創傷を消す


 


 感知が出来ていたわけではない。

 対処できたのも、単なる偶然。



 爆発的な魔力の高まり。



 光り輝き回転しながら、は勢いよく地面から飛び出した。

 ご挨拶とばかりに、金属片のようなものを大量に射出しながら。


 私の反射神経を褒めなければならないだろう。

 後ろには、それを一片たりとも通さずに済んだ。


 しかし、傷を『再生』すると共に感じる嫌な予感。

 第六感がけたたましく警鐘を鳴らしている。



 



「……隔離! 私を中心に半径20メートル!!」


「えっ……!?」


「早くッ!!」


「あ、ぇ、『障壁Protection』!!」



 目には見えない隔壁により、何か……新たな魔獣と、私が覆われる。


 そうして、魔獣と私の一対一の状況が作られる。

 これで……何があっても問題はない。









 ……いや、しかし魔獣、なのか?これが?


 それは、まるで翼の生えた十字架。人の背丈ほどであまり大きくはない。

 回転しながら地面を飛び出し、空中で翼を広げたそれは、

 傷だらけで、つぎはぎのような無数の裂け目があり、

 布きれのような触手を何本も垂らしていて、

 裂け目は何かを宿すように胎動しながらぼんやりと光り、

 何かが寄生した薄い瘤のように見えなくもない。



 本来魔獣は、魔の獣、というように獣を模している。

 たまに例外があったとしても、植物であったり、またはファンタジー的な生き物、竜など。

 なんにしても生きた物の形だ。


 だというのに、なんだこれは。

 生命というには、あまりにも冒涜的な何か。



 あまり……直視したくはないな。さっさと倒してしまうべき。



 最初に感じた異常な魔力の割に、今この十字架から感じる魔力は大したことない。

 警戒するに越したことはないが様子を見る必要も無い。



 どんな隠し玉があったとしても。

 どうせ私を殺すことなどできないのだから。



 まるで映画やゲームの一場面かのように現れた敵に全力で殴りかかったが、翼で防がれた。

 羽のように見えるものも、これは十字架なのか。金属質で、まるで鱗にも見える。

 それはダガーのように鋭利なためおろし金を殴ってしまったような感じに手がズタズタになってしまった。

 もう治ったが。


 衝撃でよろめいた敵に構わず追撃を仕掛ける。

 かなり硬い。が、強化の倍率を上げていけば問題ない。

 足を折る程の勢いで敵を蹴り落とす、鈍い金属音を立てて重たい羽が散る。


 着地。先に地面に落ちた十字架が身を起こそうとするも、不自然によろめく。

 不可視の攻撃が襲っているのだろう。しかし邪魔にはなれど通用している様子はない。



 ……"援護は要らない"とハンドサインを送る。

 少し迷って、"撤退しろ"とも。



 私と閉鎖空間に閉じ込められている状況は、この魔獣にとって詰みも同然だ。

 成す術無く嬲り殺される未来しか、敵には残されていない。

 『障壁』も込めた魔力が尽きるか、自発的に解除しない限りは残り続ける。

 この壁はこの世界のありとあらゆるものより強固だ。

 『破壊』の魔法すら通用せず、かの『執行』ですら簡単には解除できないという完璧な密室。

 何もアクションがなければ、維持されるのはおよそ30時間といったところ。十分すぎるといっていい。

 であれば、彼女たちがここに残る意味はあまりない。



 私にだって思うところはある。私の戦い方は泥臭く、見苦しく、実に汚い。

 見る必要が無いのなら、見ない方が良いだろう。ずっと前からわかっている。

 見ていて不快。そういう思いが一切無い、とは言えないはずだ。


 世界のバグとも言える反則的存在。不滅で、無限に使える人的資源のデメリットはそこにある。

 見るもおぞましい化け物であり、戦う姿は人々の目に可能な限り触れさせるべきではない。


 輝かしく、希望を与えてきたみんなとは、何もかもが違う。

 彼女たちの間には、不可視にして不可侵の壁がある。


 だから私は一人で戦うのだ。


 誰よりも早く。誰よりも多く。誰よりも長く。

 作業のように繰り返す。孤独であることが正しいのであれば、それに従うより他ない。

 私の道の先には、永遠と続くそれしか残されていないのだから。



 態勢を整えた敵が金属片を飛ばす。

 それは私だけを切り裂き、しかしすべて『障壁』に当たって落ちた。

 感じる魔力の割には、攻撃力がかなり高い。魔力による防御どころか、魔力衣装すら簡単に破られてしまう。

 問題は無いのだが、いちいち深い傷になって行動が邪魔されるので少し鬱陶しい。


 彼女が何か叫んだが、見えない壁に阻まれて聞こえない。

 自分の魔法なのに、声が聞こえないことを忘れているのだろうか。何を慌てている。


 応戦しながら再度、"撤退するように"と伝える。首を振る彼女に、"命令"だと念を押す。

 葛藤する表情を見せるも、しかし最終的には従ってくれた。



 ……彼女一人だけは残るようだ。


 まあ、最悪一日経っても戦いが終わらない可能性もある。

 大丈夫だとは思うが、持久戦には備えた方が良いだろう。

 合理的に考えれば、『障壁』を張り直せる彼女が残る意味はあるか。







 ……そこからはひたすら、命の削り合い。


 お互いに決定打のない、まるで人類と魔獣の戦いの縮図のような。

 違うのは、私の命は削れても元に戻るということだけ。


 敵は通常では考えられないくらい非常にタフだが、所詮は有限の耐久力。

 勝利は確定的であり、敵の敗北は必定。ここで流れる時間は私の味方だ。


 何故か、何度か『障壁』を解除するそぶりを見せた彼女を視線で牽制するのに気を使ったくらいか。

 無用なリスクが発生するだけだ。意味がない。


 あとはひたすら、敵の命をすり潰すだけ、







 突如、十字架の魔獣が強く光った。


 と、同時に触手が私の胸を貫いていた。

 何かされたのか? まったく反応できなかったが。


 肺も傷ついたのか口から血が出るが、問題ない。

 触手を手刀で切り落とし、引き抜いて捨てる。傷はすぐ塞がる。


 見上げると、何やら様子が変わった十字架には、巨大な眼球と無数の口が。

 数を増やした触手と翼を広げ、威圧するようにこちらを見下ろしている。


 まるで、勝ち誇ったかのように。堂々と。





「『創傷Lesion』」





 私の腕に、巨大な楔のようなものが生えた。いや、刺さったのか?

 速過ぎて視認できないのか、内側から発生したのか、わからないが、ともかく避けられなかった。

 楔はそのまますぐに消えたが、傷ついた身体がひび割れるように血を噴出させる。

 が、瞬時に『再生』する。



「『創傷Lesion』」「『創傷Lesion』!」



 触手の攻撃を避けたと思ったら楔が刺さる。腹が裂け、はらわたが顔を覗かせる。

 同時に足が、砕けるように削れた。そのまま倒れ──



 ──ることはない。『再生』した足で踏み込んで跳ぶ。



「『創傷Lesion』!!」



 頭が割れた。文字通り。ぐらりと視界が揺れる。

 一瞬のブラックアウトを経て、構わず殴ろうとしたがいつの間にか腕がズタズタになっていた。

 仕方ないので身体を捻り、蹴り飛ばす。その間に腕は元に戻った。


 魔法。私たち人類の、魔獣への唯一の対抗手段。

 そんなもの、決して魔獣が使ってはならないだろう。あり得ない話だ。

 ただでさえ人類の武器は少ないのに、まさしく鬼に金棒といった絶望的な強化。


 そんな、第七等級か、もしかしたらそれ以上の存在感。圧倒的強者の気配。

 勝ち誇ってしまうのも、無理はない、か。



 ……ああ、実にくだらない。



 無機質だった敵に目が備わり、朧気ながら感情が見えてきた。


 ほんの一瞬だけ優位に立ったと勘違いした、優越感。

 その攻撃が通用していると思い込んでの、嗜虐心。


 効いてないことを理解してきた、恐怖心。

 勝機など無いことが分かっての、絶望。



 ほんの、ほんの一瞬だけ期待した。


 、と。



 必殺の一撃だ。そんなものが何度も飛んでくる。反則的な攻撃。

 普通に戦えば、命がいくつあっても足りない。



 ああ……くだらない。この程度が切り札なのか。



 そんなもの、私には何の意味もないんだよ。

 あまりにも相性が良すぎる。相手にとっては最悪だったろうがな。


 そもそも『再生』は私の制御下に無いのだから。

 たとえ肉体の全てを失おうが、勝手に発動して勝手に『再生』する。


 まさに、不死の呪い。永遠を強制する、私への天罰。



 お前如きが踏み越えられるものでは、ないんだ。





 そう。何も、問題ない。大丈夫だよ。大丈夫だ。

 わかっているだろう。だから、絶対に『障壁』は解除するな。


 こんなくだらなくて、見苦しい戦いなんか見なくていい。

 ただ、待っていればいい。


 そんな震えて、青い顔して吐き気をこらえてまで、見るようなものじゃないんだ。





 じきに勝つ。それまで目を閉じて、黙ってじっと、待っててくれ。

 私が全部終わらせるから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る