生きる救い
状況終了。心の中で唱える。
日はすっかり翳ってしまった。半日くらいかかったか。
辺りには金属の欠片が、魔力に還りながらいくつも残されている。
バラバラに砕けた十字架の本体にも動く様子は一切ない。
『障壁』を解除してもらい、狭い戦場から彼女の元へと向かう。
途中から魔力衣装の再構築も面倒になって露出が酷いが、終わったのでちゃんと構築して着るとする。
これで元通り、無傷で、一番最初と何も変わらない隊服姿に戻った。
「勝った」
「勝った……じゃないんだよバカ……」
結局最後まで見ていた彼女は、怒ったり慌てたり泣いたり吐いたり忙しそうだった。
「見たくないなら見なければ良かったのに」
「こん……のクソババア……私がやったんだから最後まで見届けるに決まってんじゃんか……!」
律儀な娘だな。そんな無理に不快な思いをしなくてもいいのに。
「ん。そうだった。すぐ隔離してくれて助かった。前半はともかく、後半の敵の攻撃じゃみんなの命が危なかったから」
「……わかってる。理解してる。だから自己嫌悪で死にそうなんだよ」
「気にする必要ない。仕事なのだから」
盛大に舌打ちされた。
まあ、良かった。とにかく倒せたのだ。
最悪、『障壁』で私ごと封印してもらう可能性があったことも考えれば、最善の結果だ。
封印措置は色々な意味で問題があるから最悪も最悪だけど。そうならなくて良かった。
それにしても。この魔獣は何だったのだろうか。
今までの報告にあっただろうか。わからない。
こんなあからさまなみんなの危険、見逃さないとは思うのだが。
魔獣と呼べるかも怪しい存在。魔法を使う化け物、か。
……まるで、魔法少女に対しての私、みたいだな。
そんな、くだらないことを考えてしまっていた。
事後処理のためとはいえ、意識を外して、思考に囚われてしまっていた。
「『
──彼女の頭に、楔が。
反射的に、全力の身体強化で、トドメを刺したと思っていた十字架に接近して踏み砕く。
もはや到底生きているとは感じ取れないほどだった欠片を、粉微塵にする勢いで、執拗に、何度も、何度も、何度も。
完全に魔力に還ったそれを見届けてから、彼女の元に戻った。
その懐から通信端末を取り出して、救援要請を送り、あ、いや……無駄、か。
ひび割れた頭。零れる血液。虚ろな目。
失われた。もはや取り返せない。
……ああ、馬鹿だ。何を考えていたんだ。
本当に愚かすぎる。全くの、未知の魔獣だったというのに。
全身をバラバラにした程度。
魔力を離散させながら動かなくなった程度。
追撃に何の反応も返さなくなった程度で、仕留めたと勘違いしてしまった。
その程度……私だったら全く問題ないというのに。
そんな実例が、最も身近に存在していたというのに。
擬死。いわゆる、死んだふり。
人類に対して常に上位である魔獣が、決して行わないはずの行動。
今までにもそんな報告は無い。報告は無いが……。
ああ……馬鹿だなぁ。私はまた、そんな可能性を見逃してしまった。
その結果として命が失われたんだ。失われない、私の命と引き換えに。
即死だ。本当に規格外の魔獣。
彼女は十分に、魔法少女の上位クラスだったというのに。たったの一撃。
また。私のせいだ。そんなこと、考えても仕方ない。
終わったことは、どうしたって巻き戻らないのだから。
落ち着いて、事後処理を、していかなければ。
さぁ、落ち着け、落ち着け、
……即死、なんだろう?
目が合った。割れた頭の、光を映さない目が、開くはずのない唇が、動いたように見えた。
"気にする必要ない"
と。
その顔に、別の顔が重なる。駄目だ。堪えろ。
私に感情を動かす資格など、無いのだから。
「……っ」
私の落ち度。私の失態。胸に刻め。決して忘れるな。
私の道は繰り返しの道。だけど、こんなこともう二度と。
同じ過ちは、同じ失敗は、同じ、同じ……、
……何度目の決意なのだろう。本当に無能だ。
なんで、こんな私だけが生き残る。いつも。いつも。
どうして。
「……やっと、ついた」
振り返った。気配がしなかった。
思わず臨戦態勢に入ってしまうが……そこにいたのは無力な少女。
わかりづらい魔力をしているが、魔法少女。味方と思ってもいいはずだ。
恐らく固有魔法の覚醒もしている。とは、思うものの……。
なんだ、この子は……?
「助けに、来ました」
「助け……?」
なんとなく。なんとなく、だが。
この子は私に似ている。そう思った。
だからか、不思議な、嫌な感覚と共に、信用していいという印象を感じる。
しかしこの状況でこの子に何が出来るというのだろうか。
例えば援護。既に敵がいないから、意味がない。
例えば回復。ここには死んだ者と、無傷な馬鹿しかいない。意味がない。
事後処理でも、手伝ってくれるのだろうか。それこそ不要だ。意味がない。
……ああ、くだらないな。
私は、一体何を期待したんだ。実にくだらない。
「もう何もできない。帰っていい」
「大丈夫です」
「助けなんか要らない。意味がない」
「?」
首を傾げられた。わけがわからないといった表情で。
気付いていないのか、といったような呆れた雰囲気で。
何だ、何がおかしいっていうんだ。
「そんなにも強く、助けてって願ってるのに?」
「……え?」
するり、と魂を撫でられた。
核心を覗かれた。そんな感触があった。
透明な目。人間味のない眼差し。この子は一体、なに……を……?
「ごめんなさい。あなたの全部を助けられるとは、まだ言えません」
「待って、いや、待って……」
「えっと、でも……今の私なら……うん大丈夫、これならいける」
気配が、一気に薄まった。見ているのに見逃しそうなほどの、希薄さ。
代わりに高まったのが、色のない魔力。
不純が一切ない清らか過ぎる力が、輝くような光を見せて広がる。
その力は、まるで……、
「待って!!」
「『
決定的な傷が。赤色が。
「あっ……」
手を伸ばし、腕を掴む。その手はあっけなく砕け散る。
少女本人にも、予想外があったのだろうか、少し不思議そうな表情をしていて。
でも、結果的には上手くいった、と言わんばかりに、満足げな顔で微笑み、
零した血も、砕けた肉体も、その身の全てを塵に変えて。
無垢な輝きの中に消えていった。
「……」
なんだったのか。頭が理解を拒んでいる。
こんな魔法が。
こんな魔法があってもいいのか。
「ぁ……れ、隊長……?」
まるで夢のように。幻のように。傷一つない彼女が起き上がった。
その頭にはもう、ひび割れた傷は存在しない。
ああ、最低だ。本当に最低だ。
治癒のみに留まらない、常識を超えた力。
死者をも生き返らせる、そんな奇跡みたいな魔法。
何もかもひっくり返してしまうような、反則技。
駄目だ。こんなの駄目だ。そんなこと受け入れてしまったら。
あまりにも、あまりにも浅ましい。最低にもほどがある。
私は彼女が助かったことよりも。
私が救われたことを気にしてしまっている。
思わず、強化した爪で手首を裂いた。
当然のように血が流れ出す。
「ぇ、ばっ、何やってんだババア!?」
治らない。
「……『
治った。
ああ、なんてこと。
無意識に、口元に手が。
口角が上がるのを、抑えられない。
「……ぇ、わらっ……て?」
ああ、ああ、こんなのって。
いまさらこんな。
魔法が私の制御下にある。
まさしく、極まった恢復じゃないか。そんなことまで、できてしまうのか……。
ずっと暴走していた、呪いのような異常が、自分の力として操れる正常に。
それってつまり。そういうこと、そういうことなんだろう?
口元の手を、首に。そのまま、少しずつ……。
「正気にっ……!! 戻れバカ!!!」
引き倒され、馬乗りになって押さえつけられた。
「敵か!? クソ、何が起こってっ!!?」
「ああ、いや大丈夫。ふふ、落ち着いて。……は、っはは」
「どこがっ! 全然大丈夫じゃない!! 何をされた!!?」
笑いが、止まらない。涙も出てきた。
こんなにも感情が抑え切れないのは、久しぶりだ。本当に、久々。
罪悪感と、自己嫌悪と、解放感と、何もかもぐちゃぐちゃ。
最低にも、確信してしまった。止められるまでもなかった。
終わりにしようとしたのに、私はそれを勿体ぶった。
本当に終わりたいなら、一瞬で終わったのに。
滑稽だ。道化みたいだ。笑えてくる。
あまりにも酷過ぎるだろう。
なんなんだこれは。
私は、私は……生きたいのか?
こんな世界で?
こんな目にあってまで?
ずっと来ないと思っていた終わりがいきなり目の前に選択肢として現れた時。
咄嗟に私は、本当にいま死にたいのか?と思ってしまった。
馬鹿みたいじゃないか。とんでもない大馬鹿だ。涙が出る。
ああ、心が、痛い。胸が締め付けられる。苦しい。
なんで、なんでこんなにも、つらいのに、うれしいんだ。
もう、いつでも終わりにできる。私の命が私の自由になった。
だったら、だったらもう少しくらい?
いまさら何を思ってるんだか。
本当に、本当に、愚か極まりないな……。
「あは、は……私、まだ生きてて、いいのかな?」
「は!? ふざけんな生きてろよ!! ……クッソ、敵は一体」
そっか、生きてていいのか。
こんなにも最低で、無意味で、無価値で、くだらない命。
だけど、みんなに助けてもらって残された命。
最悪なのに、それでも、生きててほしいと願われた。
なら、もうちょっとだけ。
ああ、あの子は決して敵なんかじゃない。まさしく、私たちの救世主だよ。
あの子は自分が死なないことを確信していた。私と同じ感覚のように見えた。
だったら、またいつか会えるのだろうか。
まだ無理と言っていたけど、いずれみんなのことも救うことが出来るのだろうか。
私と彼女を助けたように。何もかも、覆してしまうかのように。
そうであれば。くだらない私なんかよりも素晴らしいみんなを。どうか。
……あはは。だったら猶更のこと。
生き続けなければ。
世界は灰色だけど、その未来にはきっと、救いが待ってるはずだから。
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