が治ったら明日からまた頑張るよ。可愛い妹の仕事を減らすためにもな」

「……はぁ。無理だけはしないでよね」

「おう、善処する」

「ほんと……顔も見たくないこのバカ」



 ……そう。はっきり、いってしまおう。


 私は顔も名前も知らない3人が死にかけるより、目の前のバカが死にかける方が……ずっと嫌だ。

 もし、万が一、手遅れになってしまったら、なんて。考えるのも……嫌だ。比較にもならない。


 これまで何度も何度も、夢に見てしまった。

 手遅れになった患者の顔が、兄の顔に変わる、そんな悪夢を。


 そんな顔だけは、絶対に……絶対に現実で見たくない。夢にも、見たくない。

 それなら知らない他人が死ぬ方がずっとマシなんだ。


 だから今日も、この人に助けてもらえた赤の他人を恨み、回復可能なこの人をみて、安心する。


 ああ、ほんと最悪だよね。

 こんな最悪な私に、人を助ける資格なんかあるのだろうか。


 皮肉にも、私の力を必要とする人が、ここには数多くいる。

 毎日毎日、私によって救われている人がいる。

 こんな私が望まれて、ここにいる。



 私が望んでるのは。

 私が本当に必要としているのは。

 私に残っている大切な人は、この人だけだっていうのに。



「……、時間だからもう次に行く。起きてたら魔法の効きが悪いから、さっさと寝て」

「ん、ああ、おやすみ。……そっちも疲れてるだろ。ちゃんと寝て、無理は控えるんだぞ」


「……大丈夫。無理なんか、してないから」





 ほんと、どの口が言うんだか。





 ……。





 ……さぁ。





 少しだけ呼吸を整えて、後ろ手に病室の扉を閉めて次に向かう。


 今から会うのは、私にとって兄と同じくらい大事な人。

 組織……いや、国どころか、世界にとっても、最も重要かもしれない人物の元へ。


 その存在がここにいる事実は、ごく限られた人物しか知らされていない。




 部隊の敷地内にある病棟の、奥の、最奥へ。

 見た目はごくごく普通だけど、物理的にも、魔力的にも、強固に保護されている病室へ。


 内側からも、外側からも、関係者しか開けることのできない厳重な鍵を開ける。






 その病室のベッドにいるのは……青白い肌の小さな子供。


 呼吸器を付け、経管チューブを打たれ、バイタルモニターに繋がれている、痩せて貧相で、未発達な女の子。


 どうみてもせいぜい中学生ぐらいにしか見えない、私より一つ年上の、18歳の女。






 そう。この、今にも死にそうな少女が。


 第一部隊隊長『執行』の魔法少女。


 世界最強の第八等級魔法少女。






 これが。

 人類の希望の、真実の姿。



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